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zoom RSS 栗原彬さんの文章をいくつか読んで感じたこと(古文書)

<<   作成日時 : 2008/07/13 06:22   >>

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ハードディスクで探し物をしていたら、研究会のために、昔書いたレジュメが出てきた。「2003−4−12」という日付がついている。

以下に本文のみ、ちょっとだけ補足して転載。このレジュメ、右側にメモのようなものもついているが、そっちは掲載していない。

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栗原彬さんの文章をいくつか読んで感じたこと
「内破・魂・歓待、そして、もうひとつの政治」

(アカデミックな読み方はできないわたしの栗原理解)
              
1、「もう一つの政治」を求める方向性とその可能性

例1、ボランティア学会趣意書から
==
私たちは今、これまで日本を支えてきた社会システムと価値システムが崩壊 する混迷時代を生きています。とりわけ社会システム「制度疲労」をきたし、政治、経済、文化、生活のあらゆる分野で機能不全の状態に陥っています。

このような時代状況にあって、私たちは、人間社会の基底をなすサブシステ ンス(自律的生存)領域の活動をいかに協働して回復し、再構築するか、と いう問いに導かれて混迷を抜け出す新しい回路を発見していきたいと考えています。
日本は官主導の社会が終焉を迎え、普通の人々も公益の担い手であるという新しい公共性の考え方が根を張ろうとしています。そのなかで、私たちはボランティアの役割について新しい評価をしていきたいと考えます。ボランティアこそ、人間の自律性と協働性を新たに構築する実践であり、その実践のなかに未来をひらく新しい回路があるにちがいないからです。
(以下、略)
注:これは栗原さんの文章として、提出されているわけではない。初代の学会の会長だった栗原さんの影響がかなり出ているんじゃないかと勝手に想像して、ここに引用しているだけ。



例2、最終講義から
・・・・。日本には経済的な生活はあるけれども、文化や本当の意味での生活がない。まさに難民状況の一種の普遍化ということが言えると思います。
そういうところに、たとえばワークシェアリグという発想があったり、ボランタリズムの考え方があったりします。地域通貨という企てもあります。(少し略)
そういうことの基盤に、歓待という問題やサブシスタンスという問題があると思います。サブシスタンスとは、私たちの知っている経済過程とは異なります。そのまま訳せば「実在」になりますが、私は存在の現れ、生命の別の形式のアピアランス(現れ)と言っていいと思います。こうしてもう一つ別の公共圏を作っていくということです。それはボランティアや任意の行動が持っている新しい公共性の可能性を示唆していると思います。しかし、実はこれが本来の市民政治の可能性だったのではないかと思います。
(最終講義24p)

以下、この研究会のために事前に課題にした2つの文章(bとc)と平和学会誌の文章から感じたこと
  a、「生命政治と平和」(平和学会誌)
  b、最終講義  「水俣病という思想―「存在の現れ」―の政治」
  c、「市民政治のアジェンダ」から



  a.「生命政治と平和」(平和学会誌)
 フーコーの指摘する「生命政治」に対抗する「もうひとつの政治」の提起
  生命政治とは近代システムの欲望を代行する生−権力が、生きるに値するマジョリティの生命を選別して、その幸福と平和のために、一方でよりよい生活とその生活をすすめる社会をデザインし、他方で生きるに値しない生命を定義・認定して排除する政治
57p(フーコーからひっぱった栗原さんの再定義)
(生命政治は渡辺守章訳だと「生−政治学」)
  その生命政治と逆のベクトルを示す「もうひとつの政治」

  生命圏、親密圏、市場圏、社会圏、公共圏という場に即した説明
  生命圏から遠ざかろうとする「生命政治」
       近づこうとする「もうひとつの政治」60p

「歓待」
 もう一つの政治が、日常化され規範化された例外状況からの離脱の戦略を構想する限り、この政治は、権力のエコノミーの原理によって編制された同一性としての自己と、排除する閉じられた空間に抗して、これらをそれぞれ非決定の他者、および贈与する開かれた空間に転成させる「歓待(hospitality)」の原理を呼び出さずにはいない。60-61p

 歓待という身振りこそ、同一性的な自己を撹乱し、閉じた共同体を解体して、例外状況と対照的な地平に「現れの空間」を開く、もうひとつの政治の核心の部分。

「平和」ということも「純粋な集団性」において、身振り・ハビトゥス・法として捉え直す必要
==
身振りとは、「間にあること」を現すこと。すなわち、人間の複数性の間に、不和や葛藤を通じて、普遍的歓待という身振りと地球という球面に共生して住むという地政学的思考との合目的性をもった結合態を創設すること。
身振りの反復がハビトウスにとなり、複数の潜在的な対話者の想像の共同体で法となる。
==

「構造的な平和」が生命政治の文脈で語られる危険の指摘

水俣病患者はこれらの身振りと言葉によって極限的な思考を重ねて、生命圏、新しい親密圏から直立する多層的な公共圏を美しい苦海の風景の中に創造してきた。生命政治との離脱、その意味での平和という身振りの応答を待ちながら。



b、最終講義 
 「水俣病という思想―「存在の現れ」―の政治」

水俣病が照らし出す政治  水俣病運動史にそって、

自己決定の政治  代行政治  存在の現れの政治

生命系は、本来、「生計」「生−制作」、「生活」、「生き方」という差異化された生の地平を生きる。これらの生が、エコノミー・権力的に編成されて、経済、政治、社会、文化という環境を生む。しかし、これらの連環のエッジには、連環自体を内破したり、そこから離脱する「存在の現われ」が潜勢している。(25p)

仮に法的に救済されることがあっても、魂の救済とは結びつかない。
自己決定の政治と存在の現われの政治と、両方のパフォーマビリティを手離すことなくやっていくしかない。

NPSの可能性

市民にとって存在の現れの政治とは自分が変わること
その過程
1、他者のまなざしに見られる
 「私を殺すな」という他者の素顔を見る
 ヴァルネラビリティが働く振り幅を持つこと
2、聞こえない他者の声をあらわす
 代行主義にならずに
3、市場的で権力的な編制を内破する。
4、表象を内破して、存在を現す
5、現れた主体が非領有のまま生きられるような、サブシスタンスの系の構築



c、「市民政治のアジェンダ」から

市民政治のアジェンダ ―生命政治の方へ―

市民政治とは?
・市民社会(無署名の市民社会を含む)を舞台に展開される市民主体の自律的な政治
・公的な政治システムの制度と決定が初期条件
・決定や制度そのものへのNo! 抵抗、異議申し立て、代案提示、自律的な政策構想・提言

市民政治の3つの圏
生活(圏の)政治 アイデンティティ(圏の)政治 生命(圏の)政治
市民政治はその3つの圏の交差配列として展開

最も基底にある生命圏
生命圏と生活圏の上にあるアイデンティティ圏

3つの圏の在庫目録すべてに政治システムと市場システムが楔状に

それらの項目は生活世界から絶え間なく離床して、表象された項目を作り、政治システムと市場システムに吸収されて、制度化された政治的主題に繰り込まれる。

政治システムが生の諸項目を専門文化した上で、それらを管理し、造形し、制作しさえする。
政治システムは生活世界を領有し尽くすことはできない。
非領有、非支配の場が残されていさえすれば、生活世界は呼吸し脈動する。

政治・市場システムによる生活世界の領有があるから、そこに市民政治の出番

・生活世界の生成と再生のための条件設定
・政治システムとの分水嶺の設定(押し戻すこと?)
・政治システム自体の転換 (世界的にも)
これらが市民政治の中心課題

制度表象を内破して、生の諸項目を生活世界に奪回すること。
生活世界の中に、それこそが生の根拠、生の歓びである非支配・非領有の場を確保、再生すること。
市民政治の複雑な亀裂

<生命政治と生活政治の分裂が新しいアイデンティティ政治を召喚>
新しいアイデンティティって具体的には?

60年安保闘争における3つの圏の幸福な統合度。
べ平連は高度経済成長とベトナム特需によって相対的に豊かになった生活を享受しつつ、アジア民衆との連帯を呼びかけるという内部矛盾を不問に付したまま行動するという側面を、市民政治の精神史的課題として残した。

アイデンティティ政治の内部構成
狭義の市民政治とピープルの政治の分裂
「私は市民ではない」
市民政治の非同一性  <マルチチュード概念の有効性??>
<<市民・ピープル・マルチチュード>>

市民政治は生活政治に傾きやすく
ピープルの政治は生命政治から始まる。

<生命と生活の重複部分にあるサブシステンス>

穴だらけの、修羅場の市民政治からの出発するしかない(6p)

70年代
表象された生活政治に傾く市民運動
異なる位相を持つ住民闘争の「住民政治」
住民運動は暮し、アイデンティティ、生命の三圏にわたる生活世界の防衛
生命圏に通底するもう一つの公共性
住民政治の「公共性」とは、生活世界、とりわけ生命圏の非領有の部分を守り抜くこと。

住民政治の視角から「決定」の問題
「公共性」の核心にある自己統治
「徳政をもって一新を発せ」(三里塚空港反対同盟)にも、これにかかわるような記述があったと思ったのですが、本が見つかりません。花崎さんの本にもこれに関する記述があったように記憶してるのですが。

90年代からのNPO
現状の政治システムに「否」と言わない。補完する役割。

生命政治の方へ
市民政治が、生命政治の視角を提起しているピープルの政治から何も学ばなければ、市民社会はその存立の倫理的根拠を失うことになる。

ピープルの政治は、生命圏から公共性を直立させてきた。それは生命の尊厳を救い出す存在、生存の次元の公共性である。先住民は受苦の底から生命系の根源的豊かさを「環境的正義」の概念に結晶化した。

ピープルの公共性の核心にある他者の生命への極限的感受性、ヴァルネラビリティ、そしてそこに発する他者への、とりわけ自己決定できないものを支える「内発的義務」


市民政治の第一のアジェンダ
表象された生活政治に裂け目を入れて、生命政治を噴出させること

 そのためにピープルの生命政治の圏内に同行させてもらい、市民政治の自己変容をはかること。市民的公共圏の概念の意味内容を組替えること。生活の次元は生命の次元に、自己決定性は他者の生命への感受性に、享受はヴァルネラビリティに、そして、人権や私的所有権のシリーズは「内発的義務」に。市民政治は、公共性の中心に人間の尊厳、「命の共同性」をおきなおさなければならない。

市民政治の第二のアジェンダ
生命圏に根を持つ新しい親密圏を形成して、公共性をそこから垂直に立ち上げる回路を見出すこと。

 親密圏の存立のためには、車いすに乗る人と押す人のコンビネーションのように、共−身体がエイジェンシーとして構成されることが求められる。共−身体の多元的連鎖が、非領有的な他者を共有する母体となる。

市民政治の第三のアジェンダ
市民的公共性、住民の公共性、ピープルの公共性を、非領有的な他者(命の共同性)を軸に接合すること。

 メタ公共圏の中で、既成の諸主体のパワーポジションを変容させつつ、受苦者、ピープルの声を異交通的に(すなわち存在と差異を互いに受容する相互交通によって)接合するプロジェクトが求められてる。
 このプロジェクトは多元共生型の市民社会の構想につながる。

=====
これらから感じたこと、見えてきたもの

1、栗原さんにとっての「政治」
  独特な用法、意味付与
  (政治学の人教えて)

2、サブシステンス志向の可能性
  一例として、水俣に見られるその具体的な展開

3、栗原さんのサブシステンスと「環境を平和学する」のサブシステンス、そしてビーレフェルト派のそれの異同*
  栗原さんは三つの圏の在庫目録をあげるなかで
  サブシステンスを生活圏の中に数える。
「平和学する」の定義では生命圏やアイデンティティ圏にもまたがるようなものとして提起、これはミースらの提起でも同様(だと思う??)
また、伊豫谷さんは、サブシステンスを旧来の用法で使用している。  追求すべき価値という用法に懐疑的。ちなみにミース(ら)はちゃんと読まなければと思ってると言ってました。(先日、サッセンの講演会パーティーで)

4、現状を内側から破っていく主体の形成
状況の熟成、という以上に熟成しすぎて腐敗し始めている感じもあるが・・。

主体の形成とそれと切り離せない「魂(スピリチュアリティ)」
これらを可能にする運動の形成の必要性

それをネットワークする
世界社会フォーラムに見られるようなネットワーク
サパティスタやフランスATTACに見られる運動

ひと−ひと わたし−わたし の現状の違和感を難しい言葉で説明する栗原さん
それと現状の運動をどのように切り結ぶことができるのか。

運動内部の排他性を可視化するためにも「歓待」の思想の必要性

WPNに見られる運動の形成
新しい主体
ブームに終わる可能性も

魂がぶつかりあうような小さな運動体がリゾーム状につながることの必要性


参考文献
1.「市民政治のアジェンダ−−生命政治の方へ−−」
『思想』No.908, 2000年 8月号

2.「インタヴュー:表象の政治―非決定の存在を救い出す―」
『思想』2000年他の号?1

3. 栗原 彬:T. モーリス「〈座談会〉グローバル化と多層な「公共圏」
『思想』2000年 他の号?9

4.「生命系の『舫い(もやい)』の方へ」
http://www.fsinet.or.jp/~soshisha/kurihara_message.htm

5.「生命政治と平和」平和学会の学会誌、第26号(2001年11月刊行)

6.栗原 彬「水俣病という身体」(17p-82p)栗原 彬他著
『内破する知 身体・言葉・権力を編みなおす』東京大学出版会、2000年  

7.栗原さん立教大学最終講義
  「水俣病という思想―「存在の現われ」の政治」

====

こんなレジュメを書いたことをすっかり忘れていた。

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