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アマ―ティア・セン、気になっているのだけれども、もうひとつよくわからない。それをなんとかわかろうという努力もあんまりしていない。というエクスキューズを書いた上で、季刊『軍縮地球市民』第6号で鴫原さんが書いている「アマーティア・センと環境問題 」について少しコメント いろんなところで、センが持ち上げられる中で、例えば「環境平和学」(2005年法律文化社) http://www.hou-bun.co.jp/Mokuroku/hon/ISBN4-589-02883-2.html に掲載されている鴫原さんの「潜在能力アプローチの批判的検討」はとても面白かった。要約する能力もないので、センに興味がある人はぜひ、これを読んで欲しいと思う。ほんとうはこっちの読書ノートを先にアップすべきなんだろうけど、ちょっと時間がかかりそうなので、これはいずれ。(できそうにないけど) で、この季刊『軍縮地球市民』第6号でも鴫原さんの「アマーティア・センと環境問題」が掲載されている。この文章についてはもう中身が消えてしまった野崎さんのブログでも肯定的に言及されていた。 んで、この文章のリードには以下のように書かれている。 == 経済成長至上の開発に警鐘をならすセンは「自由としての開発」を掲げる。だがその中で環境問題はどう扱われているのか。あくまでも資本主義市場経済を与件とした議論では、新自由主義下で展開される主流の開発に収斂されてしまう。それでは人々の生存基盤の剥奪として起きている環境問題の根本的な解決にはなり得ないだろう。 == 上記の主旨で書かれている今回のこの文章も興味深いものだが、今日書くのは、その直接的な内容についてではなく、この文章で気になったこと。 以下に紹介する部分は「センと環境問題」の主張の核心的なところにも抵触すると思うのだけれども、鴫原さんの論旨全体が明確なだけに、浮かび上がった部分でもある。 それはの88p上段のセンの『自由と経済開発』からの引用部分だ。 ここで、センは 「資本主義が現代社会で直面する大きな挑戦には、不平等(とりわけ、未曾有の繁栄にある世界に存在する極貧状態)の問題、公共財(環境のように人々が共有する財)の問題が含まれる。これらの問題の解決には資本主義市場経を超えた制度が必要になるのはたしかである。」 って言っている。これに、「しかし」とつなげて、この解決に資本主義経済そのものの力が及ぶ範囲を拡大することが可能であり、それは倫理を適切に発展させることで可能になる、というような意味のことを言っているのだが、ぼくセンがここで「資本主義市場経を超えた制度が必要」と言い切ってることは注目に値すると思う。 鴫原さんのこの論文で「センはあくまでも資本主義市場経済を受け入れた上での修正策を探る」と書いているので、ここには齟齬があるのではないかと考え、もう1ヶ月以上も前に鴫原さんに問い合わせてたところ、即座に以下のような回答があった。(このときの質問の文章をそのまま引用しようと思ったのだが、あまりにも抽象的でわかりにくかったので、上記の文章に全面的に書き直した。しかし、そのわかりにくい質問に鴫原さんはポイントを外すことなく的確に答えてくれている。 以下、鴫原さんの許可を(1ヶ月以上も前に)得て、転載 === センの引用文について、ですが、 センの文章にはこのような一見矛盾するかのように読める箇所がところどころにあり、 私も十分には理解しきれていないところがあるかと思います。 そのことをお断りしたうえで、ですが、おそらくこのような主張のしかたが、センを支持する多くの方々がいうところの「議論の公開性」なのでしょうか。 つまり、全否定はせず、議論の余地を残しつつ、その先に回答を見出すというか。。 『アマルティアセンの世界』の中で「第6章 現代アフリカ研究とセン」を書かれている峯陽一さんは、脚注の中で、「主流の常識的なポジションに対して反主流の意外なポジションを提示することで二項対立的な選択状況をつくりだし、自らは後者の側に肩入れしつつ、二元論を超えた高次元の合意を目指していくという戦略は、センがよく採用するスタイルである。」 (p.174-175)と書かれています。 で、『軍縮地球市民』でとりあげた引用文ですが、やはり、現在議論されているような「資本主義市場経済を超えた制度」には一定の期待を示しつつ、センは「倫理」に期待している、どちらかというと、そちらの方により期待しているように私は読みました。 センがこのように言っていることは、tu-taさんがおっしゃるように、評価できる部分であると思います。 しかしいずれにせよ、環境を「公共財」、 ”public goods”(that is , goods that people share together, such as the environment) つまり人間の所有物の延長に見ているところに、どうしても限界があるのではないかと私は感じてしまうのです。 この点は、英語表記を入れながら書くべきだったと、原稿をだしてから反省した点でもあるのですが。 すみません、 いただいたメールのお答えになっているかどうかわかりませんが、取り急ぎのお返事でした。 === これへの内容に踏み込んだ返信はまだ出していないのだけれども、ここで鴫原さんが引用している峯さんの文章で、峯さんはセンについて「主流の常識的なポジションに対して反主流の意外なポジションを提示することで二項対立的な選択状況をつくりだし、自らは後者の側に肩入れ」すると書くのだが、鴫原さんの主張はセンは主流の枠の中でしかない、というものだろう。それぞれ、扱っているフレームが違うと言ってしまえば、それまでなんだけれども・・・。 日本の外務省にまで好かれるセンは、やはり、鴫原さんが書いているようなポジションにいると思えるのだが、センをどう読み、どう使うかというようなことは『アマルティアセンの世界』に書かれているのだろうか。いつか、考えてみたい課題ではあるけれども、そんな課題はいっぱいあり、そのうち忘れることになるんだろうなぁ。 これを読んでくれた人が下の「人気blogランキングへ」というのをクリックしてくれると、そのクリックしてくれた人の人数でランクが決まる仕組みです。クリックするとランキングのサイトに飛び、うんざりするような排外主義ブログのタイトルの山を見ることになりますが、クリックしてもらえるとうれしかったりもします。 よろしくお願いします。 人気blogランキングへ |
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こんにちは。愛媛大学の院生です。 |
yukki 2006/11/29 23:26 |
yukkiさん、コメントありがと。 |
tu-ta 2006/12/03 06:19 |
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