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zoom RSS 『障害の政治』 訳者あとがきについてのメモ

<<   作成日時 : 2006/11/21 05:05   >>

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11月11日の障害学研究会で『障害の政治』マイケル・オリバー(明石書店2006)を購入。
中身はまだほとんど読んでいないけれども、あとがきが興味深かったので、とりあえずメモ


disabilityという言葉の訳の方法について記述している中で、以下のように書かれている。
===
…、「disable」、「disablement」については「無力化する」「無力化」といった訳語を当てている。「disabled people」につては、「社会により無力化された人」というニュアンスが伝わりにくいが、「障害者」をあてることにした。
 本文ではこのような訳語を心がけたのであるが、本書のタイトルだけは、そこから逸脱した体裁になっている。The Politics of Disablement というタイトルであるから、本来ならば、『無力化の政治』とされるべきところである。しかし、本書のタイトルは『障害の政治』となってしまった。当初、われわれは本文の訳の通りに『無力化の政治』とネーミングすることを希望した。…… 
240p
==
 …。本書の内容は次のようにまとめることができる。資本主義の到来によって、働ける人と働けない人が区別されるようになった。働けない人の中には、さらに働く能力があるのに働かない人とインペアメントのある働くことができない人(=障害者)に分けることができる。その峻別の役割を担ったのが医療化イデオロギーであった。また、個人主義イデオロギーによって、障害者の問題は個人的な問題として認識されるようになる。このことから障害者は社会に適応していくことを求められ、その結果無力化されていくのである。さらに、福祉サービスのありようが障害者の依存状態を助長し、障害者はますます無力化状態へと落とし込まれてしまう。この無力化への対抗として、障害者運動の意義が見いだせるというものである。したがって、オリバーは資本主義社会が仕掛ける無力化の過程と、それに対抗する障害者自身の対立、調整、超克を描いたものといえる。その意味で、「無力化」というのは本書における重要なキーワードなのである。こう考えると、『障害の政治』としてしまうことは、オリバーの主張を不明確にしてしまうものであり避けるべきことであった。しかし、…   241p
====

また、日本の障害学の状況について具体例をあげて説明し、「順調に滑り出した」としたうえで、以下のようにも述べる

===
…。しかし、私には障害学の広まりに対して気になることがある。まず、研究者には広まりをみせてはいるものの、障害者当事者(運動)の間では広がりを感じられないということである。イギリス障害学は障害者運動の中から誕生してきたという経緯があり、障害学と障害者運動は連携し合いながら進展してきているといえる。日本では両者の間にほとんど接点のないような状況であり、このまま交わることなく進んでしまうことで、単なる知的遊戯や机上の空論となってしまうことを危惧するのである。(続きの引用部分もあります。)
===

これについては、このところ進展が見られるとも思う。政策研関連で尾上さんが研究者をまとめるグループを形成したり、ALSにおける川口さんの仕事があったり、接点は開かれつつあるように思う。しかし、ここで横須賀さんが主張しているように、まだまだ不十分であることは否定できないだろう。もう少し引用を続けよう。上に続けて以下のように書く。横須賀さんの言葉に力がこもる。

===
(上の引用から続く) 障害学は「障害者がよりよく生きる」<石川(2000:599)>ことに貢献できなければ存在意義はない。障害当事者(運動)との関係を抜きにして貢献など出来るはずもなく、したがって、それとコミットすることは必要不可欠なことなのである。これからは障害学と障害当事者(運動)をどのようにリンクさせていくかを射程に入れて展開していくことが求められるだろう。  243p
===

そして、横須賀さんの障害学に対するもう一つの危惧は・・・

==
 今ひとつは、障害者だけが対象化されて、それで終わってしまうのではないかということである。障害学は健常者中心社会に異議を唱え、現在の社会を変革していこうとする志向性がある。そのために、障害者としての経験を拾い集めていく作業が必要とされる。社会を読み換え、新たな姿を創造していくためには、このように障害者を対象化せざるを得ないところがるのは事実である。しかし、そのままでよしとしてしまうことは健常者を不在のものとしてしまわないだろうか。どうして障害者だけが語ることが求められるのだろうか。健常者の抑圧性や健常者であることの不自由といったことが語られるべきではないだろうか。やがて、それが「健常学」として結実していく必要があると思われる。しかし、それだけで終わらせてはならない。ちょうど、女性学と男性学がジェンダー学へと統合されていったように、将来的には健常学と障害学も… 244p
==

「女性学と男性学がジェンダー学へと統合され」ることがいいのかどうか、いいとすれば、それはいつの時点なのか議論が分かれる部分もあるだろうが、健常者中心社会をちゃんと対象化しなければならないということは、ぼくもずーっと考えてきたことでもある。 http://tu-ta.at.webry.info/200610/article_8.html
 それが近代を超える足がかりのひとつになりえるのではないかと思っている。その観点から、オリバーに学ぶべきことは多そうだ。さて、いつになったら中身を読み終えることができるかわからないが、ぼちぼち読み進むとしよう。



追記
引用部分のボールドが読みにくいという指摘があったので、変えました。



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