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zoom RSS どうして選挙に行こうと呼びかけるのか

<<   作成日時 : 2005/08/27 09:27   >>

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ひつじさんが、コメント欄で紹介してくれている http://blog.goo.ne.jp/hituzinosanpo/ へのトラックバックとして

ふたたび倉本さんへのトラックバック+ひつじさんからのコメントについて」にも関連して


ひつじさんの提起を受けて、選挙のことを少し考えていました。倉本さんやひつじさんの提起は考えるいいきっかけを提供してくれました。感謝します。

昔は選挙制度はブルジョア独裁を覆い隠すいちぢくの葉っぱだとかいう話もありましたね。

それでも選挙に行こうとぼくは呼びかけていました。どうしてでしょう。

確かにひつじさんが言うように、かなりの金がなければ選挙は戦えないし、金持ちや有名人に有利なシステムであることは間違いありません。
選挙=民主主義ではないとぼくも思います。いつも少数派のぼくは投票結果を見るたびにがっかりすることが多いです。

ひつじさんが活動家かどうかぼくは知りません。他方、活動家としてのぼくは、選挙というシステムを社会運動の中で考えます。このあたりにひつじさんと違う部分があるかもしれません。

いいかげんな活動家なのですが、少しは社会運動にかかわる活動家としてのぼくは、社会運動全体の中で選挙システムを考えます。その観点で選挙は、立候補しなくても、政治的な主張ができるいい機会です。

日常空間が政治的であると、ほとんどの人は意識していないでしょう。ぼくも毎日意識なんかできないし。しかし、選挙の時期、多くの人はなんらかの形で、いやでも政治を意識することになります。ひつじさんのように選挙制度の問題を提起するというきわめて政治的な主張も、選挙があるからこそ、リアルな問題として提起できます。

なかなか出来ていませんが、障害者自立支援法について、候補者一人ひとりがどう考えるのか、アンケートすることも可能です。それはロビーイングを有利に進めるというだけでなく、障害者自立支援法のことを知らない人に知ってもらう契機にもなります。

つまり、選挙単独で何かが変るわけではないものの、選挙と人びとの動きを結びつけることで、少数派にとっての好ましい変化を引き起こすための契機を作れます。チャンスがあるのであれば、変化を起こしたい人はそこにチャレンジするのは当然なわけです。

韓国社会は、この25年で大きな変化を経験しているのですが、選挙と民主化運動が密接に連関しながら、選挙を契機にして変わってきている部分もあると言えるようにも思います。これはひつじさんのほうが詳しいですね、たぶん。この変化は少数派の人間にとっても、好ましい変化だと言えるのではないでしょうか。

もちろん、選挙だけで変わるというのは幻想で選挙を契機としながら、さまざまな契機に主張する社会運動が存在したからこそ、その変化が可能になったのだと思います。

ここまでは社会運動を行う側からの考え方でした。では、そうではない多くの人にとってはどうでしょう。実はここについては、そういう立場でものを考えることのできないぼくにはよくわからないのです。ただ、選挙などを契機に、政治的な空間に存在させられていることを考えてもらえたらいいなぁと思います。マスコミなどで報道されているように政党や政治家が代弁する政治だけではなく、もっと広い文脈で政治のことを考えてもらいたいと思います。。

「安心して、気持ちよく暮らしたい」と、ぼくも考えます。しかし、誰かの足を踏んだまま、安心して気持ちよく暮らすっていうのは、表面的、一時的にそういうことは出来るかもしれませんが、それが持続可能だとは思えないし、本当に気持ちのいいものにはなりえないように思います。

世界や日本社会の現状をちゃんと見ようとすれば、足を踏まれている多くの人を見ることができます。マスコミで大きく報道されることは少ないですが、その報道も別の視覚から見れば、見えてくるものもあるし、ネットで探せる情報もあるでしょう。日本社会に住む私たち個人、ひとり一人が足を踏んでいるわけではないかもしれませんが、多くの場合、構造的に足を踏む側に立たされているように思います。たとえ、日本社会の中でかなり踏まれる立場であったとしても、です。また、日本社会の中でも踏む側と踏まれる側の格差は広がってきていて、そのことがいっそう世界を見えにくくしている部分もあるかもしれません。また、とりわけ日本社会の労働のありかたは、人間をゆったりした気持ちにしないような特徴を持っているし、新自由主義競争の中でその傾向はますます激しくなっています。

違う方向に歩き出すために、何が必要なのか、これだけが正しいという答えは提示できませんが、ヒントはいろんなところにころがっています。その中で、できることをひとつひとつ探していくしかないでしょう。好ましい社会を求めるための変化を選挙だけに求めるのは難しいです。また、選挙に「行く、行かない」は強制できないし、強制される社会があるとすれば、それはある意味、民主主義の圧殺にもつながるでしょう。しかし、選挙という、一時的で部分的あれ政治的空間をそういうことを考えるための契機にして欲しいと思うのです。

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