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zoom RSS 資本制国家の権力者の謝罪をどう見るか(ラッド首相の謝罪をめぐって)

<<   作成日時 : 2008/02/28 21:01   >>

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九州帝國ブログ板onoさんへのレスポンスとして。

先日書いた
オーストラリアの謝罪
九州帝國ブログ板のonoさんからトラックバックしてもらった。

とても考えさせられるべきところの多いトラックバックだったので、丁寧に読んでみようと思う。

それはこんな書き出しで始まる。

===
オーストラリアのラッド首相がアボリジニに対しておこなった「歴史的謝罪」を賞賛し、その返す刀で日本政府を批判するような反応があちこちで見受けられるが、資本制国家の権力者どもが口先で何を言おうが、まずは12000パーセント疑ってかかるべきだ。
===

ぼくもこの「あちこちで見受けられる反応」をしたんだよね。コメント欄でもレスポンスしたけれども、「資本制国家の権力者どもが口先で何を言おうが、まずは・・・疑ってかかるべきだ。」というのは、的を得た指摘だと思う。ま、それが12000%か85%かはともかく。

ラッド首相の謝罪、確かにそれは「資本制国家の権力者ども」のなかの一人の口先での謝罪なのだけれども、だからといって本当にこのような謝罪を拒否すべきなのかどうか?

onoさんはこんな風にも書く。
==
「歴史的な謝罪」などというが、「過去の罪を一国の首相が自国のマイノリティに向かって謝罪する」という見えやすい物事の表面をなぞって安易に歓迎することはできない。そういう発想こそわれわれから「歴史」を奪うに違いない。現在の社会制度が根本的な部分で揺らがないまま、マジョリティの人間が癒されるような「歴史の清算」などありえないはずだ。そういう発想こそわれわれから「歴史」を奪うに違いない。現在の社会制度が根本的な部分で揺らがないまま、マジョリティの人間が癒されるような「歴史の清算」などありえないはずだ。
==
このonoさんの意見も一面の真実を含んでいる。しかし、差別され続けたマイノリティに向かって、国家は、まず、どう向き合うべきなのか。その始まりとしての謝罪は不可欠なのではないか。その第一歩を否定してしまったら、何も始まらない。その第一歩の謝罪として、ぼくはラッド首相の謝罪は悪くないというか、聞くに値する気持ちの入った謝罪だと思った(主に翻訳に依拠して)。確かに次に問われるのは2歩目だろう。しかし、資本主義者だろうが共産主義者だろうがアナキストだろうが、まず、言葉で判断するしかない。そして、次の段階で、その言葉が中身をもってなんらかの行動を伴っているかどうかが検証される。確かにぼくが「見えやすい物事の表面をなぞって安易に歓迎」してしまっていたことを認めないわけにはいかないが、ぼくにはこの謝罪がそんなに容易なことだったとは思えない。また、ここでonoさんが言っているような社会制度は一朝一夕には変わらない。そしてonoさんの主張は、「資本制国家の中では不可能だ」と言ってしまっているようにも読める。ぼくはそこは違うんじゃないかと思う。

たとえば、冒頭近くのこれらの文章をどう見るか。
(以下、村野瀬玲奈の秘書課広報室の翻訳から引用)
http://muranoserena.blog91.fc2.com/blog-entry-619.html
===
我々は、過去の加害を反省いたします。

我々は特に、奪われた世代の人々に対する加害、つまり、わが国の歴史の傷ついた一章について反省いたします。

過去の過ちを正し、自信を持って未来へと進むことによって、オーストラリアの歴史の新たな一ページをめくるときが来たのです。

我々は、我々の同朋に対して深い悲しみ、苦しみ、損失を与えてきた歴代の議会や政府による数々の法や政策について謝罪いたします。
==

確かに次にどのような政策が行われるかを慎重に見なければならないとしても、まず、このような謝罪が必要なんだろうなとぼくは思う。そして、この言葉を言葉通りに評価したい。それは甘いかもしれない。しかし、この第一歩がなければ、そしてそれを認めなければ何も始まらないではないかと思うのだ。また、この謝罪を受け入れるかどうかはアボリジニの人々にまかされ、このように書かれている。
「オーストラリア議会は、この謝罪は国をいやす一環として捧げられるのであるという精神で、この謝罪が受け入れられることを謹んでこいねがいます。」
(We the Parliament of Australia respectfully request that this apology be received in the spirit in which it is offered as part of the healing of the nation.)

蛇足で僭越ながら、この"in the spirit in which it is offered as part of the healing of the nation"部分の訳はおこじょさんの訳(「国をいやす一環として」)も同様、もう一つな感じだ。ポイントはhealingの訳しかただと思うが、ぼくが訳すとしたら、「国(が犯したあやまちから)の治癒の一環として・・・」(この・・・うまく日本語にできない)というような感じだ。

ともかく、受け入れるかどうかはアボリジニの人々の側にまかされているとぼくは思う。

なぜ、日本政府がこのような謝罪ができないかという理由を考えたら、もしかしたら、ぼくがこれを認める根拠の説明になるかもしれない。つまり、日本政府は謝罪しなければならない人々に対して、責任を問われない範囲の謝罪しかできていない。その理由は、このような謝罪は必然的に補償を伴うからだ。そういう意味で、日本政府にはこのような真摯な謝罪をまず行うことが求められ、その上で補償・賠償が求められているのではないか、とぼくは思うんだけど、どうだろう。


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内 容 ニックネーム/日時
レスポンスありがとうございます。

最後の段落の指摘はその通りだと思いますが、まさにラッド首相は国家の犯した罪に対して国家として補償することには触れずに「住宅問題の改善」などを強調しているわけです。日本の民間基金が批判されたような「すり替え」があるとも思われます。

ブログで書きましたが、日本政府が植民地支配その他の歴史的な罪について謝罪をするということは必要だと思います。そのことが、それを求める側のどのような運動の結果としてもたらされるか、そのプロセスが非常に大事ですよね。

ただ、なぜかそういう運動をやっている人たちが、オーストラリアではどういう草の根の声があるのかということには意外に無頓着に、政府の公式声明を単純に歓迎している傾向が気になったこともあって、ブログ記事を書きました。

僕も地元でそういう運動をやっている人がいるからちゃんと対話して考えます。
(ono)
2008/02/28 21:19
はじめまして。

言及ありがとうございます。翻訳はまだ改善の余地があるとも思いますし、何よりも、まだ最後まで訳し終わっていません。(^^;
時間はかかるかもしれませんが、続けていきたいと思っています。

ラッド首相の謝罪はまだ第一歩にすぎず、ここまでオーストラリアがたどりつくまでに長い年月がすでにかかっています。それでも国家の意思として謝罪を表現することは必要だったと思います。オーストラリアは具体的なアボリジニ政策に向けて第一歩を踏み出した、そのことをまず評価しなければ何も始まらないのだと考えます。
村野瀬玲奈
URL
2008/03/02 22:06

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