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zoom RSS 朝日の記事 「社会運動 南米での再生」(廣瀬純)について

<<   作成日時 : 2008/08/17 03:04   >>

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8月16日田舎で読んだ朝日新聞大阪本社(統合版)
異見 新言
社会運動 南米での再生
廣瀬純
見だし
非正規労働者が主役に
新たな「生き方」を集団で創造

リード
 格差社会の絶望の中から立ち上がる運動が、若い人を中心に目立つようになってきた。前途にどんな可能性があるのか。ラテンアメリカの社会運動から、気鋭の論者が読み解く。





このコラムの中で廣瀬さんは非正規労働者の運動を伝える報道が増え、新たな「主役」の登場とともに社会運動が再生されつつある、その時代変化を10年前に経験した「先進国」がラテンアメリカ諸国だと書く。そのいくつかの運動を紹介した後で、こんな風にまとめる。
===
 今日のラテンアメリカの運動では、新たな「生き方」の集団的創造にこそ活動の中心がある。社会政策はそのための「二次的」な闘争に過ぎないとすら言える。日常生活は単なる「生存」「再生産」の場ではもうない。社会運動は日常生活の外(職場)にあるのではなく、その「ただなか」で行われるものとなった。この変化に応じて女性が運動の表舞台に登場してきたことも銘記しておくべきだ。「女性の社会進出」は企業で要職に就くことや、役人、政治家になることだけではないのだ。
 ・・(略)・・今日の日本にとって、ラテンアメリカの経験が示唆することも少なくない。もはや妄言でしかない「完全雇用」という偽りの理想のかなたにこそ、「生きること」自体のなかに創造性を取り戻すための地平がある。これこそが来るべき左翼運動の姿だろう。
===

 新しい社会運動の出現に目を向けた、このような記事はもっとたくさん出ていいと思うし、なかなか紹介されないラテンアメリカの社会運動が紹介されていることも、とても重要なことだ。

 しかし、その上で、あえて違和感を中心に書きたい。

 ラテンアメリカの経験に学ぶべきことがあるというのは、内橋さんたちが出した本にもあったし、とりわけ目新しい視点ではないかもしれない。しかし、いろんな人がさまざまな視点で書くことには異論はない。

 ぼくが気になったのはここで引用した部分。

 <日常生活は単なる「生存」「再生産」ではもうない>と廣瀬さんは書くのだが、<日常生活は単なる「生存」「再生産」>でもいいのでないかとぼくは思う。単なる「生存」「再生産」がもっているはずの豊かさがもっと見なおされなければならない。生存や再生産という日常生活が本来、持っていたはずの豊穣さが新自由主義、もっと言えば資本主義に奪われている。それを奪い返そうとする、そこに社会運動がある、という風にも言えないだろうか。そのことが「社会運動は日常生活の『ただなか』で行われる」ということになるはずだ。

 そして、その社会運動は職場にないわけではない。労働運動は、職場の中に<も>存在すべきなのだ。社会運動としての労働運動が日常生活から切り離されているとしたら(確かに日本では一般的にそうなのだが)、そのことが問題なのだ。廣瀬さんの言い方を借りれば、労働運動は「生きること」自体とつながることを抜きに、その再生はありえないだろうし、また、逆に言えば、「生きること」自体とつながるものとして労働運動が再生される必要があるのだと思う。

 また、最後から二つ目の文章で
==
もはや妄言でしかない「完全雇用」という偽りの理想のかなたにこそ、「生きること」自体のなかに創造性を取り戻すための地平がある。
==
というのだが、ここで廣瀬さんが何を言いたいのかも、ぼくにはよくわからない。

 仕事がない人がいる一方で、文字どおり死ぬほど働かされる「正社員」がいる。何を指して、ここで「完全雇用」という言葉が使われているか、よくわからないのだが、過労死と失業のアンバランスは政策で正せる部分が少なくないはずだ。正規雇用を求めるものに、もっと正規雇用があっていい。それはもちろん、「社畜」のように働かされるのではないものとして。 確かに、雇用だけが労働ではなく、半農半Xというようなものを含めて、多様な働き方はある。それを否定するわけではないが。

 ただ、<「完全雇用」のかなたにこそ、「生きること」自体のなかの創造性を取り戻すための地平がある>というように、それらを対比させるのはどうかと思う。<「生きること」自体のなかの創造性>に対比させられるべきものは何か他にあるはずだというのが、ぼくの意見だ。そのあたりに、日常生活を職場をはっきり別物と捉える廣瀬さんとぼくの感覚の違いがあるといえるかもしれない。

 また、<「生きること」自体のなかに創造性>が取り戻されなければならないというのは、誰もがそれを望むことだろうか。さきほどの「生存」や「再生産」の豊かさこそが見なおされなければならない、という主張につながるのだが、「生きること」と「創造性」は必ずつながるというわけではない。言うまでもなく、それらをつなげることは可能だし、ぼくはそうしたいと思う。ローカルな日常性の豊かさに「創造性」を見出す人もいれば、「創造性」は見出せないが、落ち着いた暮らしを見出す人もいる。それはまた、それでいいと思う。

 「生きること」自体の中に創造性を取り戻す、「それこそが来るべき左翼運動の姿」だという廣瀬さんの思いはわからないでもないような気もする。これは長く左翼の運動に関わってきたものとして自省を込めて言うべきなのだろうが、日本の左翼運動は「生の全体性」をちゃんと把握することができていないようにも見える。同時に左翼だ右翼だというような運動に、本当に「生の全体性」を見ることができるのか、という思いもあるが。

 また、こんな風に言われると、長く左翼運動に関わってきたもの(かなり、いいかげんにだけどね)としては言いたくなる。じゃあ、廣瀬さんはそれをどういう場所で発言しているのかと。

 「生きること」全体を視野にいれた(ホリスティックな)運動をつくっていくために日本社会で必要とされているものは何だろう。ぼくが間違いないと思うのは「来るべき左翼運動」(ぼくは社会運動でいいじゃないかと思うが)は待っていても、向こうからやってくるわけじゃない。問題はそれをどう形成していくのかということだ。





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内 容 ニックネーム/日時
ブログへの突然の書き込みをいたします失礼をお許しください。私は、「運動型新党・革命21」準備会・「コモンズ編集局」の事務局です。
このたび、私どもは表題にありますように、「運動型新党・革命21」の準備会をスタートさせました。この目的は、迫りくるアメリカを中心とする世界の戦争と経済崩壊、そして、日本の自公政権による軍事強化政策と福祉・労働者切り捨て・人権抑圧政策などに抗し、新しい政治潮流・集団を創りだしたいと願ってのことです。
私どもは、この数十年の左翼間対立の原因を検証し、「運動型新党」を多様な意見・異論が共存し、さまざまなグループ・政治集団が協同できるリゾーム状・ネットワーク型の「運動型の党」として、推進していきたく思っています。
この呼びかけは、日本の労働運動の再興・再建を願う、関西生コン・関西管理職ユニオンなどの各労働者有志が軸になって担っています。
どうぞ、ぜひともこの私どもの歴史的試みにご賛同・ご参加いただきたく、お願いする次第です。
なお、「運動型新党準備会」呼びかけは、下記のサイトでご覧になれます。全文をご覧ください。
rev@com21.jp
革命21事務局
URL
2008/10/07 17:35

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