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zoom RSS 本の紹介「制裁論を超えて」(新評論)+アルファ(一部修正)

<<   作成日時 : 2007/10/24 02:23   >>

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Arisanのノートから、先日書いた 「多文化共生」社会論批判 へのトラックバック(「多文化共生」考)をもらった。
これへのレスポンスを書こうと思ったのだが、この話に入る前にこの本全体を紹介しておきたい。
 んで、掲載誌(某NGOのニュースレター)には申し訳ないんだけれども、先日書いて送った本の紹介を以下に転載。まぁ、原稿料がもらえるわけじゃないし、このブログ、読んでる人は数十人しかいないから、許容してもらおう。

そして、転載の文書の後に、これを書き終わってから考えたことをつけたし。

(これはArisanのノートへのレスポンスではない。レスポンスを書く前に藤岡さんが展開している内容を紹介することになる予定。んで、それからレスポンスを書きたいと思っているんだけれどもいつになるやら)

====
 あの核実験から、まだ1年しか経っていないことに驚く。あの核実験直後の日本国内の非常に排外主義的な雰囲気を思い出す。序文で編者の中野さんは「あの空気を二度と吸いたくない、それが執筆者全員の願いである」と書く。そのような思いで編集された本書の執筆目的として、以下の5点が挙げられている。
1、制裁の論理を超えるオルタナティブの提示
2、北朝鮮バッシングによって助長される排外主義と「自民族中心主義(エスノセントリズム)」の批判
3、平和・人権を唱えるNGOや研究者の「2」に対する沈黙を問うこと
4、「北朝鮮問題」の政治利用を通じた日米両政府の国家戦略(核安保同盟の強化)の分析・批判
5、国家や国連の論理にからめとられず、北朝鮮の人びとへのまなざしを見失わないこと

この趣意文に沿ったとされる6つの論文(序文を含む)が掲載されている。

序文 国家の論理から離れて「北朝鮮問題」を考える 中野憲志
第1章 植民地主義の克服と「多文化共生」論 藤岡美恵子
第2章 未来に向けての過去―私にとっての北朝鮮核問題 LEE Heeja
第3章 北朝鮮との向き合い方―「内在的接近」をめぐって 宋勝哉
第4章 制裁ではなく、協力を 越田清和
第5章 安保を無みし、「平和」を紡ぐ 中野

この問題の専門家でも詳しくもない私が紹介するのは適任とは思えない。しかし、本書が一人でも多くの人に読まれることが必要だと思い、紹介を書かせてもらう。排外主義的な「制裁せよ」という声で満ちていた、たった1年前の日本の状況。それ以外の声は当時ほとんど聞こえなかった。その「制裁論」を超える解決のプロセスを提示するために必要な、いくつかの視点が提起されている。
 いくつかの論文に共通して過去から現在に連なる植民地主義とどう向き合うのかという視点が強調される。この基本的な視点が北朝鮮の問題を考えるときにもあまりにも忘れられているのではないかと思う。それは本橋哲也さんが『ポストコロニアリズム』の中でいう以下のような視点でもある。「もし植民地主義がもたらした人間と人間との出会いの失敗が、いまだに自己と他者とのあいだの壁となっているのなら、まずその歴史を知ることで、壁のありかを確かめよう。もし現代の世界において植民地主義からの脱却が未了であるのなら、その重荷を引きずりながら21世紀初頭に生きる私たち自身の課題を照らし、そこから先に進む道筋を探るためにポストコロニアリズムを生かし続けよう。(中略)<他者>に友として出会うために。」
 繰り返しになるが、本書には上記の視点が含まれ、北朝鮮への「制裁論」を超えるために考えなければならない視点が提示されている。また、今回は文字数の関係で紹介できなかった「多文化共生」社会論批判もとても興味深い。しかし、あえて物足りなさについても付記しておきたい。それは、ここで提示されている視点に立って具体的に国家としての「北朝鮮」とどう交渉することが可能なのか、また「人が人として大切になれなければならない」という意味における普遍的な意味での一人ひとりの人権を守るということと制裁論を超える「国家と国家の関係」にどう整合性をもたせるのかということ。書かれているのに読み込めていないだけかもしれないけれど。

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(下記の部分、「てにをは」の間違いなどを中心に2010年9月17日に一部修正)

これを書き終わって、思いついたこと
自分で書いていて、最後の方がわかりにくいなぁと思っていた。そして、分かりやすい例を思いついたのだが、もう原稿は送った後だった。

その分かりやすい例とは、
例えば、「ビルマへのODAの停止」というのは制裁的な措置だと言えるだろう。この措置をどう考えるかということだ。それは行われていない措置だが、求められている措置のようにも思える。
 北朝鮮へはもっと重い制裁措置がとられているので、比較しにくい面もあるのだが、程度の問題で「必要な制裁的措置」と「認められない制裁的措置」があるということだろうか。
 その対比で考えるとどうなるだろう?

 国家という怪しい枠組みがあり、現在のところそれを抜きにして国際政治は語れない現実はある。だって、「国際」だからね。
 で、ODAというのは、基本的にその国家に対する支援という形をとること。とりわけ日本のODAは。 具体的なカウンターパートがどこであれ、やはりそれは国家という枠組みの中で行われ、国家を支える仕組みとしてあるように思う。その政権を支えるODAを停止せよという要求が在外のビルマ民主化勢力から出されている。
 日朝の国交正常化交渉がなされれば、当然、ODAの話も出てくるだろう。ビルマの軍事政権へのODAに反対して、北朝鮮の軍事政権へのODAに、どういう態度表明ができるだろうか。ODAの中身で考えるべきなのか、問題はけっこう悩ましい。もっと悩ましいことに北朝鮮への戦後保障の問題も残っている。


 ただ、これはやったら面白いというか、是非実現して欲しい国家に対する制裁措置がある。
 臨界前核実験をやめないといういうような形で、米国は核兵器を廃絶にむけた方向に逆行している。それは制裁に値する行為だ。制裁的な措置として、日本国内のすべての米軍基地の撤去。そして、日本国が所有している米国債をすべて市場に売却するとかいうのは、どう??
 とても面白いことになりそうだと思うんだけどなぁ。



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