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zoom RSS ラッセルとサティシュ (続き)

<<   作成日時 : 2007/03/30 05:17   >>

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先日書いた「ラッセルとサティシュ 」

なんかもう一つ焦点が定まっていないというのは毎度のことだが、この章の結語部分にサティシュの言いたいことがかなり明確に書いてあるので、以下、抜書き

===
 科学と精神性の間の亀裂を埋め、生命の全体観を培わないかぎり、平和は遠い夢に留まるだろう。科学は観測可能なものを扱い、精神性は観測不可能なものを扱う。(中略) この二つの側面がいっしょになって現実と存在を形成する。
 科学的合理主義、二元論、個人主義、消費主義、物質主義といった根源的問題に疑問を呈さないままに核兵器に反対しても、核兵器のない未来を手にすることはできないだろう。
 結局のところ、科学に偏重した私たちの知識と方法が自己を世界から切り離し、主体を客体から切り離し、精神を物質から切り離し、観察者を非観察者から切り離し、人を他者から切り離すのだ。貪欲と権力欲を伴った二元論的思考に根差した科学と技術が、核兵器と戦争を産み出すのは必死である。すべての生命体は継ぎ目のない生命の網の目の中にある、と考える非二元論的アプローチのみが、私たちを核兵器から解放することができる。この、合理的視点を併せ持ちつつ、全体の関係を見て取る視点こそ、平和の前提条件である。
 190-191p
===

 とても考えさせることの多い、でも、にわかに全部肯定するのをためらってしまうような内容だ。貪欲を併せ持った人間としてぼくが存在している。いわゆる権力を持ちたいとは思わないけれども、承認されたいという思いはあり、こうあって欲しいという世界の別の姿を想像し、そこに向かうためにぼくが持っている「力」を使いたいとは思う。
 貪欲を捨てるのは結構困難で、たぶん、ひとりひとりの人間はそんなもんじゃないかと思う。同時に隣の人の痛みを感じることもできるのではあるが。ぼくはそこを出発点にするしかないと考える。
 サティシュは平和を遠い夢に留めないありかたを提起する。でもそれは、ぼくにとっては「遠い夢」であり続けるだろう。それでも具体的な平和に敵対する酷いことに対して、反対し続けるプロセスが大切なんじゃないかと思う。そのプロセスに参加し続けるためにスピリチュアリティが問われているように思える。

「じゃあどうすればいいんだろう」
とりあえず、この問いを具体的なさまざまな行動の中で問い続けようと思う。

「科学的合理主義、二元論、個人主義、消費主義、物質主義といった根源的問題に疑問を呈さないままに核兵器に反対」する人はいるかもしれない。それを否定することより、いっしょにできることを広げることはできないだろうか。その中でお互いが影響しあうことができればいいと思う。

もう1回寝るので今日もココまで



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