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zoom RSS 遠山さんの「障害者の就業問題と社会モデル」について

<<   作成日時 : 2006/07/12 04:33   >>

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2004年の9月末にMLに書いたものの再掲を中心に

以下に転載するのは、障害学MLに掲載した文章なので、流れを少しだけ紹介すると、昨日のブログで紹介した投稿をきっかけにいろいろ興味深い議論があり、「研究」という怪しげな枠組みの問題をかなりすっきりさせてもらった。そのことでぼくが書きたいことを明確にしてもらったのだけど、他の人が書いたものなので勝手に引用するわけにもいかない。興味のある方は障害学のMLに入って、2004年9月ごろの「先住民の権利研究」と「障害学」というタイトルのメッセージを検索してみてください。


で、今日、ここに掲載するのは、この遠山さんの論文本体にかかわること。この課題はぼくにとって、中心的なテーマなんだなぁと思う。

今回掲載する文章は立岩さんの以下の書き込みへのレスポンス

===
立岩です。

『社会政策研究』第4号
http://www.arsvi.com/0m/jsps2004.htm
経由でオンライン書店からも買っていただけるようにしました。&私からお送りすることもできます。
いずれでも、よろしく。

上記ファイルに、遠山論文についてのメモも載せました、が舌足らずではあります。時間があれば補いたいと、また議論させていただければと思っています。

===

この立岩さんの書き込みへのレスポンスとして以下を書いた。
少しだけ補足を入れて以下に転載。

==
立岩さんのこの遠山さんの論文へのコメントを読みました。
http://www.arsvi.com/0m/jsps2004.htm

 以下、それに触発されたことを、脈絡なく書き連ねています。脈絡なく書くつもりはなかったんですけど、読み返してみると、そうとしか言えないので、こんなふうに始めに言い訳をしておきます。

まず、この立岩さんのコメントを読んで水をかけられたような気分になり、しかし、水をかけられることも必要だったと考えています。で、それでもぼくは遠山さんのこの論文をすごいと思った、その感覚にこだわってみたいと考えました。

まず、何より、立岩さんが書いてる奴よりわかりやすい(笑)
(今回のメモは読みやすかったです。それに「できない・と・はたらけない」
 http://www.arsvi.com/0w/ts02/2001043.htm も)

冗談はさておき、

立岩さんから水をかけられたことをきっかけに、もう一度、遠山さんの論文を読んでみました。

ぼくが気に入ったのは、遠山さんの論点の整理のわかりやすさです。
確かにわかりやすい整理には抜け落ちる部分も少なくないのでが、とりあえず、整理して見えてくることがたくさんあると思ったのでした。

例えば、遠山さんは障害者就労に関する社会モデルアプローチを3つに分類しています。
(そこで、立岩さんの反論の必然性を理解しました(へへ)。)
 この3つの分類もかなり納得のいくものでした。その分類の前の二つは省略しますが、3つめに関してこんな風に書いてあります。
===
 第三に、労働市場での生産の有無や多寡によって受け取る財の大きさが規定されるシステムを否定しようとするアプローチである。(・・中略・・)、そうした生産と財の結びつきを断ち、必要に応じて所得保障が行われることを要求している、と解することができる。このように捉えると、これは、労働市場が求める労働能力をもたない障害者が排除されることを容認しつつ、排除された者に対する所得保障を正当化するものであるといえる。これに対して本稿は、結論を先取りすると、労働能力の低い障害者の排除を不当化し就業保障を正当化しようとするものであり、その点ではこのアプローチと異なる方向性をもっている。本稿では就労保障と所得保障を代替関係ではなく補完関係に位置づけたうえで、前者の範囲を拡大する方途について検討してみたい。なぜなら、労働市場での就業が・・・重要性をもっている・・・(以下、略)
==遠山論文の引用ここまで==

 こんな風にダイジェストされてしまうと、立岩さんは「違う」といいたくなると思うし、立岩さんの本の読み方として、これでいいのかどうか、ちょっとぼくも違和感がないわけではないのですが、確かに立岩さんのはこんな風に読めないわけではありません。
 でも、「排除を容認」してるかどうかは問題ですね。所得保障を要求してる人はこんな風に書かれると、やっぱり怒っちゃうでしょう。ただ、このプロヴォーキングな(けんかを売っているような)書き方に、触発するものがあるのも確かです。

とか、書いてしまったものの、立岩さんの本は立岩著者割引に引かれて、ぜーんぶ買ったものの、つまみ食い以上になかなか読めていなくて、本当はコメントするのは口幅ったい感じもないわけではないのですが・・・。(なんか、バーゲンにひかれて、いらないものまで買ってしまっていたぼくの母親のようだ。)

話は急に変わります。

 80年代の中盤頃の障害者運動のシーンを思い出しました。
「働かない権利」を主張するグループが人がいました。
ぼくは今でもそれは違うと思っています。
こう言いたくなるような気持ちや背景は理解出来ないわけではないものの、これが違うと思う根拠(理屈)はいくつかあります。以前、それをどこかで書いたこともあります。
(今回は飛ばします。)
 で、この「働かない権利」っていうのを聞いて、「非障害者」のぼくは「ずるい、そういう権利はぼくにも」と思ってしまうわけです。ぼくにはその権利が(今は)もらえそうにないので、やっぱり「働かない権利」を行使できない状況、つまり、どんな障害者でも障害に応じて働き、賃金を得ることが可能な状況を作んなくちゃいけないと思ったわけです。

 「働いて賃金を得る」ということの意味内容を組み替えるようなことが必要ではないかと考えます。
 例えば、1日に数時間しか働けないような状態なら、それをフルタイムとみなすような、もっと言えば。彼や彼女が自室や病室に存在するという以上のことができないとすれば、それも「働いている」ことだと言えるような「働く」ということの意味内容の転換ができないかと思うのです。現状の要介護度の認定を容認するわけではないのですが、なんらかの形で正しい要介護度認定ができるとすれば、一人ひとりの「働き」の認定もできるのではないかと思うのです。そこに当事者の視点をどういれるかが大切で、しかしそれは困難な作業ではあると思います。

 それは立岩さんが「できない・と・はたらけない 」で書いている「労働とは何かができてそしてそれをすることである。」という定義とは矛盾するかもしれませんが、こんな風に大胆に働くということの定義を書き換えてみるという展望はもてないのかとぼくは思います。


再度、話は変わります。

 また、実際の労働の現場で、与えられている責任と賃金の多寡の連関は必要なのではないかと考えています。もちろん、その幅は限定されなければならないと思いますが。
 それを木下武男さんは平凡社新書の「日本人の賃金」の中で仕事給という形で表現しています。この仕事給を木下さんは成果給や能力給と明確に区別することを強調します。それは成果や能力ではなく、与えられた席に値段をつけることだといいます。で、責任の多い席につくことはけっこうつらい話なので、そこへ賃金で差をつけることは必要なんじゃないかと、ぼくも思います。そうじゃないと、なかなか工場は動きません。

 以下は、まだ思いつきのレベルをぜんぜん出ていない暴論かもしれませんが、こんなことも考えています。木下さんは2階建ての賃金を提唱し、1階部分をミニマムウェッジという形で生活を保障できるようにするという立て方をするのですが、そこの部分については障害者年金制度や生活保護の財源をリンクさせることによって、財源のかなりの部分も確保できるんじゃないかと想像したりしています。


 なんか、とーっても中途半端なんですが、これ以上考えても何もでてこないというか、明日、これを読み返したら、送信したくなくなってしまうかもしれないので、ここでこれを送信します。

==MLからの転載ここまで==




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