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zoom RSS 「発達障害かもしれない」読書メモ

<<   作成日時 : 2007/11/29 05:21   >>

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発達障害についてのお勉強シリーズ続き

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発達障害かもしれない
 見た目は普通の、ちょっと変わった子
(光文社新書) 磯部潮著 2005年4月初版
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以下、気になった部分の抜書き&ほんの少しの感想

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 長崎家裁は、犯人の少年の処分決定の理由で、「親の厳しい養育態度が少年のコミュニケーションのつたなさ、共感力の乏しさに拍車をかけた」と述べます。もし、アスベルガー症候群という診断が早期になされ、療育が適切になされていれば、このような悲劇も起こらなかったのではないかと考えずにはいられません。
 「高機能自閉症」「アスベルガー症候群」「軽度発達障害」といった言葉が一般に定着し、それがどういうものかについての理解が進めば、「親のしつけが悪い」「愛情が足りない」などという誤った認識が改められ、本人や家族が追い詰められるようなこともなくなるのではないでしょか。 13p
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これらの数字(自閉症患者数 引用者)の増加は、自閉症自体が増加したというよりも、DSMなどの診断基準の普及によって、精神科医の間に知識が浸透してきたため、ということも考えられます。ただ私は、そういう理由だけではこの急激な増加を説明できないと思っています。あくまでも私見ですが、環境ホルモンや食品添加物による影響も少なからずあるのではないでしょうか。もちろん確たる証拠は見つかっていないことを付け加えておきます。  55p
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「三つ組」の障害
ローナ・ウィング
1、社会性の障害
2、コミュニケーションの障害
3、想像力の障害
82p
(ニキさんは「モンダイな想像力」で、この「想像力の障害」という言い方の不充分性を述べている)
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社会性の障害
・・・高機能自閉症やアスベルガー症候群の人でなくとも、他の人との交流を避けたり、苦手だったりする人はいます。これを見分けるためには、親や養育者からの聞き取りが重要です。彼らには、なにかしらの兆候が幼少期から認められているからです。 84p
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高機能群とLD、ADHDの重複
LDやADHDを疑われて学校や近所の病院から私のクリニックを紹介されていくる子どものなかに、高機能自閉症、アスベルガー症候群が見逃されていたケース・・・。
 たしかに、LD,ADHDという診断は間違っていませんし、それに対応する治療が必要・・・・ですが、高機能群であればそのための治療=療育が不可欠であり、それがLD、ADHDにもよい影響を与えるのです。
 ・・・。
 私自身は、発達障害の定義にLD、ADHDを含めるべきではないと考えています。もちろん、自閉症スペクトラムに含めるわけに含めるわけにもいきません。・・・。児童精神科医の多くは同様の意見のようです。
 しかし一方で、少数ではあっても発達障害の中にLD、ADHDを含める考え方もあります。したがって、発達障害とLD、ADHDがどういうものであるかをきちんと把握しておく必要があるのです。 115p
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LDの定義はふたつ
DSM-Wの定義と文部省=NJCLDの定義
DSM-Wは「読み、書き、計算」
文部省=NJCLDはそれに加えて、「聞く、話す、推論する」
さらに広い定義もある。 118-120p
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一般的に使用される「知的障害」という言葉は、精神医学では「精神遅滞」と呼ばれています。 130p
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DSM-Wによる診断基準
・・・。
・・。単純に言えば、IQが70以下で全般的に精神的発達が遅れていれば「知的障害」、IQが70を超えていて、特定の学習に困難を来していれば「学習障害」・・。 131p
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 ・・・私は、社会性の欠如が存在する場合は、LDではなく自閉症スペクトラムに含むべきだと考えます。なぜなら、社会性の障害は自閉症スペクトラムに準ずる療育が効果的だからです。 134p
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 ・・、私の印象では、ADHDのほうが自閉症スペクトラムに比べて症状が激しい分だけ、診断されやすいように思います。ですから、ADHDの診断が付いているときには、自閉症スペクトラムの要素がないかどうかを慎重に検討すべきではないでしょうか。  135p
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・・・リタリンは、ナルコレプシーの他にうつ病でも保険が適用されます。・・・。しかし、一般的に、精神科医がうつ病の人に対してリタリンを投与することはまずありません。というのも、リタリンには重篤な依存性があり、投与後、リタリンの量が増えて、それなしでは生きていけなくなることがあるからです。・・・。
 おかしなことですが、保険行政では、ADHDのようにそれが必要な人には保健が適用されず、中毒になる可能性がある人に保険適用が認められているのです。 142-3p
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 高機能群であっても、自閉症スペクトラムの人は、そのほとんどが真の意味での友達をつくることができません。・・・、交流らしきものはあっても、そこに感情が伴うことはありません。すなわち、真の意味での友達にはなりえないのです。 209-210p
(引用者注:ここは怪しいと感じるが、根拠はない。)
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 たしかに彼らの多くに、私たちにはない能力があるので、彼らの障害をすべて受け止める覚悟があれば、一緒にいることで、その能力が比類なきものに高まる可能性があります。けれどもこれは、言うは易し行うは難しの典型かもしれません。 211p
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 ・・。働いてお金を得ることは、彼らに大きな自身を与えます。
 就労には自閉症スペクトラムのことを理解してくれる雇用主と、彼らを許容してくれる同僚が不可欠です。これまで述べてきたように、高機能群でも自閉症スペクトラムの人には強いこだわりがあり、変化を嫌うからです。つまり、しばしば指示が変わるような作業や複雑な工程を要する組み立てなどには、適さないでしょう。それに彼らは、大きな声で威嚇的に頭ごなしに指示を与える人に対しては、すぐに困惑してしまいます。また、過敏性のために騒音や明るすぎる証明も悪影響を与えます。
 さらに、一般的な人より 具体的に指示しなくてはいけません。「あとだいたい二、三時間で休みね」というあいまいな指示は混乱させます。具体的に「3時15分で作業を終わって、3時40分まで休憩」と指示しなければなりません。休憩についても「適当に休んでね」では彼らは困ってしまいます。「休憩室でコーヒーを10分間飲んでね」と言う必要があります。
 このように・・・雇用主や同僚は配慮しなくてはなりません。これらのことは彼らを雇用する上でのデメリットになるかもしれません。
 けれどもその一方で、いったん職場に適応さえすれば、労働に対しては誠実に、そして勤勉に勤めます。ときにはあまりにも正確で完璧な仕事をしようとするために作業性が悪く、非効率的なことさえありますが、ペースを崩さないので作業は捗るし、手を抜かずにていねいで厳密な仕事をします。 213p
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以上、抜書きしてきたように、この本は医療モデルの立場に徹した「発達障害」の解説だと思う。では、「発達障害」を社会モデルで見ていくとどのような像が浮かび上がるのか。
http://tu-ta.at.webry.info/200711/article_14.html
で紹介した「自閉症スペクトラム」という本の多くの論文は社会モデル的な見方ということができるだろう。
 社会モデル派のぼくは「発達障害」を見ていくことが、社会モデルという見方の的確性を示しているようにも思える。例えば、識字率が50%とか、それ以下の社会では読み書きに関するLDという規定は生じ得ないだろう。読み書きができない人が普通で、そのことは社会生活にほとんど影響を与えないと思われるからだ。しかし、識字率の向上と共に、読み書きができないことが問題とされるようになるだろう。また、社会の側にいろいろ問題を抱えた人を抱える余力が失われ、「何かができない」ということが問題にされる社会の中でこそ、「なんとか障害」というレッテルが必要になってくるのだろう。
 だが、ニキさんが「所属変更あるいは汚名返上としての中途診断」で書いているように、診断を受けて救われる人も少なくないようだ。それは医療モデルにもとづく診断の有効性という風に考えることもできるかもしれない。

 その二つを自分なりに整理してみる。「誰が障害者か」ということを決めているのは社会。「何かができない」ということを社会の側が問題にしたとき、障害者が生まれる。その「何かが出来ない」ことの原因を探すために医療モデルによる診断が用いられる。(もちろん、診断なんかされなくても明白なこともある。)発達傷害で言えば、意識的な生活を送る世代になったあとで、その医療モデルによる「診断名」がつき、「障害者」と認定されることで生き易くなることがあるという。
 以下のような例では、それを非障害者の立場から納得できることもある。
 例えば、仕事をうまくこなせない人が職場にいるとき、その人に「障害者」というラベルがあるかないかで同僚の対応も変わる。あることが出来ないことが「障害」が理由だと感じられたときと、そういう理由がない場合とでは、同僚の対応は変わる。その理由がある人には「合理的配慮」が必要とされる。しかし、「障害者」というラベルをもたない出来ない人はどうだろう。その人は「ただできない人」として扱われる。(あるいは、そのできないことが医療モデルによる「障害者」というラベルの問題とは無関係だと考えられる場合もある。)
 職場によっては「障害者」というラベルのある「何かができない人」には居場所があっても、ラベルのない「何かができない人」には居場所がないこともある。それは多くの場合、障害者雇用率との関係で、カウントされる障害者に限られる。医療モデルによる診断によって、発達障害と認定されても、そのことは雇用率にカウントされる障害者として認定されることとは直接的にはつながらない。
 障害者雇用率の大幅な上昇と発達障害者の障害者認定を同時に制度的に要求することは整合性のあることだ。一方で雇用率の大幅な上昇が考えにくい現実がある。例えば制度として、現状の雇用率のまま、あるいはほんの少しの雇用率の上昇と共に、発達障害の認定制度を作って、それを算定できるようにするという提案がなされるなら、障害者の中で利害が対立するような事態が生じることになる。
 雇用に対する支援の別の枠組みが必要だという要求も成立しえるだろう。

 そんなことを考えていたら、眠くなってきたので、とりあえず今日もここまで。





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内 容 ニックネーム/日時
わたしは、自閉者と非自閉者は、ことばどおりの意味で「本質的に」ことなっていると おもいます。自閉者の論理をそのままみるのが大事だと おもいます。「そのままみる」、そして「理解する」ということさえ可能であれば、医療モデルであれ、社会モデルであれ、どっちでもいいと おもいます。

『コミュニケーションという謎』という本があるのですが、これの菅原和孝(すがわら・かずよし)さんの論文「反響と反復」をおすすめします。ちなみにイギリスの『障害と社会』誌には、ADHDやアスペルガー症候群にかんする興味ぶかい論文がのっています。「ADHDのインクルージョン?」とか、読字障害者へのスティグマを論じたものとか。

診断がついて、はい それでおわりではなく、診断がつけられたあとに、なにをするかが重要なんだろうと おもっています。それはもちろん、社会をかえるということです。
ひつじ
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2007/11/29 16:20

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