今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS 「国家・社会変革・NGO」読書メモ(3)

<<   作成日時 : 2007/04/25 07:16   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

前回の(2)は冒頭近くの花崎さんの提起の紹介で終わってしまった。「第1章 NGOと社会運動」のメモは続く。

越田さんはこの後、自らの東チモールでの経験からNGOと社会運動の関係の考察に入り二つの疑問を提起する。(この二つの疑問な中にまた小さくない疑問がたくさん散りばめられているので、どれが二つの疑問なのか特定するのがけっこう大変で、もしかしたら間違っているかもしれないが)

一つは
==
NGOが社会運動や民衆運動の一部になっていこうとするならば、NGOの機能や役割、とくに国際協力や国際政治における自分たちの位置を、もう一度考え直す、それは何かという疑問
==

もう一つは
==
90年代に進んだ「市民参加」や「市民社会の台頭」とは何だったのかという疑問
==

この二つの疑問を念頭に置きながら、NGOとは何か、NGOとはいかなる意味で「非政府」なのかということを以下で考える、そのことがNGOにどんな可能性があり、また、ないのかということを考える準備作業になる、として、「はじめに」を終える。

そして、第1節に入る。
「一、NGOと民主主義について考える」

この節には以下の二つの小見出しのもとの文章でくくられている。
==
フィリピンで学んだこと
==
「非」あるいは「否」をめぐって
==

越田さんは「フィリピンで学んだこと」という項の中で、紹介すると長くなるホラシオ・モラレス(エボではない)の主張を紹介した後で、こんなふうに書く。
==
「民衆が主人公」であるということを原則にした社会をどうつくっていくのか、そのときにNGOはどういう役割を果たすのか、という問題において、フィリピンのNGOが民衆中心の民主主義の実現と自分たちの運動を結びつけようとしていたことは否定できない。(中略)
 わたしはこうした動きに刺激され・・・
 …かつて、こう書いたことがある。「日本でもNGOという言葉がすっかり定着したけれど。市民運動にかかわっているひとたちの多くは自分たちの運動体をNGOとは呼ばないのではないだろうか。日本では、海外援助へのプロジェクトを行っている団体だけをさして、NGOと呼んでいるように見える。なぜ、国家や政府の押しつけに抵抗し、自分たちの原則をもとに生きようとする運動体や地域の自立をめざす運動体をNGOと呼ばない(呼べない)のだろう。(中略)でも、ぼくは当分の間A(ANTI=反)GOで行きます。
==

今日もここで出勤時間になった。
==
「非」あるいは「否」をめぐって
==
以降は続けられたら続く。



この下にある「人気blogランキングへ」というのをクリックしてください。
人気blogランキングへ

クリックしてくれた人数のランキングです。クリックするとランキングのサイトに飛び、うんざりするような排外主義ブログのタイトルの山を見ることになります。こんなランキングに登録するバカバカしさを感じないわけでもないんですが、・・・
でも、クリックしてもらえるとうれしかったりもします。

人気blogランキングへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
「国家・社会変革・NGO」読書メモ(3)  今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる