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zoom RSS 「国家・社会変革・NGO」読書メモ(7)

<<   作成日時 : 2007/05/16 07:29   >>

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 先日のシンポジウム、とーっても眠くて寝てた部分も少なくないのだが、起きていたところはそれなりに面白いところはあったし、終わった後の飲み会が楽しかった。(でも飲み代は少し高かった。つまみ多すぎ、酒飲み過ぎ)

 さて、(6)の続き


 最後でこれは「どんでん返し」じゃないの?とぼくが思った部分を要約すると、
==
ネオリベと軍事体制、そして9条改憲へと向かう動きの中で、「私たち自身の民主主義とは何か」という議論が必要であり、この議論にNGOが加われば、国家や政府を相対化しうる運動体としての新たな姿が浮かび上がってくる。そうなったときの名称がNGOであるかどうかは重要ではない。
==

というわけで、「NGOはこうあるべき」という議論をここまでひっぱってきたのに、「**なったらNGOじゃなくてもいい」って言われちゃったら、いままでの議論はなんだったのと思ってしまったわけだ。

越田さんが言いたいことはわかるし、ほとんどの部分でそうだと感じる。だけど、こういう展開は「あれっ?」と思う。


ともあれ、上に要約した部分に続けて、
==
大事なのは、そこが、自分たちの社会のあり方を根底から変えようとする人びとの集まる場になっているかどうかなのだ。
==
と結論付ける。

このあいだから、繰り返し書いているけれども、ぼくもNGOが「自分たちの社会のあり方を根底から変えようとする人びとの集まる場になって」欲しいと思う。ぼくもその結論ととても近い地点にいるとは思うのだけれども、結論を出す方法に違和感が残ったといえるかもしれない。



 ぼくが思うに、(国際協力)NGOに参加する人の多くは、「困っている人」をなんとかしたい、と感じて参加するのだろう。そして、そういう動機でいろいろな取り組みがなされている。直接的な援助だとか、エンパワメントだとか参加型とか、「魚ではなくて釣竿を」とか、さまざまな手法が組み合わされて。
 問題は「困っている人がいる」と思って、援助とか支援とかする側が、そのひとたちがどうして困っているのか、というその原因について、どこまで考えることができるのかということではないか。また、その原因をどのように考えるかということだろう。新自由主義経済をもっと進展させて、そこに乗っかることが「途上国」の人びとが生き残る方法だと意識して活動するNGOはあまりないだろうが、結果としてそういう動きを加速させているようなプロジェクトは少なくない。それは問題を悪化させる。

 例えば、「貧困」をもたらす構造的暴力をどう見ていくのか、そこにどう向かおうとするのか、という視点を持つことなしに、「私たちはNGOです。国際協力を行っています。」とか、言って欲しくないなと思う。でも、そういう視点がなくても、その団体がNGOではないとはいえない。

 NGOとは、そういう有象無象の集まりなんだと思う。この本の印象としてぼくは「NGOはこうあるべき」というのを感じたのだけれど、ぼくの問題の立て方は違う。(このぼくの本に対する印象評価が間違っているとしたら前提が崩れちゃうんだけど)

 ぼくの問題の立て方はこんな感じだろう。
 まず、いろんなNGOがあるという現実を前提にする。その上で、NGOのこういう活動は問題解決のために有効だ、とか、有害だ、とか、人畜無害だがそれだけだ、とかいうことを見ていくこと、そんな視点を出していけたらいいと思う。



前回のメモで、93年の「PARCのめざすもの」という文章への違和感だけを書いて理由を書かなかった。それについて書いておこう。
とりあえず再度引用する。
==
私たちに問われているのは、私たち自身の民主主義です。「南」の変革なしに「北」の一員である私たちの変革はなく、民主主義の実現を通しての日本の変革なしには「南」も変わらないと考えます。PARCはそのために「南」の民衆と「北」の民衆が出会い、手を結ぶための媒介者となることをめざします
==
 結語の媒介者になるという結論に異論はない。最初に書いてある「私たちに問われているのは、私たち自身の民主主義です。」というのも広い意味ではそういえるかもしれない。違和感が残ったのはその間の文章だ。
 わたしたちがこうあって欲しいと考える「南」の変革は確かに「北」の一員である私たちに影響しないわけにはいかない。しかし、「南」の変革なしに「北」の一員である私たちの変革はないという風に言ってしまうのはどうかと思う。「南」が「南」であるのは「北」からの新植民地主義による支配が続いているからだろう。「北」はそういう意味で「南」の変革と不可分の関係にあるが、「北」に生活するわたしたちは、「南」に依拠することなく、私たち自身で変革を追求する必要があるのではないかと思う。
 そして、民主主義の実現を通しての日本の変革があろうとなかろうと、「南」は変わり続けている。日本の変革は「南」の変革の必要条件ではない。確かに両者の肯定的な変革を響き合わせたいと、ぼくも思う。そのために努力はしたいのだけれども、こんな風に言われてしまうと、「それは違う」と思う。

時間がきたので、とりあえず、今日もここまで。


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