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zoom RSS 家族学のみかた(AERA Mook)メモ

<<   作成日時 : 2008/03/23 08:44   >>

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某所で借りてきたこの雑誌というか本、けっこう面白い。家族学っていうのの存在さえ知らなかったのだが、いわれてみるとありそうな学問ではある。とはいうものの、ここには家族学という学問へのさまざまな立場からのアプローチはあるものの、家族学とは何かというようなことは記述されていない(と思う、ぼくが読んだ限りでは)。



いくつか抜書き

巻頭の斉藤さんの文章から
===
ACも「虐げられた子ども」にしても、診断のための医学用語でも、親を非難するための言葉でもないのです。これは「反復強迫」的行動や身体の不調もふくめて、自分の生きにくさを自分なりに理解しようと努める人がたどりつく、一つの自覚です。
 そういう自分を自覚して、治療者や自助グループの仲間との交流を通じ、親との関係でつくられたコミュニケーションの型を別のものに変えていく訓練をすることが回復への道となります。・・・。
(中略)
 ・・・、私には、こういった子どもたちのふるまいそのものが病理とは思えない。親の期待や社会の要請で窒息しそうになっている子どもたちは、からだをはって自分の窒息感を表現しようとしている。現在はそういう「表現の時代」なのだと思います。
斉藤学
『「虐げられた子ども」がつむぐスライバーの物語』
8p
===

===
・・。家族は歴史的に生産を工場へ、教育を学校へという形で、常にその機能を外部に委譲してきている。その意味では家族は歴史的に常に「崩壊」し続けており、だからこそ少し前の状態を標準において「家族の崩壊」を説く言説は常に存在する。
瀬地山角
12のアプローチ 比較社会学
『いまの日本を離れればもう少し楽になる』
20p
===

===
 理念と実態の乖離が大きいにもかかわらず、実態を覆い隠してあたかも理念を真実であるかのように思わせるものを神話と呼ぶ。子育ての辛さを訴える母親たちは子育ての実態を見たにすぎない。
 (略)「子育ては女の喜びだ。母親なら子どもがかわいいはずだと周囲から言われ、自分もそう信じていた」と言う。
 社会全体が現実と乖離した母性観をごく当たり前と信じて疑わない風土に影響されたものだろう。(略)依然として母性神話が支配的な社会なのである。 
大日向雅美
『母性との対峙なくして明日は拓かれない』
94p
===

===
 子どもの社会性の欠如や未成熟の背景には、家族の教育力の低下があることは明らかだろう。もちろん、それは、家族における教育を母親まかせでやってきたことの結果でもある。と同時に、地域の教育力、学校の教育力の低下もまた、大きく作用していることも見失ってはならない。
 そもそも、かつての子育て環境には、多くの異なった世代、異なった個性をもった人々とのコミュニケーションが存在していた。・・・・。子どもたちは、これらの多様な個性とのぶつかりあいのなかで、自立心や個性・協調性を身につけていったはずだ。
 さらに、消費・欲望文化の爛熟とメディア社会の・・・
 こうした時代状況が、総体として、今、子どもたちの「現実感覚」や社会性・協調性の発達に多くの影響を与えているのである。

 話が広がりすぎてしまいそうなので、ここでは家族における子育て環境、とくに「父権復権」論にもかかわる、男性の育児参加の必要性を中心に・・・。
 ・・・。
 この核家族による子育て、しかも女性だけが子育ての担い手になる構図こそ、現在の子ども問題が生じる原因の一つを形成していると思われる。

 (長い省略)

 というわけで、男性の育児は、子どもの発達にとってプラスになるし、女性の不安解消になるばかりか、男性自身の人間性の回復にも重要な意味をもっているのである。

伊藤公雄
『幻想の父権より実際の子育て』
97-99p
===

===
 農村から日本人女性が消えていったのは農業のせいでも過疎化のせいでもない。明らかに閉塞してしまった古典的な家族関係に辟易し、夢が見られなくなって自立した日本人女性たちは村を捨てたのではないだろうか。「嫁」などというほとんど、”家庭の小間使い”的なイメージの呼称をなお用い続けるのであれば、このニッポンの農村は死に絶えるであろう。
 それでも救世主的にやってきたアジアからの女性たちは「外国人花嫁」などと呼ばれて、相変わらず不満とストレスをためている。
 日本の過疎の家族の変遷の収束点として、この現象が吉と出るか、凶と出るか、今が試されている時期である。

桑山紀彦
『アジアからの花嫁、十年の軌跡』
109p
===

===
 近代の家族(そして家族研究)を特徴づけていた基本的前提を私なりに要約すれば、次の二点・・・。
@関係の「非選択性」「解消困難性」
A家族は幸福であるはずというイデオロギー
161p

 今、日本を含め、先進国家族に起こっている根本的な変化は次の二点にまとめられる。
@家族関係の「非選択性」「解消困難性」への疑問の増大
A「家族は幸福であるはず」というイデオロギーへの疑問の増大
 このゆらぎを検討することによって、家族研究が明らかにすべき課題が浮かび上がってくる。
162p

 どういう関係が解消されていくのか、どのような関係が家族として選択されていくのか、この過程を明らかにすることが家族研究に求められている。
 しかし、選択性の増大は「選択されざる人」の増大という結果を生む。・・・。・・、相対的に経済力や魅力がない人が、新たな困難に直面する。
 家族の選択性が広がれば、今まで関係の「解消困難性」に苦しんだり、不満を感じている人々にはプラスに働く。
 しかし、新たに、「選択されざる人」「相手から関係を解消された人」をどう処遇するかという問題が出現する。この問題にいかに応えられるかが今後の家族研究の課題の一つとなろう。
163p

 家族研究の第二の課題が、人々が家族に求めている(きた)ものは何かを明らかにする作業である。その求めているものが、本当に家族が提供できるのかを見極める作業が必要になっている。
165p

 現代社会において、家族を研究することは、近代社会のジレンマを研究することにつながる。近代社会は、自由、平等を合い言葉に、「自由な選択」の拡大を目指してきた。
 しかし、選択の機会が増えれば増えるほど、自分ではどうしようもない家族という現実に直面し、「非選択的」な関係へのあこがれが強まってくる。・・・。
 現代社会における家族のゆらぎは、近代家族に閉じ込められていた近代社会特有のジレンマを表に出してしまった。それは、自由を建前とする社会の中で、不本意な社会学的運命を甘受しなければならないというジレンマなので去る。
 このような事態に直面して、家族研究の二つの立場が明らかになってきた。一つは、@新たな理想的家族の模索であり、もう一つは、A個人単位の社会の構想である。現在、家族の将来を構想する論者は、この二つの立場のどちらか、もあいくはその組み合わせを用いている。
167p
山田昌弘
『家族が幸福だった時代の終焉』
===
最後に引用した山田さんの文章の終わり方がとても唐突だ。それはこんな風に終わる。
===
 ただ、私には、@とAを超えた、家族研究の目的があるような気がしてならない。「不自由を選択する自由」「不公平な関係を楽しむ」といったことが果たして可能だろうか。私の密かな思い入れなのだが。
167p
===


家族、ひとりで暮らしていたときは考えもしなかったいろんなことが起こる。それは確かに刺激的でもある。その刺激的な関係を楽しむのもいいし、一人で別の楽しみを持つのもいいのだろう。




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