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zoom RSS 『〈帝国〉のアートと新たな反資本主義の表現者たち』(イルコモンズ)について

<<   作成日時 : 2009/01/16 02:07   >>

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先日の<「反資本主義/アート」 VOL 3 読書メモ その1>
http://tu-ta.at.webry.info/200901/article_10.html
の続き<「反資本主義/アート」 VOL 3 読書メモ その2>

このVOLの特集,特集なので当然いくつかの文章が掲載されている。
酒井隆史さんの「『ぼやき派』宣言」(命名はぼく)は酒井さんらしくないわかりやすい話で非常にいいし、杉村さんがインタビューの最後に「矢部君たちも警察に殴られるだけじゃなくて、」とかインタビュアーの矢部君に言ってる話とか笑えるし、ホー娘のインタビューやサウンドデモに関する話も読ませるんだけど、先日、紹介した巻頭言に続いて、紹介したくなったのが、このイルコモンズのインタビュー。
インタビューといっても、誰がインタビューしてるかわからない。

で、イルコモンズ、自分を「美術家を廃業したアーティスト」と規定して、「そのようなアノーマリーなスタンスでアートにかかわりながら、主にアクティヴィストとして活動してきました」という。このアノーマリー、たぶんノーマルじゃないってことだろうなぁと思いつつ、自信がないのでヤフーの辞書を引く。

アノマリー【anomaly】
1 変則。例外。また、矛盾。逸脱。2 変則的事実。理論では説明できない株価の規則的な現象。3 特異点。また、重力異常。磁気異常。


イルコモンズは現代アートといえば、話題になるのが村上隆の作品の値段だとかのマネーゲームの話だと怒る。
確かに村上隆の作品の値段はぼくも気になった。だけど、あのレプリカは作れそうだと思う。この際だから、村上隆風のフィギアをみんながじゃかすか作って売っちゃえばいいと思うんだけど、誰かやってる人はいないのか? んで、もっときれいに作れる職人さんもいるんじゃないかなぁ。そうすれば、あの値段の馬鹿らしさにみんな気づくはずだ。

そして、イルコモンズはネグリの『芸術とマルチチュード』から彼の芸術論を紹介する。アートが資本主義に取り込まれている現状に対して、ネグリはアートはこうあるべきというようなことを以下のように言っている(らしい)。というわけで孫引き
===
アートは集団的な力の解放を通じて、僕らの存在を乗り越えるものをつくりだすことで、資本主義の支配に対する「拒否」以外のなにものでもありえないんだ。
===

こんな風に言い切っちゃうのもちょっと違うようにも思うけど、まあ、これはこれで面白い。


で、イルコモンズはこんな風に言っている。
===
・・・いまは、転売目的や富裕層の資産運用のための道具として作品が右から左に買われている。つまり作品が与える感動や美質とは別のところで売買が行われている。これは〈帝国〉の時代のアートの不幸だと思います。こわいのはネオリベラリズム的な美意識の蔓延です。つまり「どんな作品でも、それが売れるものであればなんでもいい」・・・・
===

実は最近ヤフオクとかで美術品を買うのが趣味になりつつある人が身近にいて、その人につられて「なんでも鑑定団」とか、つい夢中になって見てしまうんだけど、アートと商品価値(≒交換価値)のこと、もうちょっと考えてみてもいいかもしれない。


で、次に気になったのが「排除のアートを創作しない国際宣言」
イルコモンズは
http://illcomm.exblog.jp/7955208/
で紹介している。
このポスターも見てほしいのだが、とりあえずテキストもここに残しておこう。
====
「排除のアートを
創作しない国際
宣言(U.D.A.C.)」
Universal Declaration of Access to Creativity or (U.D.A.C)
We the undersigned will endeavour to not create, support or produce creative or artistic works that exclude anyone on any basis, whether though a physical, mental or financial situation.

ここに署名する私たちは、
物理的、精神的、財政的状況の
如何によらず、いかなる場合にも、
人をのけものにしたり、
人をないがしろにするような
創作物、あるいは芸術作品を
制作・支援・製造しないことに
全力をあげて努力することを
ここに宣言する。
===

で、以下のページから署名することもできる。
http://www.thevacuumcleaner.co.uk/udac/

この文書、7つのグループあるいは個人の名前で宣言されている。
the vacuum cleaner | New Social Art Social | The Bridge (Stephen) | illcommonz | Doru | Raluca Enescu | Take Junichiro


そう、この宣言、「創作へのアクセスに関するユニバーサル宣言」とかいう名前にしなかったところがえらいと思う。
現状で「障害者」とされる人が入れなかったり、楽しめなかったりする美術館もまだ多いことも明記しておこう。ぼくがかかわる丸木美術館も車椅子での2Fへのアクセスも相変わらず不十分なままだ。

さて、
この宣言を紹介した後で、イルコモンズは資本主義のしたたかさを示す例として、反資本主義のアクティビズムの手法までコマーシャルに取り入れてしまう資本主義を紹介してこんなふうにいう。
===
ネグリは「アートは革命に先んじる」と書いてますが、現時点でのアートは〈帝国〉に完全に捕獲されていて、まったく革命に先んじてなどいないでしょう。それが何と呼ばれるものであるにせよ、結果として〈帝国〉に対する「叛乱」をなしとげたものが、次の時代のシーンをつくりあげていくと思います。・・・・・結果として最も見事に、そして最も美しい「叛乱」をつくりだしたものが、後からさかのぼって「アート」と呼ばれるのではないでしょうか。
===

<最も見事に、そして最も美しい「叛乱」をつくりだしたもの>がアートと呼ばれるのかどうか、ぼくにはわからないが、それをアートと呼びたい気持ちはわかる。


この後、イルコモンズはアートとビジネスとギフトエコノミーの相関関係の話にうつる。
ぼくには、ここでまた、「ところで、アートっていったい何だよ」という問いが浮かび上がってくる。イルコモンズはアートを商品にするなという。アーティストでもなんでもないぼくは、アーティストがアーティストとして食っていくためには、自らの周りにギフトエコノミー圏を成立させるしかないのか、と同情もしたくなる。イルコモンズはアートに組み込まれているギフトエコノミーを賞賛するのだが、多くはそんなに美しいものではなく、パトロンの存在があって成立するアーティストの暮らしは決して肯定的なものに満ちているわけではない。いろいろギフトしまくっているイルコモンズも最近のブログを読むと、頼まれ仕事で忙しくてふーふーいってるみたいだし。

とはいうものの、イルコモンズの
===
ギフトエコノミーから生まれるアートには、誰のものでもあり得る「コモン」になり得る条件がそろっています。アートがコピーライトの呪縛から自らを「コモン」として解放し、パブリックアートを超えるコモンアートと呼ばれるようなものになれば、そのときアートは「革命に先んじるもの」として、その輝きをふたたび取り戻しはじめるでしょうし、それを見た人が感動のあまり失禁するような、アート本来のあの魔法のような力をとりもどすかもしれません。
===
という問題提起は面白いと思う。

で、このインタビューの結語でこんなふうに言っている。
===
マーケットから遠く離れて、アーティストとアクティヴィストが手をとりあうとき、そこに〈帝国〉への叛乱の起点となる「新たな反資本主義者の表現者たち」の親密圏が出現すると、僕はそう思っています。
===


それは〈帝国〉への叛乱の起点というよりも前線というか火花を散らすあたりに存在するのではないかと思う。
ぼくのイメージでは起点はいのちや食べ物をつくり、日々の生活を営むそのあたりにあるはずだ。そう、そのへんが情動労働に重きを置く、ネグリ/ハートへの違和感でもある。

ともあれ、面白いインタビューだった。


P.S.
読み返して、岡本太郎の話が抜けてることに気づく。
これはこのインタビューのポイントでもある。
ま、興味のある人は読んでほしい。


P.S.2
これを書いてるときのBGMは
http://www.myspace.com/illcommonz
から。



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コメント(5件)

内 容 ニックネーム/日時
資本主義のおおもとが
私有財産の無査証な肯定にあるとするなら

アートが
アーティストに属するかぎり

資本主義からの脱却を
アートにもとめるのは

むつかしいだろう と

ギフトなる概念に
思いをめぐらせていて

ふと
思いあたりました。
cana
2009/01/16 10:49
たまに読ませてもらっていますが基本的に通りすがりのものです。

つるたさんはご自分のことをものすごいインテリだと思っているのが文からビシビシ伝わってくるのに必ず「工場労働者」と付け加えていますよね。ご自分でもいい訳に使える、とおっしゃっていますが、豊かな日本でぬくぬく育ち、義務教育は最低でも受けたはずの私たちが工場労働者というタイトルを自分の知識が中途半端なのを突っ込まれないためのカバーとして使うことのグロテスクさを感じてるのは、私だけでしょうか。

お気に召さないでしょうから削除してくださっても結構ですけど、昔はいってたメーリングリストであなたのメッセージを開けてしまうたびに何だかハラスメントを受けたような感覚がありました。
とおりすがり
2009/01/28 06:49
とおりすがりの人に呼びかけても、振り返ってもらえるかどうかわからないのですが。

自分では自分のことをインテリだと思ってるつもりはないんだけど、そう感じられてもしょうがないくらい生半可に知ってることを振り回すことはあるかもしれないなぁと感じました。

だいたい、このブログの目的は生半可に知ったことを忘れないための備忘録でもあるのですから。

ぼくの存在と発言からハラスメントを感じる人は他にもいるのだと思います。直接、ぼくにわかるように言われたことはないんですが。

知識が中途半端なのは確かです。だけど、中途半端でいいじゃん、と思ってるのもまた事実です。

で、書かれていることで、違うと思うのは、ぼくは突っ込んでほしいと思ってるのです。突っ込まれたら、また、そこから考えることができます。

難しいことはわからないことが多いし、それを始めに誰が言ったかとかいうことにはあまり興味がないのですが、気持ちよく生き残っていくために何が必要なのかということは考えたいと思っているつもりなのですが。

tu-ta
2009/01/28 07:54
とおりすがりのわたしのような者に応答していただいてありがとうございます。

気持ちよく生き残る。誰もがそうしたいと思ってると思います。

でも、知識人でしかない知識人だと知識を使って何ができるのかを自分にも外にもきちんと提示しなければならないし、労働者でしかない労働者なら労働ばっかりしている自分と向き合わないといけないわけです。

あいだ にいることをそんなに強調するのなら、あいだから何ができるのか、あいだだからこそ何ができると思ってるからこそ「工場労働者」という名前を自分のもちもののように見せ付けるのか。それがわからないのです。

工場労働者としてPPあたりのインテリとかお坊ちゃまに何かを訴えたいのならそのメッセージをもっと明確にされたらと思ってました。
とおりすがり
2009/01/28 18:06
ここでのやりとりを
http://tu-ta.at.webry.info/200910/article_24.html
で紹介させてもらいました。
そこにコメントも少しあります。

とおりすがりさんが見ることはないかもしれませんが。
tu-ta
URL
2009/11/10 18:22

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