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zoom RSS <帝国>のローカリゼーション批判

<<   作成日時 : 2008/03/11 05:52   >>

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この本、あるいは翻訳には、なかばうんざりしながらも、読書会は愉しいのでなんとか読み続けているこの本。やっと「1−3 <帝国>内部のオルタナティブ」まできた。

ここで興味深いのがローカル化(ローカリゼーション)への批判だ。ネグリ・ハートはここでローカリゼーションをきっぱり否定しているように読める。

さて、ヘレナさんあるいは「懐かしい未来ネットワーク」が推進するローカリゼーションと<帝国>はあいいれないのか、それとも両立可能なのか。とりあえず、該当箇所を抜書き。

===
・・・。1960年代から現在にいたるまで、長期間にわたって共産主義者・社会主義者・リベラル左翼を襲いつづけてきた危機のなかで、批判的思考の大半は、資本主義の発達した支配諸国においても従属諸国においても、しばしば闘争のローカル化(この「闘争のローカル化」を傍点で強調)を政治的分析の足場にしながら、社会的諸主体のアイデンティティや、国民的・地域的な諸集団のアイデンティティにもとづく抵抗の現場を再構築しようと試みてきた。そのような議論は、ときとして「地域に根ざした」運動ないしは政治という見地から組み立てられたものであり、そこでは、場所(アイデンティティまたは根拠地として構想された)の境界が、グローバル・ネットワークの差異のない同質的な空間に対抗するものとして措定されているのである。(中略)。今日、「ローカルな」左翼がとるさまざまな戦略形態の中心部で作動している三段論法は、ひたすら受け身的なものであるように見受けられる。すなわち、その三段論法とは、資本主義の支配がますますグローバルなものになってきているのだとすると、それに対するわれわれの抵抗は、ローカルなものを防衛し、資本の加速化する流れに対して障壁を構築することでなければならない、というものである。そのような視座からすれば、資本の現実的なグローバル化の動きと<帝国>の構成は、追放と征服のしるしとみなされなければならなくなるだろう。

 しかしながら、私たちは、そのようにローカルなものに固執する立場を擁護しようとする何人かの者たちの精神を高く評価し、それに敬意を表するにはやぶさかでないが、いまやその立場は間違ったものであり、有害なものでもあると主張したい。その立場が間違ったものであるのは、何よりもまず、問題の提起の仕方がまずいからだ。問題を特徴づけるさいに、グローバルなものとローカルなものという誤った二項対立に基づく問題設定が、多くの場合なされている。その問題設定では、グローバルなものは均質化や差異のないアイデンティティをもたらすが、それに対してローカルなものは異質性や差異を保持している、と想定されている。往々にして、そうした議論には、ローカルなものに属する諸々の差異はある意味で自然なものであるといった前提 (略) が暗に含まれているのである。諸々のローカルな差異は現在の状況に先立って存在しており、それらはグローバリゼーションの侵入から防衛ないしは保護されなければならないものである、というわけだ。このような前提に立つなら、ローカルなものの擁護論の多くが伝統的なエコロジーの述語を取り入れたり、こうした「ローカルな」政治的プロジェクトを自然および生物の多様性の防衛そのものと同一視したりさえするのも、何ら驚くべきことではないだろう。こうした観点は、諸々の社会的関係と社会的アイデンティティを固定化しロマン主義化する、一種の原基主義へと退行してしまいがちだ。 (少し長い略) いずれにしても、資本と<帝国>のグローバルな流れの外部に存在し、また、そのような流れから保護されているようなローカルなアイデンティティを(再)確立することができると主張するのは、間違った振舞いなのだ。

 おまけに、グローバリゼーションへの抵抗とローカル性の防衛というこの左翼的戦略は、有害なものでもある。なぜなら多くの場合、ローカルなアイデンティティとして立ち現われるものは、自律的なものでも自己決定的なものでもなく、じっさいには資本主義的な<帝国>機械の発展を助長し、支援するものであるからだ。<帝国>機械が作動させるグローバル化や脱領土化は、じつのところ、ローカル化や再領土化に対立するものではなく、むしろ差異化と同一化からなる可動的かつ変調的な回路を働かせるものなのだ。ローカルな抵抗という戦略は敵を誤認し、それによって敵を隠蔽してしまうのである。私たちは諸々の関係性のグローバル化そのものに反対するつもりはない(略)。むしろ敵として指し示されるべきものは、私たちが<帝国>と呼ぶ、グローバルな諸関係からなる特定の体制にほかならない。もっと重要なことを付け加えるなら、ローカル性を防衛しようとする戦略が有害なのは、それが<帝国>の内部に実在する現実的なオルタナティヴと解放への潜勢力を曖昧にしたり、ときには否定したりさえするものであるからなのだ。 (以下、略) 66-69p
===


ローカルが再発見されなければならないというプロジェクトにかかわってきたものとして、これをどう読むか、ここにはとてもチャレンジングな問いが含まれているように思う。

しかし、いくらグローバルにつながっていても、現場は基本的にローカルなのものではないか。「ローカルな地点」(都市も含む)で食べて寝て生活することを基本に考えたときに、抵抗はあたりまえにローカルな場所から始まるのではないか。もう少し考え続けたい課題だが、たくさんタイプして疲れたし、とりあえず今日もここまで。




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