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zoom RSS <帝国> 読書メモ 2 (<帝国>の構成)

<<   作成日時 : 2008/02/15 03:51   >>

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メモに入る前に
<帝国>の英語版をダウンロードできるサイトは
http://www.angelfire.com/cantina/negri/
(圧縮していないpure text しか使っていないので、PDFがどんなものかは見ていない。)

以下、読書メモ



「1-1 世界秩序」の前半の読書メモというより「<帝国>の構成」 という部分だけのメモ

===
1-1 世界秩序

国連を例にとって、歴史的な流れを説明するあたりは省略

<帝国>の構成 22-28p

世界システム論の立場に立てば、資本主義はもともとグローバル志向。ネグリ・ハートはそのことを認めながらも、そこに目をとらわれて、「現代の資本主義的生産と権力のグローバルな諸関係における断絶ないしは転換に目を閉ざすことにつながってはならない」と書く。
この転換こそが、資本主義のプロジェクトを明確にし、可能にするものだ、と書いた上で以下のようにつなげる。
==
法的構成化の見地からいえば、グローバリゼーションのプロセスはもはやたんなる事実であるにはとどまらず、政治的権力に関する単一の超国家的な形象を投射しようとする法的定義の源泉であるのだ。
==

もう、まるで日本語とは思えないくらいに理解を拒否するような文字列がならんでいる。 「法的定義」っていったいなんなのか?

早速さっきのサイトで拾った英語で見てみる。
==
In constitutional terms, the processes of globalization are no longer merely a fact but also a source of juridical definitions that tends to project a single supranational figure of political power.
==
なんか英語の方がわかりやすそうな感じだ。
(supranationalは[形]超国家的な)


このように世界システム論者にこのように警告した上で、現在の趨勢は新たな局面というよりも単なる帝国主義形態の完成ではないか、という論者に対して次のように書く。

つまり、その連続性を過小評価はしないが、帝国主義的列強の争いというよりも、単一の権力という理念に取って代わられてきているというのだ。<帝国>という「単一の権力がすべての列強を重層的に決定し、統一的な仕方でそれらを構造化する」 そして、「決定的な意味でポスト植民地主義かつポスト帝国主義的なものである法権利に関する【ひとつの共通概念】のもとでそれらを取り扱うのである。」
そして、これこそが<帝国>に関するネグリ・ハートの研究の出発点だという。
この【ひとつの共通概念】というのが、何なのかここには明示されていないように読める。

まあ、よくわかんないのだが、「<帝国>とは法権利の新たな概念ではなく、権威の新たな刻印のことである」とする。そして、「と同時に規範の産出のための新たな企てであり、契約を保障し紛争を解決することの可能な強制権からなる法的機関の産出のための新たな企てのことなのである。」と書く。

ここでの法的機関って、そのままWTOがめざしてたことだ。しかし、そのWTOはつぶれつつあり、代わってFTAが台頭している。帝国の目論みは完成する前に早くもマルチチュードが壊し始めたということだろうか?WTOにもう少し確立してもらわないと<帝国>的にはつじつまがあわなくなるかも(笑)。

このあとで、ネグリ・ハートは、なぜ「<帝国>の構成にまつわる法的形象」に特別に注意を払うことから研究を開始するのか、という言い訳を書く。(そもそも「<帝国>の構成にまつわる法的形象」ってなんだ? 英文を見ると、the juridical figures of the constitution of Empire
ここでも英文の方が単純な感じだ。何か翻訳者がわざと難しくしてるんじゃないかという感じがしてきた。頭が中途半端に良すぎる人の翻訳っていう感じだなぁ。)

つまり、ネグリ・ハートは、「ぼくたちは法権利とかが世界を動かすと思ってるから、ここから書き始めたわけじゃなくて、それらの【形象そのもの】が「<帝国>の構成プロセスの格好の指標を提供してるからなんだよ」というわけだ。

そして、この言い訳はけっこう延々と続く。(少なくともそんなふうにぼくには読める。)

で、そのあたりのことはよくわからないから飛ばすが、そのあとで、こんな風に書いているところが興味深い。
==
<帝国>――とりわけ<帝国>の法権利に関するローマ的な伝統――は、倫理的なものと法的なものの一致と普遍性を極限にまで推し進めるのだ。すなわち、<帝国>には平和が存在し、<帝国>ではすべての人びとに対して正義が保障される、というように。<帝国>の概念は、社会の平和を維持しその倫理的真実を生み出す単一の権力として、比喩的にいえば、ただ一人の指揮者が指揮するグローバルなコンサートのようなものとして提示されるのである。しかし、これらの目的を達成するために、こうした唯一の権力に対して、その境界においては野蛮人に対抗し、その内部においては反逆者に抗すべく、必要とあれば「正戦(正義の戦争)」を指揮することのできる不可欠の軍事力が授けられるのだ。
==

ここで語られる「正義」や「平和」というのを言葉通りに受け取るべきではないのだろう。それは「野蛮人」とか「反逆者」と呼ばれるものには、殺戮のために使われるレトリックだ。

この後、この「正戦」"just wars"が俎上に上がる。
近代の政治思想と国民国家からなる国際的共同体が拒否してきたこの「正戦」の思想が湾岸戦争(第一次)から復活してきたとネグリ・ハートは書くわけだ。これは9条の思想の必要性を説く運動の理念とも密接に関係してくる部分となる。

28pの「<帝国>的権威モデル」までの読書メモここまで
先はまだまだ長い。


==




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