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zoom RSS 「コミュニケーション障害」について

<<   作成日時 : 2007/04/26 19:01   >>

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「コミュニケーション障害」といっても、聴覚障害や言語障害のことではない。それらの機能はあるのに、コミュニケーションをとるのが困難な人たちがいる。そのことについて少し書いた。

以下に転載するのはArisanのノートというブログの記事へのコメント。
このブログといつ出会ったのか、もう覚えていないのだけれども、いつからかこれをRSSで拾って読んでいる。触発されることの多いブログだ。

そこにすごい勢いでコメントを書き込むnatamaruさんという人がいる。彼の主張について、そんなにちゃんと読んでいるわけではないのだが、そのコメントの量と斜め読みで読んだ印象で、コメントしたくなったので、ここにコメントをした。

記録のために、こっちにも残しておこうと思う。

==以下、書き込んだコメント==

さっき、コミュニケーション障害と書いたのはわたしです。このコメントを読んで、このコミュニケーションの困難さは何に起因するだろうという思いを一層深くしました。Arisanにならって、ぼくもnatamaru さんの主張について、ちょっと考えてみます。

 たとえば、この最後の段落の指摘はほとんどコミュニケーションをとることを拒否した言い方ですね。どうして、そういう主張をしないではいられないのか、やはり、これは「一種の障害か」という風に問題を立ててみました。しかし、この問題の建て方は個人・医療モデルに足をすくわれそうな危険な問題の建て方でもあります。natamaru さんは主観的にはコミュニケーションをとろうとしているように読めます。しかし、膨大なコメント群の中はコミュニケーションを拒否するような言辞で溢れています。この自覚のないコミュニケーションの困難さはやはり「障害」と呼びうるのではないかと思ってしまいます。

 それでは、「この障害」を社会モデルで読み解くとすれば、どのように読み取れるでしょうか。natamaruさんは自分が正しいと考える言辞を主張したくてしょうがないようです。そこでは、その主張がその場所で許容されるかどうかは、配慮されません。あることを特定の場所で自分が主張したいときに、主張を聞き入れてもらうためにコミュニケーション上の配慮を人は意識的に、あるいは無意識にでも行います。しかし、natamaruさんにはそういう配慮が出来ません。ただ、自らの主張を繰り返すだけです。社会がそういうnatamaruさんの主張を受け入れてくれるのであれば、natamaruさんはコミュニケーション障害とは呼ばれません。しかし、社会はおそらく、このような主張の仕方を受け入れることができないので、natamaruさんのことをがぼくはコミュニケーション障害と考えてしまうわけです。

 しかし、この事実はわたしに新たな知見をもたらしくれました。障害を社会モデルで読み取るということを口にする時、変わるべきは社会であって「障害者」の側ではない、と、わりと単純に考えていたのですが、このコミュニケーション障害の例では「変わるべきは社会」とは言えないようです。一般に「変わるべきは社会」であることが多いものの、必ずそうであるとは限らない、という知見をこの例がわたしに導いてくれました。


 natamaruさん、失礼なことを書いてしまったかもしれません。対面していたら、親しくない人にはなかなか言いにくいことですね。だけど、それは、あなたのコメントがこういうことを書かせる力を持っていたということでもあります。ぼくが書いてることは半ば冗談のように読めるかもしれませんが、かなり本気です。

 ぼくも自らのコミュニケーション障害について考えなければならないようです。調子に乗って、ちょっと書きすぎてしまいました。もうしわけありません。>Arisan

ちょっと違う話ですが、コミュニケーション障害の例は
http://tu-ta.at.webry.info/200704/article_27.html
にも書いています。

==コメントここまで==


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内 容 ニックネーム/日時
こんばんわ。

ちょっと疑問に感じたのですが、初対面のひとにいきなり障害の社会モデルという表現をつかうのは、どうなんでしょう? おそらく意味不明だと おもうのです。

tu-taさんのコメントも、わたしからすればよろしくないです。内容の是非にかかわらず、その形式がです。

寛容の精神は、いつもいつも大切なのか?という問題だと おもうのですけど、【このコミュニケーション障害の例では「変わるべきは社会」とは言えないようです。一般に「変わるべきは社会」であることが多いものの、必ずそうであるとは限らない、という知見をこの例がわたしに導いてくれました。】というのは、なんだかなあです。
hituzi
URL
2007/04/26 22:49
tu-taです。
hituziさん、コメントありがとうございます。

まず、
「内容の是非にかかわらず、その形式がよろしくない」について
そうですね。コミュニケーションモードを逸した書き方になっています。反省が必要な部分ですね。

後者の内容に関して、ぼくは思いがけずそう感じたので、そのまま書いたのですが、「なんだかなあ」の中身を書いてもらえるとうれしいです。Arisanのブログのコメントを読んでいて、こんな風なコミュニケーションを持ちかけられたら、それは受け入れられないなぁと感じたのでした。
 ぜひ、「なんだかなあ」の中身をもう少し教えてください。少し想像はできそうな気もするのですが、ぼくが想像できる部分がhituziさんが感じた部分なのかどうか、わからないからです。
tu-ta
2007/04/27 05:02
いわゆる粘着コメントには、ほどほどにつきあう、ひどい場合には削除するという方針でいいと おもっています。けれど、コミュニケーションというのは他人といっしょにするものですから、どちらかだけを悪者にすることは、なかなかむずかしいとも おもっています。ケンカ両成敗という意味ではなくてです。

しつこいコメントに対する見方は、tu-taさんといっしょです。ちがうのは、ああいったコメントをみても、わたしは「コミュニケーション障害」だとは みなさないし、またそれを本人に直接いったりはしないという点です。べつに、わたしは善良な人間などではありませんけれども。

コミュニケーション障害についての考察は、こちらのブログで展開されたらいいことでしょうから。そしてそのとき、それをかんがえるきっかけになった人とそのコメントを紹介する必要は、かならずしもないと おもいます。

わたしはコミュニケーション障害は、こんなふうに構築されるのか、という一例としてみました(笑)。皮肉っぽい いいかたで すみません。でも、「思いがけずそう感じたので、そのまま書いた」。こういうことって、よくありますね。
hituzi
URL
2007/04/28 00:45
こんばんはです。ぼくはいきなり病名を言われても全然気にしていませんので・・・。ここでコメントしている人たちの多くは、障害だとおもていないようですね。おそらくぼくの文章の内容をみてそう確信したのでしょう。あれらは、経験豊富な社会人が、青臭い新人君にする説教の内容そのものだからです。ほとんどの人におもいあたるふしがあるだろうし、ぼくだって若いころは似たようなことをいわれました。それがわかる人が、病気?いやいや違うよ・・とリアクションし、わかんない人が”病気か?”と疑ってしまうわけです。arisan氏の文面を持って、街角に感想を聞いてみたら、おそらく僕が言ったことに近いコメントを言うひとがたくさんいると思います。
natamaru123
URL
2007/05/07 23:43
natamaruさん、コメントありがと。
natamaruさんはこんな風にコミュニケーションモードをオンにすることもできるのだから、いつもオンにしていれば、誤解されることも少ないのになぁと思います。それで、ずいぶん損してるんじゃないかなぁ。
tu-ta
2007/05/08 02:05
いやいや、だから、普通の読者なら、僕の書いてる文章の内容を判断して、”ああ、この人はあたりまえのことをいってるんだな・・”とおもうわけだから、僕がモードをオンにしようがオフにしようが普通の読者は誤解しないんですよ。社会の常識がおわかりになってない人たちが、ああ、”この人なんかへんなこといってる”とおもってしまうというわけです。まだ社会に出ていないので、社会がどういうものだかを知らない人が、ごくありきたりであたりまえのことしかかかれていない2ちゃんねるの投稿でショックを受け、気が狂った人たちが投稿している!と拒絶反応をおこしてしまうというのも同じ例です。おそらく数年後、彼が社会にでたとしたら、2ちゃんねるにかかれてある内容とまるきり同じことを上司や顧客から言われるはずです。
natamaru123
2007/05/09 00:41
natamaruさんの書いてる中身は、確かにメインストリームに近いかもしれませんね。Arisanもそうだと思うのですが、ぼくもその価値観に乗ってしまうことに??を投げかけているわけです。
で、natamaruさん、中身はともかく、Arisanのところで書いているモードは社会ではなかなか通用しないのではないかなぁと思います。少なくとも、ぼくが知っている職場ではあんなモードだと誰も相手にしてくれないです。
tu-ta
2007/05/09 02:01

>なくとも、ぼくが知っている職場ではあんなモードだと誰も相手にしてくれないです。


ですから職場とか井戸端会議とかいったデリケートな場所では社交辞令が優先してどぎつい表現をしてないってだけで、中身はあれと同じなんですよ。人の発言をきいて、表にくるまれたお世辞をはがして中にはいってる真意をさぐりあてる能力をみにつけないとだめだってことですよ。
natamaru123
2007/05/10 16:37
natamaruさん、
ぼくが言いたいのはコミュニケーションのモードのことです。natamaruさんの主張が新自由主義が跋扈する現在において、幅をきかせているのは疑いようのない事実です。natamaruさんが書いてることはほとんどそういうことだと思うのですが、それを伝えたいとしても、伝えるためのモードがあればいいのにと思ったということです。
tu-ta
2007/05/10 17:46
だけど、礼儀上、もっと穏やかに説明すべきだといってぼかした表現ばっかりしていれば、arisanだっていつまでも気づかないままじゃあないですか。ああいったひとは言っちゃ悪いけど感受性が鈍いんですよ。だけど自分は難しいことばを理解し使いこなしてるからインテリだ、感受性はコンビニあんちゃんや作業服着た労働者やドブネズミスーツ着たリーマンの何倍も鋭いのだからこれ以上感覚を磨かなくていいんだ・・なんて勘違いしてるから成長しないんですよ。

だから、誰かが判りやすい本音をガツンついってやらないとかわらない。礼儀や社交辞令きかせてぼかした説明してたんじゃいつまでもきがつかないままなのですよ。

natamaru123
2007/05/11 15:17



ホントは構造主義だのマルクス用語だなんて中身は無くて誰でも使いこなせる空虚なシロモノで、修理屋のあんちゃんが自動車のキャブレイターが熱をもったときの振る舞いを分析することよる千億倍もカンタンなシロモノなので、それをブログにちりばめたところで賢い証明にはならないのですよ。実際のおつむのれべるは”修理あんちゃん>>構造主義インテリ”です。


だけどわるいことに、世の中には社交辞令ってもんがあって、会話のアタマに”オレにはぜんぜんわかんないけどあんさんはインテリだなー”なんて、近所の主婦や大工の頭や工場長は誉めるんですよ。だけど仕事で営業とることに長けている人間ってのは、相手がそういわれると喜ぶって生得的にわかってるから言ってるだけで本心じゃないんですよ。心の中では ”社会で何に苦労をつぎ込んだら得かちゃんと判ってて、食っていけるテク持ってるオレ様>>>>(超えられな差別の壁)>>>何も役に立たないことをありがたがって、それにきがつかないバカインテリのお前” ということでバカにしてんですよ。


natamaru123
2007/05/11 15:18
だから老婆心で誰かが言ってやらんといかんのです。ホントは身内の人が言うべきなんでしょうが若いうちってのは反抗心がありもんだから彼らの言うことをききません。だから善意の第三者がいうしかないというわけで、ネット相手なら格好であるということです。
natamaru123
2007/05/11 15:18
子羊オヤジ、他
御前達百姓の知能が鈍磨して
頑固にひとを理解できてないだけ、だと思うけど?wwwwww
natamaruさん!こんなうすのろ相手に時間の無駄ですよ?
馬鹿な大衆
2007/07/02 10:27
少しでも、自分に
耳の痛い事を言われると「オマエはしつこい!」
…としか条件反射できない頑固な田舎者の頭w
あの野卑で貧相な「ミートホープ」社の社長?
格好付けボンクラ息子重役?

馬鹿な大衆はそうした
自己認定の「精神障害者」をもって
いつも
私達医者の所にやってくる

いいよ
診てやるよ。お金さえ、たんまり払えばww
馬鹿な大衆の医者
2007/07/02 13:07
>「しつこい!「また、同じこと言ってる!
 それおまえだとおもうけど

一生死ぬまで理解しないんだろうね「ロボット」みたいなやつら
喪毎ら にんげん?
コモンズトーク誰でもいつも同じセリフできむちワロス。。。。
当たり散らし。
2007/07/06 16:15
コミュニケーションモードをオンw
「個人認定の障害者」が好きなアナタは
アルツハイマー(認知鈍磨)のうたがいもあります。
脳障害のリハビリに
ニンテンドーDSがいいよ!!
natamaru123
2007/07/06 17:43
natamaru123ですが、上の投稿はぼくではありません。
natamaru123
2007/07/22 10:32

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