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<<   作成日時 : 2006/02/19 16:56   >>

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かつて、ぼくもその影響下にあったトロツキストのグループ(そこが組織するその末端の青年グループの末端にいただけなんだけど)。いまはいくつかにわかれて、どこの影響下にあったというふうにいうことも難しいのだけど、その主要なグループのウェブサイトにピエール・ルッセという人の『1960年代半から現在まで-ヨーロッパのラディカル左翼の2つの世代といくつかの「緊急の課題」について』という文章が掲載されているのを偶然、目にとめて読んだ。これが面白かった。ぼくはもうこの組織に戻ることはないが、こんな風にいまを考えているのかというのはとても参考になった。

当時もいまも、ぼくの社会主義理論やトロツキー主義に関する理解は底が浅いものだが、「社会主義」とか「マルクス主義」などということをほとんど考えなくなってから長い年月が経った。そもそも、ぼくにとって、「革命理論」とか「党」とかいうものはあんまり近しい存在ではなかった。いま、目の前に存在している社会問題や社会運動にコミットすることの方がぼくの身の丈にあっていたし、四分五裂した組織から自然にというような形で離れて以降も、そういうそんな感じで社会運動に関わり続けてきた。そして、そのスタンスはこれからもかわらないと、いまは思っている。

このルッセの文章にあるような複数性の保障を担保するようなポジションに居続けたいと考えるし、ぼくの度量では、従来「党派」と呼ばれたような政治グループに入って、そういう複数性を維持し続けることはとても難しいだろうと思う。


==以下に、メモのかわりにこの文章の気になった部分を転載==


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 私が属しているイデオロギー的潮流の活動家の世代の「原罪」は、「綱領主義」と急進的「行動主義」の組み合わせだった。
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・・・われわれの政治的立場はバランスを欠いたものになりがちだった。われわれが同時に、当時の時代と環境が生み出した典型的な世代であり、ラディカル化した学生の急進的行動主義を濃厚に表現していたことも事情を一層複雑にしている。基盤が弱いまま走り出したわれわれの運動を、われわれの壮大な理論で厳密に拘束することは不可能だった。
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具体的な戦略は一般的に、さまざまな戦略「モデル」の要素を組み合わせ、力関係の変化に対応して進化するものである。こうしたわれわれは「具体的かつ複合的で進化する戦略」という概念に到達した。
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3. 女性の運動とエコロジー運動からの教訓

 再評価はまた、組織が新しい分野あるいは新しい形態の闘争の発展に直面したときにも行われた。私の世代にとって、1970年代に、 特に女性の運動とエコロジー運動でそのことが求められた。われわれのごく少数のメンバーが、エコロジー運動の出現に最初から関わっていた。われわれのかなりの数の女性メンバーが、女性の闘争の新しい波に、あらゆるレベルで-政治闘争でも理論構築の面でも-非常に積極的に参加していた。それにもかかわらず、(男主導の)組織そのものは、これらの新しい発展に当初から有機な構成要素として参加するのではなく、それに対応することを迫られた。これらの課題をより積極的に組み込んでいくためには長い時間と多くの混乱を経なければならなかったし、その成功の度合いは不均等である。

 女性の運動とエコロジー運動の両方から、われわれは階級社会と家父長制の関係、生産様式と人間社会と環境の間の関係について新たに考えることを求められた。

===
5. 複数主義についてのより深い理解

 これまでに述べてきた問題の大部分は、われわれの「原罪」のために、われわれが(比較的)弱かった分野に関連している。私が特に興味深いと思ったのは、われわれが(比較的)強かった分野についても、われわれの考え方を再評価しなければならなかったということである。複数主義の問題がそれである。

 1970年代に、われわれは他の多くの潮流と違って、マルクス主義者の運動や労働運動の複数主義的な性格を常に認識していた。この問題に関するわれわれの綱領は、マルクス主義の古典や、20世紀初頭のヨーロッパの社会運動、ボリシェヴィズム、左翼反対派の反スターリン主義の闘争から借りてきたものである。参照するべき文献はたくさんあった。マルクス、エンゲルス、ローザ・ルクセンブルグ、レーニン、トロツキー、その他のボリシェヴィキの思想家たち、チェ・ゲバラ等の「古典」が共通財産として存在し、しばしば引用され、われわれの本棚に並べられていた。また、ほかにもグラムシからルカーチまで、ホセ・マルティからサンディニスタまで広範な文献があった。毛沢東やレズアンの著作を読んでいたのも私だけではなかった。

 このように、われわれは複数の労働者政党が存在しうる(また、実際に存在してきた)こと、そしてマルクス主義の思想にはダイナミックな多様性があることを常に意識していた。われわれはまた、われわれの組織の内部での民主主義的スペースを重視してきた。テンデンシー(潮流)や分派の権利を含めてである。これはわれわれの組織の優れた点の1つだった。しかし、ある時、エルサルバドルにおける革命的組織間の統一戦線の経験を前にして、われわれはこれまで「複数の労働者政党と単一の革命党」という公式(前の世代から継承した考え方)を繰り返し使ってきたことに気付いた。そのとき初めて、われわれは複数主義の概念をさらに拡張して、複数の革命党が存在しうる(また、実際に存在してきた)と主張するようになった。

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当時、革命運動の複数性は十分に認識されていなかったか、あるいは1つの過渡的な段階として考えられていた。まさにこの点で、われわれの展望が変更された。革命の経験は非常に複合的である。あまりに複合的であるため、特定の綱領の「正しさ」が明らかに証明されるようなことはない。今では、革命運動の複数性は持続的な現実であり、やむをえない選択としてではなく、肯定的に取り上げられるべきであると考えられるようになった。そのことはわれわれが革命勢力の統一のために闘うべきでないということを意味しない。それが意味することは、われわれがラディカルな党派間の関係、あるいは1つの統一した政党の機能について考えるときに、この問題を十分に考慮に入れるべきだということである。

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歴史観と関連し、ジェンダーやエコロジーの考え方も援用して、われわれは「進歩」という伝統的概念、あるいは資本主義的生産関係と権力によって押し付けられた価値観への批判も取り入れた。
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今日のヨーロッパでは、私たちが30年前にやったような方法で革命的組織について語ることはむずかしい。今日ではラディカルな党派のメンバーの日常生活も、改良主義政党のメンバーのそれとそれほど変わらない。単に、ラディカルな党派のメンバーは新自由主義や戦争政策に対して終始一貫して闘い、改良主義政党のメンバーはそうでないということだけである。
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グローバルな公正を求める運動の発展とともに、戦略のいくつかの要素について新たに考えることが可能になった。たとえば、革命の主体の複数性や、どのような闘争の組み合わせが社会の革命的転換の開始につながるのか等の問題についてである。これはそれ自体で非常に重要である。しかし、戦略についての論争を全面的に再開するためには、所有制度や国家などの問題も真正面から取り上げなければならない。所有制度の問題は、とくに「共有財」や公共サービスの問題をめぐって、広範に取り上げられはじめている。しかし、国家や暴力の問題に関する限り、問題はもっと難しい。

 この最後の問題は私たち自身のラディカル化においては中心的な問題だった。たとえば1973年のチリにおけるピノチェトのクーデターの後、国家の階級的性格について、また、国家機構の改良か解体かをめぐって激しい議論が起こった。現在では、党の教育プログラム以外ではこのような問題が議論されることはほとんどない。あるいはトニー・ネグリのような、どちらかと言えば古い人々によって、典型的な現実逃避的方法で取り上げられている。この状況はもちろん、私たちにとって国家権力の問題や支配階級の武装解除の問題について、新たに言うべきことはほとんどないという事実を反映している。この分野に関する再評価において空論を超えて進むためには、私たちはおそらく、まだいくつかの新しい歴史的経験を必要としているのだろう。それは米国の軍事的占領下にあるいくつかの第三世界諸国の経験だけではない。

 おそらく、ここにこそ私たちの古い、衰退しつつある世代の最後の責任の1つがある。戦略の問題が再び運動全体の中で共有されるための基盤を、可能な限り早く、用意することである。

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C. 土台からの再建の時期

 どのように刷新するのか? 私たちは1980年代から1990年代半ばにかけての後退からの再建の時期に入っているだけではない。社会主義が依拠してきた基盤の危機の深さ(社会民主主義とスターリニズムの失敗と裏切りによる)のために、私たちはヨーロッパにおいて、ラディカルな(そして潜在的には革命的な)計画の土台からの再建の時期に入っている。 他のいくつかの地域でも、そのことを確かに言うことができる(たとえばラテンアメリカ)。

 確かに、かつて正しかったことの多くは、現在でも依然として正しい。資本主義が厳然と存続しているということは、それに対するマルクス主義からの批判は依然として十分に有効だということである。しかし、土台からの再建の過程は、単なる再建の過程よりも底が深く、より複雑である。古い真理を新しい方法で再吸収する必要がある。また、「新しい真理」を発見しなければならない。土台からの再建は、単なる(古い真理に再び生命を吹き込むための)教育ですむことではない。再検討することが、その重要な要素となる。

 私たちにとってのチャンスは、自由主義的・資本主義的グローバリゼーションに反対し、戦争に反対する運動の拡大が、そのような再建と再検討の両方の作業を助けるということにある。それは新しい世代にとっては、共通の世界規模の「原体験」となっている。それは1960−70年代のラディカル化よりも広い社会的基盤に根付いている(1968年5月のフランスの闘いがこの国での歴史上最大のゼネストをもたらし、いくつかの第三世界諸国の闘争は深い根を張っていたという事実にも関わらずである)。政党と社会運動の間の新しい関係、より対等な関係がテストされている。さまざまな人々を結びつける新しい方法が試みられつつある。

 グローバルな公正を求める運動は、特に社会フォーラムの過程を通じて、1つの枠組を作ってきた。そこでは1960−70年代の世代が新しい世代と出会うことができる。それは対話と交流のためのスペースであり、同時に闘争とキャンペーンを共同で作り出していくためのスペースである。それがラディカル左翼がこうした過程に全面的に参加するべきである多くの理由の1つである。

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転載ここまで

このかなり多くの部分にぼくは賛同できるのだけれども、じゃあ、政治党派にどんな役割が与えられるのだろう。それは、ぼくにほとんど興味を抱かせない領域の話なのだけれども、これを書いた人やこれを掲載しているグループがそのことをどう考えているのか、少しだけ興味本位の関心はある。同時に「そこにコミットするのはまっぴら」という風にぼくに非常に強く思わせるのはなんなのだろう。そこに日本の左翼の歴史があるのか、なんて主体を抜きにして自分を免罪することにしておこう。



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