今日、考えたこと

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zoom RSS 正義よりも非暴力

<<   作成日時 : 2007/12/28 18:07   >>

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片山佳代子さん(とても素敵な人です)のHP「ガンジー思想と私」

に集録されている「サティシュ・クマール氏来日の報告」を読み返した。

前にも読んでいたのだが、現在直面しているいろいろなこととの関係で、琴線に触れるものがあったので、メモしておく。、


==片山さんの報告から引用==
正義よりも非暴力
 「正しいことは複数ある。それぞれの主張のどれもが正しいということもある。だから、正義を振りかざすのではなく、非暴力の態度で、語ること、耳を傾けることが重要だ」とサティシュさんは教えてくださいました。そして、非暴力は、戦略ではなく、「生き方」であるとも。
 もし、私たちの心に怒りがあるなら、その怒りが、言葉に態度に出てしまいます。だから、何かを主張する前にやっておかなければいけないのは、怒りを克服することなのです。非暴力の態度で、話ができるようになるまで待つ必要があります。そして、そのような訓練として、有効なのが、手仕事であったりするのです。だからこそ、非暴力は「生き方」なのですね。
==引用ここまで==

 いつもの話なのだけれども、ぼくはこの間、また、いくつかの失敗をした。ぼくの思い違いや怠慢で、何人かの人を怒らせてしまった。言葉の上での、ちょっと激しいやりとりもあった。多くの非はぼくにある。にもかかわらず、まだ自分の非に十分に気が付いていない段階での、その激しいやり取りに、ぼくはちょっといやになった。
 そんなぼくが「正義よりも非暴力」を求めるのは、ちょっとインチキかなっていう思いがないことはない。

 事情を知らない人が、これを読んでもなんのことだか、わからないとは思うものの、とにかく、この片山さんの「正義よりも非暴力」というサティシュの思想の紹介に心が動いたのだった。

 ぼくが記憶している限りでは、サティシュは「怒りにとらわれるときはあるんだけど、どうなんでしょう」という質問に「そういうときは怒っている自分に自覚的になるように」「自分が怒っているということを認識するように」というようなことを教えてくれた。

 複数の正義があると思われるとき、暴力的に主張する人と非暴力的に主張する人が矛盾する主張をぶつけあうとき、非暴力の主張は消されがちなのではないか。でも非暴力を選びたいと思うが、そんな風にふるまえるかどうかはわからない。とりわけ、自分以上に大切な人の何かがそこで犯されそうになっていたりしたら。

 ともあれ、「そんな風にできる自分になりたいと思った」というようなことを書きたかったんだけれども、このタイミングで、もしかしたら、ぼくに怒っている人が読むかもしれないブログでこんなことを書くぼくは、やっぱり、けっこう卑怯なのかもしれない。




 で、どうでもいいような話なんだけれども、東京新聞に連載されている4コマの「ちびまるこ」に、ときどき卑怯な男の子が出てくる。その子は自分の卑怯を自覚している。なかなか印象に残るキャラクターだ。











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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
君はしばしば、とても高飛車で断定的で一方的な物言いをする人です。それが売りなんじゃないかと思うくらいに。(もちろん僕もそうだけど)でも君と僕ではそうなる場面がまったく違います。
僕が譲らない時は自分の知識に確信があり、相手の努力不足を軽蔑しているときかもしれません。
君が高飛車に物を言い始め、譲らない姿勢を見せ始める動機は何でしょう。僕からはよくわかりません。
ただ、僕らの職場では、君のように臆せず思ったとおりを言い、その代わりに言ったことには責任を持つ存在が必要であることは確かです。それはそれできつい仕事だから。

しげの
2008/01/10 22:39
「とても高飛車で断定的で一方的な物言いをする人」
あらら、こんなとこで、・・・。やっぱ、そう見えてるんだね。ぼくなんか、いつも譲ってばっかりだと自分では思ってたりするんですが(笑)。

「僕が譲らない時は自分の知識に確信があり、相手の努力不足を軽蔑しているときかもしれません」
そういうときでも、一歩引いた方が主張が通りやすいこともあるよね。

「君が高飛車に物を言い始め、譲らない姿勢を見せ始める動機は何でしょう」
あら、また・・・。たぶん、そんな風に言うときは、なんとなくここは譲りたくない、譲れないという単に動物的な感覚。あまり計算はないと思うんだけど。

tu-ta
2008/01/11 05:14

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