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zoom RSS <帝国> 読書メモ 4 (普遍的諸価値)

<<   作成日時 : 2008/02/18 05:56   >>

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今回の読書メモは

普遍的諸価値

1-1 世界秩序

の最後の節になる。

読みにくい文章は続く。
英文を参照しながら読む。

冒頭の

We might well ask at this point, however, should we still use the juridical term "right" in this context? How can we call right (and specifically imperial right) a series of techniques that, founded on a state of permanent exception and the power of the police, reduces right and law to a question of pure effectiveness?

ここ部分の日本語は
==
 このような地点まで到達した私たちは、翻って、こう自問してみることができるだろう。すなわち、この文脈において、「法権利」という法制的な用語をなおも使いつづけるべきなのか否か、と。いったい、どうすれば私たちは、恒常的な例外状態と保安〔警察〕組織の権力にもとづいて、権利と法を純粋な実効性に関する問題に縮減してしまうような一連の方式のことを、法権利(そしてとりわけ<帝国>の法権利)と呼ぶことができるのだろうか? 
==

ぼくがこれを訳すと、どうなるだろう。上の訳文を参考にしながら自分の日本語にしてみる。
===
この地点で、ぼくはこんなふうに、よ〜く尋ねてみることがいいかもしれない。(問いは二つある。ひとつは)ぼくたちは未だにこの文脈の中で、法律的な用語としての「権利」(とか正しさ)っていう言葉を使うべきなのかどうか?
(もうひとつの問いは)
一連の技術(テクニック)を権利(とか正しさ)(とりわけ<帝国>の権利)だと、どうしたら呼べるか?、この一連の技術っていうのは、例外の状態がずーっと続くこととあの警察のあの権力を基礎にしていて、権利(とか正しさ)や法律を純粋に役に立つかどうかっていう問題にまで、小さくしてしまうというようなテクニックだ。
===

これだけでえらく疲れた。この訳が正しいかどうかわからないけれども、ぼくにはこの英語はこんなレベルの単語で書かれているようにしか読めないわけだ。それを難しい日本語にしすぎていると思うなぁ。ま、アカデミックな人たちは多少難しくしておかないと飯の種に困るだろうし、そういう配慮も必要なのか。


ま、それはともかく
==
超国家的な法の現代における変容をとおして、<帝国>の構成プロセスは直接的または間接的に諸々の国民国家の国内法に侵入し、それを再編することへと・・・。
 おそらく、こうした変容のもっとも示唆的な兆候は、いわゆる介入の権利の発展であろう。
==

と介入の話がでてくる。ここで浮かび上がるのが、この本が書かれた第一次湾岸戦争からコソボ紛争までという時期だ。人道的介入という名目の怪しい介入がそこでは繰り返された。それが帝国主義の介入ではなく、<帝国>の介入ということになるのか。

この事態に、ネグリ・ハートは「正義と平和からなる普遍的諸力によって駆動される構成的な機械をスタートさせるプロセスとして読み取るべきなのだろうか?」とか、古代ローマ―キリスト教がうんぬんという問いを立てて、答えるのはまだ早いと答える。それに続いて、目下展開されている<帝国>の権力を、たえず持ち上がってくる緊急事態に取り組もうとする正戦の実践にもとづいた警察組織に関する科学として定義することは正しいがまったくもって不十分だという。

そして、誰が正義や平和を定義するのか、とかいう問いに行き着く。しかし、すぐには答えは提出されない。というか読み進んでいくと、その定義には現実的な回答を見出すことはないだろう、とされる。

で、まあ、いろいろ飛ばすが、1-1世界秩序はキリスト教の誕生とローマ帝国の衰退期における拡大について言及したアナロジーとして(それがなんだかよくわからないが)、以下のように閉じられる。
===
・・・。これと同じように、今日においても新しい<帝国>的な法権利の限界と解決不可能な問題が定着してしまうようなことがあったとしても、理論と実践はそれらを超えて進み、敵対性からなる存在論的基盤を再び見出すことができる――すなわち、そのようにして理論と実践は<帝国>の全体性と同じレヴェルに定位しつつ、<帝国>の内部にありながらも<帝国>に対抗し、<帝国>を超え出ることができるのだ。
==
In the same way today, given that the limits and unresolvable problems of the new imperial right are fixed, theory and practice can go beyond them, finding once again an ontological basis of antagonism-within Empire, but also against and beyond Empire, at the same level of totality.

もう脳みそがショートしそうなのでやめる。もう1回寝て、1時間半後に起きて仕事だ。

まだ38p(最後のノンブルは579p)、気が遠くなる。


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