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zoom RSS 小沢牧子と山之内靖、それが〈帝国〉から

<<   作成日時 : 2008/08/02 03:46   >>

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(「受苦者のまなざし」序章読書メモ)

この意外な組み合わせに驚く。

先日、山之内さんと会って、話をする機会に恵まれて、ちょっと山之内さんの本を読んでみようという気になり、「受苦者のまなざし」を読み始めたところだ。まだ、さわりを読んだだけなんだけど、これはぼくにはちょっと手ごわすぎる本。でも、序章に書かれている問題意識は共有できる。そこで小沢牧子さんが出てきて驚いた。

それも〈帝国〉批判の文脈のなかから出てきたのだった。この偶然。シンクロなんとかっていうんだよね。で、山之内さんの〈帝国〉への違和感はぼくがこの間、読書メモに書いてきたことにもつながるし、気流舎での読書会参加者の中でも共有してきたものだった。彼はそれをこんな風に書いている。
==
〈帝国〉について感じたことであるが、グローバリゼーションの時代がもたらすあらゆるものの流動化を強調し、マルチチュードの名において、ローカルな領域にかかわる諸問題をネガティブに捉える観点が目立ってきているに対しては同意しかねるものを感じた。・・・グローバリゼーションの時代であるからこそ、あらためて自然環境に根ざした社会関係、自然環境に根ざした文化的アイデンティティの重要性に注目する必要があるのでは・・・。 43p
===
文化的アイデンティティという部分には若干保留したい感じもないでもないが、そう、ぼくが感じていた違和感もだいたいこういうことだと思う。ローカルを徹底的に軽視するように読めた〈帝国〉への違和感を感じたのは読書会のなかでもぼくだけじゃなかったはずだ。

ともあれ、今日書きたいのはそのことじゃなくて、その〈帝国〉批判に続けて、小沢牧子さんがでてきたことだ。

この〈帝国〉への違和感という問題意識につなげて、井上芳安保さんから紹介された、小沢さんが『社会臨床雑誌』11巻3号(2004年3月)に書いた「『居場所』の現在について考える」で心をゆさぶられたと山之内さんは書いている。

そして、この初期マルクスの視点を現在に活かすことを主題とする序章のなかで、牧子さんの論文について繰り返し論及されている。

この論文を紹介し、以下のその論文の結語を引用する。
===
地域管理がいっそう進行し、人間関係の領域でも誰もが何らかの資格の階段を昇ることが奨励されるいま、平地に足場を徹して暮らすただのおばさん力おじさん力について、ことさら自覚的に考えることが必要だと私は思う。・・・。素手のまま関係のなかで生きるおとなたちが、網の目のようにつながる力。その力と中身がわたしたちにいっそう強く問われる時代が、これからやってくる。
===
そして、この結語の引用を受けて、山之内さんはこんな風に書く。
===
・・・。とりわけ、自分だけではなく、子供たちが育っていく「居場所」については「網の目のようにつながる力」とそれを支えとする連帯が不可欠であろう。そのことを十分に考慮しないままマルチチュードの論理だけを振りかざすのはやめてもらいたい。ローカルなコミュニティの必要性は、グローバリゼーションが進行するにつれてかえって深刻な問題として浮上してくる。とりわけ、外国からの移民労働者が増大していく過程では、彼らを受け入れる地域コミュニティの側での協力や援助が不可欠であるだろう。44~45p
===

そして、さらに山之内さんはこの小沢牧子さんの問題提起が「社会学の古典とされる文献で語られてきた問題と赤い糸でつながっている」と書き、「初期マルクス」とマックス・ヴェーバーがともに「受苦者の連帯」を主題として社会学の方法を構想しようとしていたと書く。そこには「相互に共有する認識基盤が存在していた。

そして、山之内さんは小沢牧子さんがこの論文で提起している問題も「受苦者の連帯」の一環であることは間違いないという。

そして、序章の結語近くではこんな風に書かれている。
「グローバル化が進む現代においても、コミュニティが自然に足をおいた地理的環境としての場所を単位として形成ないしは再形成されるという事態は、今後、ますます重要性をもってくるに違いない」

そして、こんな風に結ばれる。
===
人間はいつの時代においても、・・・有限な存在として「受苦的」に生きるのであり、その「受苦的」な生の条件のなかで、時代を支配しようとする権力や潮流と闘わなければならない時がある。その闘いは、何世紀に一度というほどの長期の歴史的動態のなかで、時には既成の世界像――時の支配的潮流が正当化する世界像――と正面から衝突しなければならないこともある。「マルクス主義以降のマルクス」が語らなければならないのは、まさしく、この「世界像レヴェルの転換」をめぐる闘争についてなのである。「世界像レヴェルの転換」を呼びかける要素を自ら放棄してしまった「後期マルクス」には、もう可能性はない。そのことの自覚の中から、新しいマルクスへの模索が始まるであろう。
 小沢が語っている次の言葉は、意識せずして「マルクス主義以降のマルクス」の課題を語っている。「素手のまま関係のなかで生きるおとなたちが、網の目のようにつながる力。その力と中身がわたしたちにいっそう強く問われる時代が、これからやってくる。」
===

目次は以下

受苦者のまなざし
初期マルクス再興
山之内 靖 著  
青土者
http://www.seidosha.co.jp/index.php?%BC%F5%B6%EC%BC%D4%A4%CE%A4%DE%A4%CA%A4%B6%A4%B7

さっきも書いたように、ぼくにはかなり手に余る本なんだけど、時間があったら、別の場所の〈帝国〉批判とか、それなりにわかったところなんかも紹介したいと思います。書けるかどうかは不明。
<請わない御期待>


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『受苦者のまなざし』の「読書メモ」への山之内靖先生からの返信
何回か書いた『受苦者のまなざし』の「読書メモ」 http://tu-ta.at.webry.info/200808/article_1.html http://tu-ta.at.webry.info/200808/article_2.html http://tu-ta.at.webry.info/200808/article_10.html ...続きを見る
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