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zoom RSS 「日本の戦時指導者はナチスの幹部より悪くない」か?

<<   作成日時 : 2006/08/19 08:10   >>

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毒吐者さんという人から
「例えばドイツで首相がヒトラーを含む聖堂を参拝したら?」
http://tu-ta.at.webry.info/200608/article_17.html
にコメントをもらいました。

これを考えてみたいので、ここに再掲します。
===
日本の指導者とナチスを同列に考えるのは酷すぎるというものでしょう。
国内外を問わず、反日的とされる人たちは日本の戦時指導者とナチスの最高幹部を同列に考え、とにかく「絶対悪」の存在と定義したいようですけど。

大新聞の中でもっとも過激に戦争遂行を煽った朝日新聞の経営者や主筆・編集長なんかは裁かれたんでしょうかね? 看板も社旗も下ろして解体的出直しをしなくてよかったんでしょうかね? 毒吐者
2006/08/18 13:01
===

日本の戦争指導者とナチスの幹部は違うという主張です。確かに同じではありません。
どこが違っていて、どこは同じなのかということは考えた方がいいのかもしれません。

これはちょっと勉強しないとすぐには答えられそうにないので、指摘していただいた人に教えてもらえたらうれしいです。

日本の戦時指導者はナチスの幹部とどう違って、どのようにましだったのか、教えてください。

だけど、いくら朝日新聞が憎くても、そして、確かに朝日も戦争を煽ったのですが、それと戦時指導者を同列には語らないほうがいいと思います。そして、当時のマスコミの中で朝日だけが傑出していたわけでもないように思います。



ふと、思ったんですが、最近ネット上で首相の靖国神社参拝を喜んだり、排外主義を煽ったりする人たちの共通の心情として、日本の戦時指導者、そして戦時中の行為はそんなに悪くなかったというのがありそうです。

でも、これ日本だけの現象じゃないんですね。欧州にもナチスはそんなに悪くなかったと主張する人は少なくないようです。

直接侵略されたアジアの国では日本の戦時指導者とナチスはほとんど同じに扱われているように思います(経験の範囲での話ですが)。
それは「特定アジア」(すごい表現です)だけではないように思います。戦時日本帝国の評価で言えば、日本に侵略されたかなり多くの国が「特定アジア」の仲間入りしそうな気がします。


さて、これを書いていて、

「癒しとしての反サヨク 」
http://tu-ta.at.webry.info/200512/article_10.html

で、以前引用させてもらった以下のフレーズを思い出しました。
===
忌避するものは「サヨク」であり、「朝日」であり、「北朝鮮」であり、「従軍慰安婦」であり、「南京事件」であり、「憲法」であり、「弱い日本」への忌避だったりするのだが、排除し攻撃するものをつくりだすことによって安心をえようとする。教科書を書き直すこと、憲法を「改正」することが、不安定な自己を癒し、「私」を回復することにつながると考え、権力に「私」を同一化していく。冷戦の終結後の価値観のゆらぎや、そこからの脱出、癒しを、ナショナリズムという形のないもの(だから崩れることもない)に求めたと考える。しかし、彼らが排除することで癒しをえようとする「サヨク」にしても、それは実体ではなく、彼らの内面にある「否定したい自分」が投影された「サヨク」像でしかない。
===

しかし、こういう思いを抱く若い人が増えているのも事実ではないかと思います。

二度と戦争を起こさないために必要なのは、今度は戦争に勝つための備えではなくて、戦争を起こさないためにどのような努力が必要なのか、ひとりひとりがもっと考えることだと思います。

仮想敵国を作ってナショナリズムを煽るような行為や思考ではなく、どうすれば戦争を起こさないということが可能になるのかという方向で考えてもらいたいと思うのですが、なかなか、そんな言葉は届かないですね。





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忌避するものは「右翼」であり、「産経」であり、「アメリカ」であり、「靖国神社」であり、「天皇」であり、「自衛隊」であり、「強い日本」への忌避だったりするのだが、排除し攻撃するものをつくりだすことによって安心をえようとする。自虐的教科書を作ること、憲法を「改正」させまいとすることが、不安定な自己を癒し、「私」を回復することにつながると考え、反権力に「私」を同一化していく。冷戦の終結後の価値観のゆらぎや、そこからの脱出、癒しを、平和主義という形のないもの(だから崩れることもない)に求めたと考える。しかし、彼らが排除することで癒しをえようとする「ウヨク」にしても、それは実体ではなく、彼らの内面にある「否定したい自分」が投影された「ウヨク」像でしかない。
サヨクも同じwww
2006/08/20 06:50
サヨクも同じwwwさん
コメント面白かったです。

ただ、
反権力に「私」を同一化
するのと
権力に「私」を同一化
するのは少し違いますね。
反権力に自己を同一化しても
なかなか価値観のゆらぎからは
脱出できません。

ただ、自分の中に「否定したい自分」
があるのは確かですね。しかし、それは
「ウヨク」像というよりも
便利さや安定に安住することであったり、
権力的だったり暴力的だったりするな振る舞いであったり、
そんな内面ですね。

ま、上記の文章はこのところ増えている「ウヨク」の説明ですから、希少種になりつつある「サヨク」にはあてはまらないことは多いのです。




tu-ta
2006/08/20 08:41

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