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zoom RSS <帝国> 読書メモ 3 (<帝国>的権威のモデル)

<<   作成日時 : 2008/02/17 04:25   >>

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遅々として進まない<帝国>読書。
進まないのはぼくの能力の問題もありつつも、理解を拒否するような日本語訳にもあるんじゃないかと責任を転嫁しつつある。ひとつだけはっきりしたことがある。読書会でもなければ、絶対、読み続けることを投げ出していただろうということ。


さて、今日も1節だけの読書メモだ。


<帝国>的権威のモデル

ここで<帝国>という新しいパラダイムは以下のように説明されている。(日本語の本と英文のハイブリッド)
===
システムであると同時にヒエラルキーであり、
中央集権的なかたちでの規範の構築であるとともに、
世界の隅まで届くようなレジティマシーの生産である。
===
なんだかなぁ。
とりあえず、この言葉から考えてみる。現状でこのようなものがあるとしたら、それは「新自由主義」とかいう価値観になるのだろうか。しかし、この「新自由主義」ももう持たなくなってきているようにも思える。<帝国>は次に「新自由主義」に変わる価値観をもち得るのだろうか。


まったくわからない言葉
==
一種の知的速記法を用いて
==
英文を見ると、
in a kind of intellectual shorthand
となっている。
あまりにも意味がわからないので、これ、訳語が間違ってるんじゃないかとさえ思ってしまう。


「政府なきガヴァナンス」
この言葉は<帝国>の概念を説明するために有効だと思うのだが、ネグリ・ハートはあまり積極的にこの言葉を使用するつもりはなさそうだ。

ここでの説明を読んでいて、まずG8サミットを想像する。そこを思考の出発点としてみる。それは<帝国>を象徴するようなひとつの支配システムだと思うのだが、G8サミット自体は何のレジティマシーも持っておらず、また現状の先進国中心の参加国構造の中でさえ、小さくないと思える亀裂をかかえている。そう、G8サミット自体は国民国家を前提として成立するものだから、それを<帝国>と類推するのは間違いかもしれない。しかし、だとしたら、<帝国>とは何か。<帝国>を構成するアクターたちは相互にどのように連関しているのか。それは本当に存在しているのか。あるいは<帝国>というパラダイムは本当に存在していないとしても、その分析理論に有効性はあるのか。あるとしたら、それはどのように有効なのか。ますます混迷は深まる。
とりあえず、もう少し読み進めることにしよう。



読書メモで飛ばした国連の部分で出てきて、ここでも再び出てくるケルゼン。ここではこんな風に紹介されている。
「<帝国>の法権利の精髄をユートピア的なやりたかで――それゆえ無意識かつ矛盾したやり方で――突き止めた、あの発見者を!」
とりあえず簡単に調べようとしたのだが、あまりよくわからない。こんなことを言った人らしい。
Introduction to HANS KELSEN
から引用

===
わたくしは「正義とは何か?」という問題から、この論文を書き始めた。今やこの論文の終わりにきて、わたくしは十分に以下のことを意識している。即ち、この問題を答えることができないということである。そしてわたくしの出した決断は、この点では、良い杜会に存在している、ということである。わたくしの読者に、偉大な思想家たちの(正義論について)誤ったであろうという点を信ずるように、わたくしが押し付けることは、思い上がり以上の何物でもない。実際、わたくしは、正義や絶対的正義とかが何であり、人類の長年の夢であった(正義概念の構築が)何であるかを知らないし、語ることもできないのである。わたくしは、相対的正義概念で満足せねぱならないし、わたくし自身にとって正義であるところのもののみについて語ることができるのである。学問がわたくしの職であり、それは、そういう点でわたくしの生涯において最も重要なものであるから、各々の正義や、またその保護の下で学問は、また学問によって真実や誠実さなどは進捗し得る(と考える)。最も重要なことは、自由という正義、友好という正義、民主主義の正義、寛容(Toleranz)の正義である。
(Hans Kelsen, Was ist Grechtigkeit? 〔Reclam〕S.52)
===


さて、<帝国>に戻ろう。

==
<帝国>はそれ自身の意志にもとづいて生まれるのではない。そうではなく、むしろ<帝国>は、それが発揮する紛争解決能力によって呼び出され、〔法的に〕構成されるのだ。
==
<帝国>が取り組むべき最初の仕事は、それ自身の権力を支えてくれる合意の領域を拡張することにある。
==

う〜ん、ますます混迷は深まっていく。そのような形で呼び出された<帝国>に意思はあるのか、あるとしたらそれを誰が決めるのか。

『保安〔警察〕組織の法権利』というのがこの節の最後で強調される。で、この言葉を英語で見ると、『a right of the police』、<帝国>がなんだかどんどんわからなくなっていくと同時に、やっぱり日本語で難しくしすぎてるんじゃないか、というような疑念もどんどん深まっていく。

とりあえず、わかんないところは飛ばして、次の節へ。


次の節は

普遍的諸価値





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