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zoom RSS 大田「やさしいまちづくりの会」にかかわって(2002年に書いたもの)

<<   作成日時 : 2007/02/06 07:16   >>

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 昨日から大森高校定時制での4年目の国際理解週間がはじまった。これについては別に書こうと思っている。


 以下に掲載するのは昔(Thu, 19 Dec 2002)書いた原稿(この5年を長いと考えるかどうかは微妙だけど)。よく覚えていないが、掲載紙ではカットされた部分もあったように思う。
 これを書いた後、ぼくはこの会の事務局長を交代してもらい、OCNetの毎週の日本語のスタッフも離れた。ここで紹介する「やさしいまちづくりの会」の性格も変わってきている。鈴木さんに対する大田区の酷い対応が表面化したのもこの後だと思う。補足して書き直したいこともいっぱいあるが、とりあえず当時考えていたことの証拠として残すことにした。




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大田「やさしいまちづくりの会」にかかわって(極私的インサイドレポート)

1、はじめに
2、「やさしいまちづくりの会」の経緯
 a、出来るまでとわたしがかかわるきっかけ
 b、この会の目的が規定するやりやすさ
 c、会の運営とここまでやったこと
 d、具体的なテーマについて
3、そこから見えてきたこと
 a、意義も危険もある市民参加
 b、WSについて
 c、幅の広さ
 
4、結語にかえて

1、はじめに
 あとで説明する「ひとにやさしいまちづくりを進める大田区民の会」(略称:やさしいまちづくりの会、この文章の以下では「この会」とする。)にかかわった経過を、「おおたジャーナル」に書く意味を考えてみた。この会は、いま「流行り」の行政と市民の協働とかいうやつである。おおたジャーナルを始めた仲間の顔を思い浮かべてみる。そう、いろんなレベルで自治体や国に対して、もの申したり、要求したり、批判したりということをいっしょにしてきた仲間たちだ。
 そういう友人へ、行政といっしょになって区民参加という形でものごとを進めることの「危なさ」や「楽しさ」をシェアしてみたいと思う。「参画の危うさ」という論議はフェミニストの世界では先行して行われていたようだし、もう少しだけ?規模が大きいところでは世界銀行のウォルフェンソン総裁がNGOを巻き込んでいったプロセスは有名で、それに対しても賛否がわかれている。「市民参加」とか「参画」とか「協働」というプロセスの中で、ガバナンスを執行する側は正当性を獲得し、NGOや市民は一定の主張を実現できるようになった。ひょんなきっかけで、そんな活動に入っていって得た経験と、そこから考えたことを紹介してみたい。
 他の地域のことはほとんど知らないし、初めての経験を手さぐりでやっている最中という状況なので、以下に書くことは、とても主観的な印象の域を出ないだろう。ただ、かなり深くかかわることで見えてきた「市民参加」ということの内容や、それを促進する手法、あるいはそのことの意味について考えていくことは、これからも地域で社会運動にかかわっていこうとするときに、大切なことのように思える。どうも、大田区は「参加」とか「住民の参画」ということをかなり本格的に始めようとしているようだ。(それがコストダウンになるという要素も大きいだろう。)大田区には住民の参画について検討するための公募委員も含めた委員会もできており、もちろんそれを担当する部署もある。そんな中でわたしたちの運動の可能性を広げるために、従来とってきたのとは違うアプローチの有効性について考えてみたい。
 この会はまだ途上にあり、何かが具体的によくなったという意味での成果はほとんど出ていないし、ここまでやってきたことの厳密な評価も出来ていない。以下のわたしの報告について、おおたジャーナルのホームページなどを通して、意見をもらえたらうれしい。もちろん、以下の見解は会を代表するものでありえるわけがなく、個人的な見解である。

2、「やさしいまちづくりの会」の経緯
a、出来るまでとわたしがかかわるきっかけ
 この会が発足したのが二〇〇二年三月一六日、その前身は大田「福祉のまちづくり懇談会」という大田区が呼びかけた懇談会だった。そこから、この会の発足への話しあいに進展していった。この会の発足会議の呼びかけの文章には、「懇談会のかたちを脱皮し区民主体の推進組織に移行しようと準備を進めて」きて、「発足の運びに」なったと記述されている。前身の懇談会は、呼びかけも議題の提供も司会もすべて大田区の保健福祉部がお膳立てをしていた。その懇談会に、かなり偶然参加し、せめて司会ぐらいは区民でやろうと言いだしたのが、こんな風にはまるきっかけになったと、おぼろげに記憶している。世話になった大田区役所のNさんに依頼され、断れなかったという面もある。というわけで、わたしはこの懇談会で出過ぎたばかりに初代の事務局長を引き受けることになり、今日に至っている。事務局長とは言うものの、手のかかる事務局業務のほとんどや、さまざまな文章の素案作成の部分は大田区の職員に依拠している。会議の会場も大田区役所を利用していて、会としてはお金を使わないことにし、会としてお金を持っていないが、最低限かかる費用は大田区が負担している。その一方で、区が事業として行うはずのところまで、ボランティアとして担わされているのではないか、相応のペイがあってもいいのではないかという声も一部の参加者から聞かれる。

b、この会の目的が規定するやりやすさ
 この会の目的は「(この会)は、障害者、高齢者、こどもたちや子育て家庭などの日常生活や社会的活動を制約するさまざまなバリアを取り除く活動を進めることによって、私たちが暮らす大田区を誰もがともに成長し活躍できる地域社会に作り変えていきます。」と会則にある。
 このように目的が明確で、そのことで直接、不利益を受ける人はとても少なく、反対する人がほとんどいない課題だということがこの会を大きく規定している。(蛇足だが、「男女共同参画」というのもあたりさわりの課題だと思われるのだが、これについては強烈に反発している人びとがいて、ホームページまであるのを見て驚いた。そこでは行政が主催した講演会でのフェミニストの主張が紹介され、固定的な性別役割分業を推進する立場からの批判が展開されている。) 話はそれたが、この会の課題が誰からも理解されやすい課題であるにもかかわらず、不充分な点がとても多い課題だということが会の活動にとって、プラスに働いている面は多い。だからこそ行政との協働が可能なのだと見方もできるかもしれない。

c、会の運営とここまでやったこと
 二〇〇二年の三月に行われたこの会の発足会議以降、具体的にやったことは、四月、五月、六月の三回のワークショップ(以下ではWSと表記)と八月の発表会、そして、「おおた環境・福祉展」への参加などだ。バリアフリーマップを作るという大田区で予算化されている事業の調査やプランニングにも会として関わっている。
 ぼくは事務局長として、参加感と透明性ということを会の運営にあたって意識してきたつもりだ。だから、全体の集まりではWSという形式とこだわり、運営委員会は誰でも参加できるようにオープンにすることを提案し、そうなっている。その結果として、運営委員会に毎回三〇人くらいが集まるので、それをまとめる苦労はあるのだが。
 この会の準備会議の段階では会の名称を決められなかった。そして、発足会議の席上で案についてのプレゼンテーションをしてもらって、参加者の多数決で決めることにした。はじめから、ただ出席するだけではない形式の発足会議をやりたいと思っていたが、具体的にどのようなWSをするか思い浮かばなかった。だから、準備の段階で名称がすっきり決まらず、こうなったことは、ぼくにとっては楽しい経験だった。そして、そのことは参加者の参加感をふくらせる一助になったように思える。
 四月の第一回のWSは目標のイメージを出し合うブレーンストーミングのような形をとった。予想以上の参加人数と準備の不充分さでかなり混乱したものの、目標のイメージについて多くのアイデアが出された。そして、会議後、それを五つの分科会に整理し、二回目のWSでは、目標の実現を妨げている問題点と解決策を分科会ごとに出し合い、三回目のWSでは二回目にわかれた分科会のグループで蒲田の街の点検を行った。八月にその発表会を行い、一一月に報告書をまとめた。
 この報告書の構成は、1、会がめざすこと、2、各分科会でままとめた提言、3、「やさしいまち蒲田のアクションプラン」、4、これからの活動の進め方、5、ここまでの活動の資料という構成になっている。「おおた環境・福祉展」では、報告書のプレゼンテーションとシンポジウムを行い、シンポジウムはこれまでの成果をふまえてテーマを、1、蒲田駅周辺のトイレの問題、2、蒲田駅近辺の放置自転車の問題、3、蒲田駅東西自由通路の問題の三つにしぼった。それぞれについて、バリアに関する証言、問題提起を行い、行政や専門家あるいは関係者のコメントを求めた。
 (上記の報告書は大田区保健福祉部の福祉のまちづくり担当に残部があり、一回目のWSで出された案の一覧なども掲載されている。)

d、具体的なテーマについて
 シンポジウムでの三つのテーマは、とりあえずJR蒲田駅を中心にバリアを見てきて、感じられた大きな問題でもある。蒲田駅のとりわけ西側のビルにはバリアフリーのトイレがない。車椅子使用者がトイレを利用しようとすれば、駅員に頼んで改札の中のトイレを使うか、駅を出て外の公衆トイレを使うしかない。また、公衆トイレにおけるバリアフリーのトイレの設置率は非常に低く、あったとしても使い勝手が悪いものも少なくない。このことを解消するために、行政からの援助でコンビニエンスストアのトイレをバリアフリーにするという提案がなされている。
 また、JR蒲田駅の西側のビルにトイレがなくて問題なのは、蒲田駅の東西をつなぐ動線が車椅子使用者に保障されていないからでもある。東口の駅ビルと西口駅ビルのわずか階段数段程度の高さの違いが車椅子独力での通行を不可能にする。当事者のねばり強い要求でその段差を解消するリフトは設置されたが、いちいち係員を呼ばなければならないという当事者には使い勝手が悪いものとなっている。
 しかし、駅の東西を結ぶという基本的なことができていない蒲田駅の構造についても、身近にそのことの不便を体験した人がいないと、なかなか気がつかない。そのような声をどう広げていくのかというのも課題になっている。シンポジウムでは建築家から、駅ビルの建て替えをも射程に入れた準備の必要が提起された。
 そして、JR蒲田と言えば、東京でワーストワンになってしまった放置自転車の問題がある。野放図な放置が車椅子使用者や視覚障害者、あるいはベビーカーの幼児といっしょに移動する人に大きな制約になっている。この会では基本的に環境にやさしい乗り物であるはずの自転車と共存する形での解決をはかりたいと考えている。限られた環境の中で、最大限駐輪できる形を区だけではなく、商店街や大規模店舗や鉄道事業者との連携の中で模索し、出来るだけ駐輪しやすい環境を整えた上で、それでも障害者などの交通弱者の動線をふさぐような自転車の放置があれば、そこには厳しくするというような施策の具体的な対案をより深め、交通を阻害する放置自転車を実際になくしていきたいと考えている。
 上述した報告書のアクションプランでは、いまあげた問題(あるいは問題への着手)を含めて八項目を三年のうちに実現可能なこととして、提起している。


3、そこから見えてきたこと

a、意義も危険もある市民参加
 ここまでに説明してきたようなことを、この会では大田区との共同作業としてやってきた。今回、報告書という形で、完全ではないにせよプランを作成するところまでこぎつけた意義は小さくないと考えている。また、視覚障害者のための点字ブロックが車椅子使用者にとってバリアになるというような場合もあるので、当事者同志が折り合える地点を探すという意味でも、この会が持つ意義は大きい。さらに、大田区は数年前まで特定の大きな障害者団体の声だけを聞いて、当事者の声は聞いたという態度をとってきたのだが、この肯定的な変化も見逃せない。そして、大田区も関与するプロセスの中で、作業をすすめることは実際に何かが変わりそう手ごたえを感じさせる面もあり、それはある意味で楽しさを感じる部分でもある。
 しかし、このような区との協働はもちろん、いいことばかりではない。これからの活動の中で、この会がかなり意識して、自主性を維持しつづけなければ、容易に大田区の下請け機関になり下がるだろう。もしかしたら、現状がそうなっているという批判もすでにあるかもしれない。
 アイデアを出しているだけの現状では行政との摩擦は見えにくいが、これからの具体的な施策の実現を求めていく段階では、それはより明確になってくるだろう。また、区民との協働という美辞麗句が公的責任の回避するために使われる危険もある。実際に、介護など公的に保障されるべきことが、ボランティア的な低賃金の労働で支えられている現実もあるし、公募などの区民が運営委員会方式で運営している区立の会館の中には、使い勝手が悪いところがあるという話も聞いた。どこまでが公的責任で、どこまでをボランタリーな区民が担うべきかというようなことも考え、協働を求めながらも緊張感を残していくバランスをどこでとるかという課題は小さい課題ではない。
 また、これまで考えてきたことを実現していくためのアドボカシー活動、ーー区当局や都や国へ、あるいは鉄道やバスの公共交通機関の事業者や民間の商業施設などの所有者への働きかけ、また他方、地域住民の世論形成に向けた働きかけ、ーーが必要になってきているが、この場面で行政とのパートナーシップのあり方が、先鋭に問われることになるのかもしれない。

b、WSについて
 三回のWSについて、組織した側の人間として言えば、ファシリテーション(参加者からいろんなことを引き出す)の能力が不足していたことは否めない。しかし、最低限留意すべき技術と、参加者全員の意見を出しやすい雰囲気を作ることに気をつけさえすれば、WSという手法はそんなに難しいものではないように思えるし、もっと使われていいように思える。これは社会運動の場でも、もっと意識的に使われるべき手法なのではないだろうか。
 そして、この手法を用いることで、本来あるべき二重の意味での参加が実現されるように思う。二重の参加とは以下のようなことだ。行政の施策を考える場に区民が出席することだけでは参加本来の機能を果たしているとは言えない。それも参加と呼ばれるのだが、それだけではなく、そこで参加した区民が感じていることが表現されなければならない。そのためにWSが果たす役割は小さくない。参加して意見を表明する場所を提供するだけではなく、当事者の意見をそのような場所でどのように引き出していくのかが問われている。WSの比較的容易な(ぼくにでもわかる)入門書としては岩波新書の「ワークショップ」がある。

c、幅の広さ
 この会に参加して、いろんな人と出会えた。課題のわかりやすさと大田区が呼びかけたということが幅の広さを実現する大きな要因になっているのだろう。多様な声の存在は、例えば運営スタッフ会議など、運営での苦労も少しは生むが、それが存在することがバリアフリーを実現する鍵になるのではないかと思う。また、もっと多様性を楽しめるようにしたいし、もっと多様な声を聞きたいと思う。そんな中で、どのように一致点や折り合える地点を見つけるか、そういう努力が地域をつくっていくことにつながるのではないか。

4、結語にかえて
 ここまで、多少の手前味噌も含めて、この会のことを書いてきた。最近はこの会やOCNet(外国人とともに生きる大田・市民ネットワーク)の活動に時間をとられることのほうが「おおたジャーナル」の人たちと地域での戦争反対の行動に参加する時間より多くなっている。しかし、現在の状況の中、戦争に反対することはますます重要になってきている。こんなことでいいのか、と思う。大田という地域で私たちがかかわるものだけでなく、戦争に反対する声はとても小さいままだ。
 ぼくは、これらの運動をすべて「もうひとつの世界は可能」という世界の社会運動の文脈の中に位置付けてみたいと思っている。しかし、現実にはそう考えているぼくという個人がそこに存在しているだけだ。もちろん、それぞれの運動や活動にかかわる主体の多様性はとても大切だし、それらにかかわるみんなが必ず一様に戦争に反対しなければならないということでもないだろう。でも、こうあって欲しいとぼくが思う社会のイメージはそれぞれの運動や活動と重なっており、それを無理なく紡ぎあわせてみたいとは思う。それがどんな風に可能なのか、あるいはそもそも本当に可能なのかどうかもおぼつかないのだが、やりたいこと、楽しいことをあんまり無理しないで続けながら可能性を追いかけてみ
たいと思っている。
===
原稿はここまで



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