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zoom RSS 藤岡さんの「多文化共生」社会論批判

<<   作成日時 : 2007/11/09 06:16   >>

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先日のブログ(「多文化共生」社会論批判) で、外側だけ紹介した「多文化共生」社会論批判。

再度、少しそこから引用
===
「多文化共生」論はニューカマーの対応としては評価できるが、とした上で以下のように書く。
===
(それが)植民地主義脱却の促進に役立つかどうかは疑問と言わざるを得ず、むしろその弊害となる可能性すらあるのではないかと危惧している。
===

というわけで、藤岡さんも、この「多文化共生」論がニューカマーの対応としては評価できるとしているところは強調しておく。

上記の日記にトラックバックをくれたArisanはここをトラックバックしてくれた文章
「多文化共生」考
http://d.hatena.ne.jp/Arisan/20071022/p1
の中でわかりやすく説明してくれている。(ぜひ、読んでみてください。)

そして、結語部分で
===
批判するべきなのは、(おそらく)この言葉の支配者による用法だろう。

そして、上の紹介されている本も、もちろんそうした観点から論じられているものと思う。
===

この論文で藤岡さんが批判しているのは、この言葉の支配者による用法なのだが、「多文化共生」を掲げるNGOやNGO寄りの研究者などもまた、この支配者の用法に従ってることを批判する。



以下、藤岡さんの「多文化共生」社会論批判の中身を紹介する。(まとめると自分の頭にも入るし)


藤岡さんは、まず
<「多文化共生」社会をめざす政策>
という節で「多文化共生」のための政策とその前史について触れる。そして、現状の経済界や政府の考え方を発表されている文書をもとに紹介した上で、以下のように結論付ける。
===
以上からわかるように、日本の大多数の自治体や経済界、政府によって進められる「多文化共生」社会論は、外国人労働者の受け入れをどうするか、あるいは外国人移住者の定住化にともなって発生する問題をいかに解決し日本社会の安定化と活力維持につなげつか、という問題意識を基本にするものと言ってよく、植民地支配に起因する諸問題の解決を課題の中に位置付けるものではない。64-65p
===


そして、移住者問題の研究者や非政府組織(NGO)のメンバーで作成した「多文化共生基本法の提言」でも、北朝鮮バッシングに見られるような排外主義の問題をその対象に含めていないと書き、その上で、
===
なぜこのように奇妙な「多文化共生」論が生まれるのか? 65p
==
と問う。
それを理解するにはこの「論」が立脚する「多文化主義」という概念と、それに基づく政策の問題点を把握する必要がある、として、次の

<多文化主義とその陥穽>
という節に入っていく。
ここではまず、多文化主義の肯定的な理念や政策を概観し、さらに「日本社会のようなマイノリティ集団への同化ないし、排除の圧力が強い社会では、この多文化主義の実現がとりわけ必要だとされている」と書く。「しかし、このスローガンを現実化しようとした途端にその理念を裏切る矛盾が浮き彫りにされる」として、以下の3点の取り上げる。

1、多文化主義は「多文化共生」社会を築くという目標のために、「国」の成立に関わる侵略や、過去の重大な不正義を不問にする。

(多文化主義をうたうカナダもオーストラリアも欧州からの侵略者によって作られた国家だが、その侵略者が何の権利をもって、その地にいまも留まり続けるのかという根本的な問いがある。アイヌや琉球の問題も同様。さらに多文化主義では国家の統一を破壊しないことが前提なので、先住民族の自決権の行使を極力抑え、その最高形態としての「独立」は認められない。つまり、多文化主義とは、国民国家の枠組みを揺るがしかねないそうした動きに直面した国家が、新たな「国民統合」の原理としてつくりあげたものであり、それは植民地支配に起因する差別の撤廃を促進させた一方で、先住民族やマイノリティからの要求を国家が制御するための装置として働いてきた)

2、多文化主義は、その名前にあるように、「民族」や「人種」ではなく、「文化」に焦点をあてるために、集団間の構造的不平等や、民族・人種差別を覆い隠す役割を果たす場合がある。

(日本では在日朝鮮人の人権擁護運動で「民族差別の撤廃」という用語が使われてきたが、これに代わって「多文化共生」という語が使われることで、未来の社会像を示す積極的な意味は付与されるが、現実の差別や植民地主義の問題が曖昧にされる可能性が高い。)

3点目として、多文化主義はその理念に反して、同化主義に陥る危険が高いと書いているのだが、1点目の枠の中でその危険が高いということなら理解できるが、これはを3点目として独立させている根拠はよくわからない。

ともあれ、上記の3点は資本主義下における多文化主義の構造的限界であるとされる。

次の節は
<脱植民地主義化に向けた「多文化共生」論のために>

という、藤岡さんの「多文化共生」論の結語ともいえる部分。その冒頭で以下のように書く。
==
政府や自治体の「多文化共生」は植民地主義に触れない現状で、多文化共生をめざすNGOや研究者が「もっとも力を注ぐべき課題」は、「多文化共生」論の脱植民地主義化。 70p
==
そして、NGOもその必要性を強調する「人権の保障」は必ずしも「脱植民地主義化」にはつながらず、「人権の保障」を柱とした多文化主義の目標と植民地主義的な思考・態度は十分に共存しえるとして、その例として、移住運動の中では比較的評価されている坂中さん(元東京入国管理局長)の論をとりあげる。彼は、在日朝鮮人に関して、民族名を保持したまま日本国籍を取得し、日本国民としての権利を享受しながら「コリア系日本人」として自らのアイデンティティの保持・発展をめざすべきだという持論を持っているらしい。(ぼくはそれがオプションのひとつという位置であり続けることができるなら、そんなに悪いことではないと思う。)藤岡さんは彼のブログでの意見なども引用しながら、正しく坂中さんの意見を否定する。そして、この「日本国籍取得」論がエスノセントリズムを集約的に表現しているという。

ここでやっと藤岡さんの「その理念を実現化しようとした途端に理念を裏切る矛盾を浮き彫りにする3点」の3点目が理解できる。つまり、多文化主義は、国民化(同化)を強制しながら同時に多文化主義を主張することが可能なわけだ。

 そして彼女は以下のように書く。
===
 こうした植民地主義的な「多文化共生」社会論が展開されているいま、私たちがもっとも警戒すべきは、人権の保障を求める主張が同化に収斂されることで、植民地主義からの脱却が阻害されてしまうことである。(中略)。…、真の「多文化共生」社会を実現するためには、マイノリティへの差別を許してきた(いる)歴史性とメカニズム(植民地主義のそれを含む)を日本社会の中にはっきりと浮かび上がらせていくことが最優先の課題となる。  73-74p
===
 じゃあ、そのためにどうするかとして、外国人参政権の付与の例をあげ、権利資格を国民ではなく住民に移行することを挙げる。しかし、同時に国籍と市民権を分離して人権を保障するだけでは不十分だとして、例えば先住民族については「自決権」の必要を説く。

==
…「多文化共生」社会の構想においてもっとも重要な課題の一つは、「多文化共生」社会論の提唱者たちがほとんど顧みることのなかったこの問い、すなわち自決権の保障を「多文化共生」社会論にどのように組み込むのかという問いなのである。75p
==

 ここまで読んで、じゃあ先住じゃない移住者はどうなのかと考える。藤岡さんは以下のように書く

==
 いま必要なのは、政策や法制度、言説の中にある私たちの植民地主義を一つひとつ具体的に解体していくための運動ではないだろうか。75p
==
として、在日朝鮮人の障害者の無年金や民族学校の存続のための運動を紹介する。

ここまで、読んで気付いたことがある。

多文化主義はいろいろなことを包含するが、現在、ニューカマーの人たちについて語られがちだ。しかし、日本国の領土の中の先住民についてはその独自の課題と論理があり、それは在日朝鮮人にあり、それぞれの障害種別の中にもある(とりわけ「ろう」に明確に)。


この論文の一番最後のほうで藤岡さんは
==
…、私たちの「多文化共生」社会構想に必要なのは、行政や企業に受け入れられやすいマジョリティの論理に基づくビジョンではなく、植民地主義の克服という課題を明確に打ち出していくためのビジョンである。76p
==
と書き、最後に以下のように結ぶ。
==
 今日の「北朝鮮問題」とは、日本人が主体的に克服しようと努力することなく、放置し、忘却してきた植民地主義と民族差別が集約的に現れる「場」である。植民地主義への視点を欠いた「多文化共生」論では「北朝鮮問題」は解けない。北朝鮮の人びとや在日朝鮮人が差別されても仕方がないという考えにきっぱりと「ノー」と言う「多文化共生」論をはっきりと打ち出していくこと、それが現在に生きる日本人の責任である。北朝鮮バッシングから目を背けていては、その責任を果たせない。77p
==


ま、(ぼくには)いろいろ考えさせられるところの多い論文であることは間違いない。それに全面的に与するかどうかはまた別の話だが。

そういえば、女性に対する先住民の「伝統」を肯定的に語り、『共同体からの自由』を否定的な文脈で語るとか、( http://tu-ta.at.webry.info/200608/article_4.html で紹介)
藤岡さんの文章にはそういうのが多いなぁ。







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