今日、考えたこと

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zoom RSS お正月のあいさつ

<<   作成日時 : 2008/01/02 16:26   >>

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年の初めに

これを読んでくれているみなさん、あけまして・・・(「おめでとうございます」ってなかなか素直に書けないのは、まだまだガキだから?? 今年50歳にリーチがかかります。)
去年もいろんな人にいろいろにお世話になりました。
今年もよろしくお願いします。


年賀状に書いたことをもう少していねいに書いて(そう、最近はもらった人には年賀状を書いてるんですっていうか書かされてるという感じ?(笑))、ともあれ、ここにも記録しておこうと考えたのですが、データは連れのPCに入れたまま帰省してしまいました。

出だしだけは、覚えていたので書き始めたのですが、やたら長くなって、かなり違う内容になってしまいました。

とにかく、年賀状に書きたかったのはこんなことです。


===
「新しい時代は始まっている」
これは辻信一さんは最近出した本の書き出しです。
参照URL

彼が始まっているという新しい時代に対照させるのは「これまでの時代の古い物語」であり、その「終わってしまった古い物語」は「自由競争とか経済成長とか科学技術の進歩とかの御旗の下に」あると書きます。

そんな古い物語にはとっと退場してほしいものです。そして、新しい時代の始まり、そうあって欲しいなぁと思います。始まった新しい年に、ぼくも「そうだ、新しい時代は始まっている。」って素直に言えたらいいと思うのです。

辻さんがいうところの古い時代をいま表現しているのは、現代社会の支配的な様式、つまり新自由主義経済グローバリゼーション、辻さんはそんなものはすでに終わっているしまっているのに、「その終わりを認められずに、お喋りを止めようとしない」と書くのですが、それは自然に終わるわけではありません。それを終わらせるためのさまざまな取り組みがあり、終わらせまいとする抵抗もあり、世界中のさまざまな場所で具体的なせめぎあいが行われます。また、世界中で古い物語と古い物語が覇権を争っていいます。そこでは新しい時代を見つけることが困難な場合も少なくありません。そして、冷静に全体を見ると、まだまだ古い物語のかなりの優勢は否定できません。

しかし、辻さんはこの新しい本で、最初に紹介した書き出しに、こんな風に続けます。
===
世界のあちこちで、新しい社会が芽生え、それを支える新しい文化が生まれている。その担い手が、カルチャークリエイティブ――文化を創る人々――だ。
===
この本はそういう人の紹介とインタビューから出来ています。そこに確かに希望を見出すことはできるのですが、ひとつひとつは主流の古い物語と比べると、小さな小さな動きです。それを見て、「新しい時代が始まっている」と言い切ることはぼくにはできないのですが、確かに何かが動き始めていると感じます。

現在の支配的な様式に対抗するさまざまな動きが始まっています。そしてそれはわたしたちの希望です。ただ、残念なことに「古い物語」はなんとか表面をとりつくろって、生き残ろうとしています。

それは「環境」をテーマにする「先進国首脳によるサミット」だったり、NGOも取り込もうとするダボス会議だったりします。

地球をこんな状態にした主犯たちが、何も反省しないまま、そこで声高に環境や貧困を語り、マスコミはそれを持ち上げます。そんなグロテスクな話をグロテスクだと気づかせないようにお金持ちの所有するマスメディアは大々的に持ち上げ、繰り返し報道するので、多くの人がそれを信じ込まされていくという構図があります。そこへの「否!」をいろんなところから出していく必要があるのだと思います。G8に対して、まず言うべきことは、「君たちが世界のことを決めるな」ということであり、「戦争や武器輸出、いのちよりも競争を優先するような政策をもうやめろ」ということだと思います。

さっきから引き合いに出して、使わせてもらっている辻さんの本にカルチャー・ジャムの運動を推進しているカレ・ラースンの話がでてきます。彼は「カルチャー・ジャムをどう説明したらいいでしょう」という辻さんの質問にこんな風に答えます。

===
カルチャー・ジャムの運動に参加する人をカルチャー・ジャマーと言うんだけど、それは環境の観点からも、政治的な意味でも社会心理学的な意味でも、世界は今崖っぷちに立っていると考え、そのために何かをしなければならないと思っている人たちのことです。じゃあ、どうしたらいいのか。我々の答えは「文化をジャムする」ことなんです。つまり、文化に変化球を投げ込む。遊び心を発揮して、巨大企業のつくる消費文化の中の薄っぺらな「カッコよさ」を引っぺがして、その醜さ、ダサさを暴いてやる。消費文化の「クール」を「アンクールする」、つまりひっくり返すわけです。
===

また、「世界中で・・・GAPやナイキやスタバの『クール』が人々の心を捉えてしまっている」という辻さんに

「そうした消費文化の『クール』に何とか抵抗したいという人たちのためのテクニックを提供する。それがカルチャー・ジャム運動。」
==
だとして、「無買日」や「テレビを消す週間」や「自主停電」を紹介し、
===
大企業を「アンクールする」やり方はいくらでもある。
愉しくカッコ良くいたずらをするんです。
==
と答えます。そこに辻さんは反応して、「その愉しく、格好良く、が肝心ですね。」といいます。
確かにクールにアンクールできたら気持ちいいと思うけど、そこにこだわり過ぎるのもどうかと思うわけです。まあ、少なくともやってる方が「愉しい」っていうのは手放したくないわけですが。

そして、100万人のキャンドルナイトもこの「自主停電」に触発されて始まったという辻さんへのラースンの答えがぼくは大好きです。こんな風に答えています。
===
ラースン それは感激です。でも私たちは、キャンペーンに企業や役所が関わってきたら、もう興味はないんです。「怒れる集団」ですからね、私たちは(笑)。私たちの雑誌は批判ばかりで、肯定的なエネルギーが少ない、と言われるんです。でも、ニューススタンドを見てください。そこには何百もの雑誌が並んでいて、どれも笑顔がいっぱいで、どれもポジティブに、見栄がいいように見せている。それにまた私たちが肯定的なものをつけ加える必要がありますか。消費文化というのはいつも表に一番見栄のよいものを置くもんです。あたかもすべてが順調にいっているように思わせる仕掛けです。だからこそ、このシステムはもう完全にぶち壊れているよ、と言う人が必要なんです。(略)。
 その意味では日本の「スローライフ」はあまりにもソフトなんだろうな(笑)。(以下略)
===

あら、ちょっと寄り道が長くなっちゃいました。

で、こんな状況でも、やっぱり本当の希望を語りたいというようなことを年賀状には書いたように思います。「希望を語る」ということで思い出すのは2003年の花崎さんとのやりとり。

希望について(花崎さんのブックレットに関連して)

言いたいことはだいたいここで言い尽くしてるように思います。興味のある人には読んでもらえればいいのですが、抜粋し、少し書き直しながら再び引用させてもらいます。

=====
花崎皋平(「どこへ行く」自由学校「遊」ブックレット8 2003年5月コモンズ)は以下のように書く。
==
 2001年秋からの報道は、爆撃、自爆攻撃、飢餓、流浪、死でいろどられています。世界に希望の光は見えません。気休めに過ぎない希望など語らず、現実をごまかさないで見つめるべきだと思っています。・・・・
==

それに対して、ぼくはPP研のMLで以下のように書いた。

==
 確かに、現実をごまかさずに見るべきだろう。しかし、気休めに過ぎないかもしれない希望も語りたい。
「もうひとつの世界は可能だ」というスローガンがある。これも現状ではかなり「気休めにしか過ぎない」部分はある。その実現の根拠などぼくに語ることはできない。ただ、ずーっと遠くのほうにある今にも消えそうな希望の光を心にとどめて、もしかしたらそれは気休めにしかならなくても、その希望を語りつづけたいと思うのだ。
 そんな思いで、以前、この文章の冒頭への違和感を書いた。その違和感がかなり的外れなものだったかも知れないと、いま、やっと気づき始めている。
 花崎さんがこのパンフレットで紹介しているのは、希望につながる小さな取り組みの数々。
(中略)
 そういう一つひとつがぼくの消えそうな希望をつなぎとめてくれる。そう、ぼくが語ると「気休めに過ぎない」希望も花崎さんのちょっと地味な筆で書かれると、ぼくの気休めに過ぎないものから、一歩外に出ることができるようだ。花崎さんが冒頭で書いているように確かに状況は絶望的だけれども、それでもこのパンフレットには小さな希望がつまっている。それは「気休めに過ぎないもの」から少しだけかもしれないけれども実現に向けて踏み出しはじめているようなのだ。花崎さんがここで紹介しているいくつかの取り組みは小さいものだし、ぼくが関わっているいくつかの取り組みも、もしかしたら気休めに過ぎないかもしれないと思えるようなものだ。そして、「そんな小さな取り組みをいくら紡ぎ合わせても世の中なんて変わらない」という声はいつも聞こえている。確かにそうかもしれない。だけど、ぼくに出来ること、ぼくがしたいことは、そんな小さなことの数々。もしかして、運よくそれを紡ぎ合わせることが出来れば、それは素敵だと思うし、いつかそうならないかなと、それこそ気休めの夢を見るけれども、そういう夢でもないと、日々をすごしていけないよね。

 で、わけがわかんなくなりつつあるのだけれども、ここで書きたかったのは、花崎さんはここで、現実をごまかさずに見つめることと同時に、やはり、こうあって欲しいというものを語っているということ。だからこそ、このパンフレットも読みたくなるわけだ。そして、それは花崎さんにとっては気休めに過ぎないものではなく、彼の真摯な思索から生まれたもの。ここから、いろんな方向に思索を深めていくことができるだろうという種のつまった素敵なパンフレットだと思いました。
(以下略)
===
それへの花崎さんからのレスポンス
==
Subject: [ppml 1813] Re: 花崎さんのブックレット雑感
Date:Wed, 11 Jun 2003 10:11:47 +0900

tu-taさん、私のブックレットを読んで下さってありがとうございます。そして暖かいコメントをいただきよろこんでいます。私は、戦後、社会主義へ希望を託してきました。そのことが現実認識を甘くした点を反省しています。しかし、あのころの方がいまより希望に根拠があったように思えます。おっしゃるとおり今は、根拠を示すことができないまま、希望を語らなければならない状況であるように思います。しかし、生き物としての人間の反発力、そして蓄積された文化の記憶が持つ潜勢力は、計算を越えたところがあるように思えます。ニセの希望をしりぞけつつ、希望を失わないという在り方を模索しようと思います。
(以下略)
==


新しい年の始まりに、この花崎さんの言葉をみなさんに送ります。




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2008/01/04 11:46
『<希望>の抑圧』に関連して
「政治的空間における理由と情念」(齋藤純一)から考えたこと http://tu-ta.at.webry.info/201008/article_13.html にtoshiさんからコメントをもらった。 === ぼくのブログに「<希望>の抑圧」っていうのを書きました。tu-taさんのこの文章と若干関連するかもしれません。斉藤さんの議論を念頭に置いていないし、扱われている思想ともあまり関係ないです。あえていえば、社会運動は、理念や理論と利害と絶望とか悲嘆といったネガティブな情念の海に... ...続きを見る
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