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zoom RSS フェミニズムとエコロジー(青木やよひ)読書メモ

<<   作成日時 : 2007/09/16 16:15   >>

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4年くらい前の読書ノートを読み始めたら終わらない。
忘れっぽいぼくは読んだことをほとんど忘れているので、けっこう新鮮に読み返すことができる。
(忘れっぽさに乾杯!)



フェミニズムとエコロジー
青木やよひ
新評論 1986年初版
2003年4月エセナ(大田区男女共同参画センター)で借りる。

返さなくちゃいけないので、ちょっと多めにメモをとりながら、ぼくとしてはかなりていねいに読んだ。
読ませるところがたくさんあったからだと思う。

==
ここにいたってわれわれが気づくことは、女性の在り方を軸にして見た場合には、いわゆる歴史の進歩は必ずしも男女の関係を好転させてきたわけでなく、むしろ逆の面が強いのではないかということである。34p

 こうしてはじめてわれわれは、女性史という分野への偏見なき出発が可能になる。そして、そこでは、女の地位が「古代にあっては全面的拘束、中世では半自由、近代では自由」といった段階的公式に当てはまらず、より現実的でしかもよりダイナミックな女の生き方の流動・変遷の跡が発見されるにちがいない。38p

おそらく歴史的真実とは、暗黒でもバラ色でもないその中間に、しかも直線的ではなくいくたの曲折を描きながら存在そているのかもしれない。39p


そうした前提に立って女性にも均等な就業機会が与えられたとしても、けっしてそれで問題のすべてが解決されるわけではない。57p   <石垣りん?>

レヴィ・ストロースは、いわゆる未開社会一般について、次のように述べる。「・・・これらの社会とわれわれの現社会との本質的な違いは、それらの社会には、われわれの社会とは問題にならないほど、動物の生命とか植物の生命とか、生きとし生きるものの一切に対して極めて大きい敬虔の心があることです。」(「原始社会から学ぶもの」大白蓮華1974・7)60p


女性原理とエコロジー

・・・。しかし、女性問題のみが本質的であると主張するつもりはない。さし迫った人類の危機を前にして、その複雑にからまりあった状況とそれを支えている根元的な価値観を解読するために、女性問題の論理化が一つのキーワードとして役立つと信じるだけである。逆にえば、女性問題を読み解くことなしに、どうしてこの巨大で複雑な近代社会(=産業社会)の矛盾など解読しうるのだろうかというのが、私の問題提起である。 190p

つまり、日本の女性解放運動には、現在欧米で注目されているエコロジカル・フェミニズムの要素がはじめから内包されていたと言える。192p

むしろ、「人間的」に生きるためにみずからのセクシュアリティを排除あるいは抑圧せざるをえない状況に置かれたとすれば、それは意識されているか否かにかかわらず、個にとっての自由の制約と言わねばならない。つまり、人はその生をトータルに生きようとすれば、性的存在としての自己受容をその条件の一つとせざるをえない。そうであるならば、むしろそれをよりどころにして世界の意味を問い直す作業が必要であり、さらに差異があることがなにゆえに差別となるのかという基本的問い直しこそが必要なのではないだろうか。194p

<<ここまでの部分の立論は納得できるのだが、ここから「女性原理」とか「陰と陽」とか「天なる父と母なる大地」とか言われてしまうとついていけない。>>

「この宇宙的雌雄性を私は仮にジェンダーと名づけている。」???
「このような宇宙論から導き出される象徴レベルの性別がジェンダー」???

人間が人間であるゆえんは、自己省察による自己受容の上に立って、自分以外の存在(人だけではない)との関係性を作りあげてゆくことにある。しかし現代のわれわれは、合理主義を至上のものとして際限のない欲望を合理化し、また非合理的欲望や心の傷を生の暗闇に閉じこめる。しかも多かれ少なかれ誰もが競争原理にとりこまれながら生きている。そこでは、知は自己省察に役立つよりも暴力装置の合理化に貢献する一方、押しやられ閉じこめられた非合理的な情念が、有形無形の暴力となって心の安定をみだし、他者との関係をゆがめている。

 ・・・・。暴力とは、心の暗闇から沸き出て、無意識の迷路でさまざまに変形されながら身体に表出するエネルギーの一種だからである。

 したがって、われわれが回復しなければならないのは、自然界のエコロジーであるとともに精神のエコロジーである。そしてそれをつなぐものが、みずからの身体性であり感性なのである。それゆえ身体性にめざめるとは、男性にとっても女性にとっても、己れのうちなる女性原理との出会いにほかならない。204p
<<ここでも「女性原理」が出てくるまでは理解できるのだが、それが出てきた途端にわからなくなる。>>

==
<<女性原理については説明してあるんだけれども、うんざりして書き写す気にもなれない>>



旧来の政治運動ではない第三の波としてのフェミニズム 208-9p
<<これは最近もそんなことを言ってる若い人のグループがあったような>>

 ・・・第三の波とは、単に体制や男性に向かって性差別を告発するだけでなく、個人がその生き方を変えることでみずからを解放しつつ、社会変革へいたる新たな回路を実践的に探求する動きである。209p

 以下で私は、従来の近代主義的思考の枠組みの中でのみ女性解放をめざすことがなぜ・・・矛盾となるのかを、論証したい・・・。209p
<<上野は近代主義思考の枠組みに固執しているといえるのか>>

・・・・現代文明を特徴づける科学技術信仰と機能的合理主義・・・・。
 ・・・・・。
 ・・・・そうしたことがかつてのように、政治的・軍事的強権の発動によって行われるわけではないということである。辺地や「途上国」の人々に対して、都会並み、あるいは先進国並みの生活の近代化が理想の文化モデルとして与えられ、その実現の代償としてバラ色のオブラートに包まれた危険が受容されるという仕かけになっている。これが、むき出しの暴力をともなわない多国籍企業の経済侵略が、こんにち「構造的暴力」とよばれるゆえんである。
 ・・。

 この排他的・画一的かつ攻撃的な「文明化」の押しつけを、私は「文化の帝国主義」と名づけている。・・・・。・・・文化の帝国主義は人々の意識に内化され、もはやその存在さえも問われることはない。

 こうして、経済的搾取が文化的アイデンティティの収奪によって構造化されるのである。・・・、「産む性」をマイナスとする意識構造は、この文化の植民地化とまさに相似形をなしている。私が女性問題を、国内的な南北問題とするゆえんがここにある。

 したがって、この構造的暴力を解体するためには、目に見える社会的差別を外に向かって告発するだけでは足りない。みずからの意識に内化されている「文明化」の普遍性神話を、自己否定の意味をこめて問い返さねばならない。マハトマ・ガンジーが・・・・。218-9p


<<ここでも、ここまでは、とても気持ちのいい論理の展開なのだが、この先で「女性原理」の復権とか言われると、とたんにうんざりする。陰と陽とか、科学の知と臨床の知とか、とかいうのを男性原理、女性原理と呼ぶ必然性がどうしても理解できない。そして、どうして「母なる大地と父なる天」なんていうのを持ち出さなければならないのだろうか。>>

マルクーゼの分析の紹介(229-230p)

南北間の収奪の構造の背景についての分析

 すなわちその原因は、西欧の思想が一貫して尊重してきたロゴス=理性の観念が生の本能(=内なる自然)であるエロスを抑圧してきたことにあるとしている。つまり、本来、秩序づけして分類し支配するというロゴス=理性の観念が、技術的な合理性と結びつくことによって、「自然を支配する力」こそが文明と一致するという思考を産み出し、これが次第に個人の意識レベルにまで浸透してゆく過程を描き出している。

(この「近代の知」が転換を迫られている。)

 ・・・。もし女性が身体を疎外したデカルト主義を受け入れ、「独立した個」として「至高の自由意志」を生きようとすれば、みずからの「産む性」は「種への従属」として、また「雌の屈辱」として自覚されざるをえない。ボーヴォワールの悲劇は、まさにここにあったのである。

 しかしいま人間は、・・・、もはや「ロゴス的文明」=「近代の知」一辺倒の囚われからぬけ出して、感性や直感や身体の知の領域に組み込む「エロス的文明」=「感性の知」の働きをとりもどさなければならなくなった。そしてそれは、「環境や世界がわれわれに示すものを読み取る方向」であり、「環境や事物と私たちの間に、親しく緊密な関係を形づくる」ことなのである。

 私の定義で言えば、これこそがまさにエコロジカル・フェミニズムの志向性にほかならない。 (注33・青木やよい「女性性と身体のエコロジー」シリーズ・プラグを抜く3『フェミニズムの宇宙』新評論) なぜならここでは、コスモロジカルな意味における文化概念として「女性原理」の復権がめざされており、同時に環境と人間の関係をエコロジカルに問い直すという視点が重要な要素となっているからである。このような、いわば文明観の逆転なしには、真の女性解放にいたる人間解放はありえないというのが、この十年あまり、「フェミニズムの未来」として抱きつづけてきた私の展望である。231-2p

<<やっぱり、この女性原理がでてくるところ以外はまったく同感なのだが、・・・>>

付録
フェミニズム――平凡社『百科年鑑』1986年版より――

 85年に、第三次フェミニズム論争が始まったとして話題になった、雑誌『現代思想』誌上(一月号および四月号)での上野千鶴子・青木やよひ間の論争は、上記『フェミニズムの宇宙』が発火点になっている。両者の主張は『フェミニズムはどこへゆく―女性原理とエコロジー』(松香堂)にまとめられているが、これは単なる個人的対立ではなく、フェミニズムの潮流を分かつ二つの傾向を示すものといえよう。
 ・・・・。
 現在の真に重要な論点は、いわゆる先進国型の近代化をどう評価し、第三世界の人々とどのように連帯しながら、今後の女性解放運動をどの方向に展開するかにかかっている。

 上野論文を含めて、従来の近代主義的フェミニズムの主張は、フェミニズムそのものが近代市民社会の成立を前提として出現したとの見方に立ち、将来的にも近代化を徹底させることで男女の完全平等をかちとろうとするものである。この立場は、当然ながら「南」の国々を「おくれた社会」と位置づけ、将来的にはそうした国々にも先進国型の近代化を期待することになる。

 これに対して、近代化をもたらした現代の産業社会がかかえる諸問題こそが南北問題を増殖し、さらには人類の破局を招来しているとするのが、青木論文を含めて反産業社会フェミニズムの主張である。・・・。

===

<<こんな風に『年鑑』とかいうのに、少し客観的を装って、論争の片方の当事者が整理するのは少し違うんじゃないかと思う。もしかしたら、この年鑑に上野側の主張も掲載されていたのか。ちょっと、この上野の紹介はあらっぽすぎるように思うが、当時の上野はこんな感じだったのかと思えないわけでもない。当事者の近くにいる人や当時を知ってる人の感想を知りたい>>


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