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zoom RSS 「家族神話」があなたをしばる<読書メモ>

<<   作成日時 : 2009/01/18 14:09   >>

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いろいろあって、回ってきたので読んだ本。
興味深い記述を少しメモ


「家族神話」があなたをしばる
元気になるための家族療法
斎藤学(さいとうさとる)
NHK出版生活人新書(2008年7月)

斎藤学さんは精神科医で「依存症」および「家族機能不全」の第一人者(本の著者紹介から)

この本の目的を「はじめに」でいくつか紹介している。
「とかくこの世は生きにくい」と思っている斎藤さんの本の読者をエンパワーするため、
斎藤さんの治療を受ける人(問題を抱えていると思われる人の家族を含む)はある意味での弱者だが、その人たちはそれなりのパワーを備えているのに、そのパワーを活用できていない、その理由のひとつが家族神話へのとらわれなので、この本を書いた
という。

そして、こんな風に書く。
===
 私は「病気は皆さんのパワーの表現です」とか「何かに役立っているから病気が続くのです」と言い続けてきました。皆さんの問題はパワー不足にあるのではない。病気なり愁訴なりを抱える現状を変えようとする勇気に欠けているだけです、と。
===

この本の中心は臨床のエピソードにあるのだが、そこは飛ばす。

彼はメンタルの問題とスピリチュアルの問題の区別を説く。
アルコール依存もギャンブル依存もメンタルの問題ではなく、「霊性(スピリチュアリティ)の未発達の問題こそが、ふだん私が接する人たちの問題として、扱われる領域なのです。そのことを曖昧にしておくから、おかしなことになってしまうのだと思います」という。

つまり、問題を抱えていると言われる本人が「渡る世間は鬼ばかり」だという物語を抱えていたら、その物語を変えることが治療だと。精神医学のつける「境界性パーソナリティ障害」とかいう病名や「鬼ばかり」物語は精神科医にとって便利であっても、それを悩む人の役には立ちません、とまで言い切る、「精神医学的な判断に意味があるのは、薬を使って効果があるかどうかと予後の予測をするときだけです」と書く。

抗うつ剤でギャンブル依存や過食症を5割くらい止めることができるが、止まるのは2,3日だけだと。(抗うつ剤がギャンブル依存に効く場合もあるが、そうした人は問題行動の基盤に本物のうつ病があったから)

ギャンブル依存の人がギャンブルを続けていたり、過食の人がそれを繰り返していたら、スピリチュアリティの発達はない。しかし、問題を繰り返している人にスピリチュアリティも何もないので、薬で症状が緩和するかどうか見るが、「障害」にばかりこだわって、スピリチュアリティのほうを全然見ないでいると肝心なことを取り逃がすという。

そこで、最初の12年はいい子だったのに問題行動を繰り返すようになった22歳の女性の例をだす。
彼女自身が言う人生前半の栄光と後半の地獄という物語、その物語について自分で語り、物語を作り、物語を転換していくこと、これはメンタルの治療の問題ではなく、スピリチュアリティのエンパワー(自分の持っている力に自分で気づく)のプロセスなのだと。


また、療法におけるモダンとポストモダンという話が興味深い。

家族をシステムとしてとらえ、それを観察し、歪んだコミュニケーションを修正するという目標のもとに効率のよい方法を考えるというような80年代に流行したモダンの手法を紹介し、その手法にも優しい面もあることを紹介した上で、斎藤さんは治療におけるポストモダンを提起する。

セラピストがなんでも知っていて、解決法をクライエントに指示するという姿勢への批判から、以下で紹介するような手法を紹介する。

===
・・・治療者は家族に、問題について語る「場」を提供するだけにして、その語りの変化を促す役割をとればいいのではないかと考える人たちが出てきました。問題解決の方法は、その問題の担い手にしかわからない。ある事情があって、この「智恵」の所有者は自らが知っていることを理解しようとしない。だからこそ解決を「専門家」なるものに委ねようとするわけですが、会話する場所を適切に設定できれば、彼らの話は移り変わり、やがて当初「問題」とされていたことが話題にさえのぼらなくなってきます。
===

そして、
===
セラピーは、問題を構成し持ち込んでくる側(クライエントたち)の言い分(ナラティブ)とそれを聞き取る側(セラピスト)の交流そのものとなり、その語り合い(これもナラティブ)が変遷していくうちに「症状を含む言葉」が優勢でなくなったときに、既にクライエントたちが症状(問題)といっていたものは他の問題の中に溶解してしまっている
===
と書くのだった。



これをちょっと世界システム論に援用してみたいという誘惑にかられる。
===
世界をシステムとしてとらえ、それを観察し、歪んだ世界を修正するという目標のもとに効率のよい方法を考えるというようなモダンの手法に対するポストモダンを提起。

専門家や研究者や活動家がなんでも知っていて、解決法を民衆に指示するという姿勢への批判、

専門家や研究者や活動家は民衆に、問題について語る「場」を提供するだけにして、その語りの変化を促す役割をとればいいのではないか。問題解決の方法は、その問題の担い手にしかわからない。ある事情があって、この「智恵」の所有者は自らが知っていることを理解しようとしない。だからこそ解決を「専門家」なるものに委ねようとするわけですが、会話する場所を適切に設定できればいい
==
という風にも言えそうだが、どうだろう。



話を戻そう。

斎藤さんはナラティブに対比する言葉はストーリーであるといい、それは因果論的でリニアな連鎖で構成されているが、そこではどうしても「基本的かつ構造的な問題」というものが想定されていて、個々の論理はこの問題から紡ぎだされるよう考えられる。

その「基本的かつ構造的な問題」という大きな物語を相対化しようとするのがナラティブ論だという。その大きな物語の例として、マルクス主義やフロイト主義をあげる。ナラティブ論はこうした手法の行き詰まりを解こうとして生じた脱構築や社会構成主義などのポスト構造主義哲学の影響を受けながら発達したという。

このポスト構造主義の見取り図はわかりやすい。

そして、ポスト構造主義の行き詰まりから、再びグランドセオリーのようなものを求める動きもでているようにも思う。

「基本的かつ構造的な問題」は確かに存在する。それとそれに回収されないナラティブをどう重ねていくのかということが問われているのではないか。

これから求められているのは、ナラティブを大きな物語に回収してしまわないような「基本的かつ構造的な問題」の見取り図と言えるかも知れない。



ともあれ、斎藤さんはここで、家族療法における戦略派からナラティブ論までの変遷を語るのはこの本のテーマではなく、それは参考文献を読めというのだが、ここで提出されている見取り図はぼくにはとてもわかりやすいものだった。


で、ここから「治療者無力の処方(宣言)」が紹介される。
現在では「ミーティングにおける気づき」などが彼の中心的な手法になっているようだ。

ここで、気がついたのだが、この本の著者紹介には「家族機能研究所所長」という肩書きはあるが、彼が現在経営しているクリニックの名称や連絡先は書いていない。現在以上の患者を見ることができないということなのかとも思った。



最後の章でエンパワメンとに関する13のステップが紹介されている。
この斎藤さんのエンパワメント論、以前、ここでも紹介した森田ゆりさんのそれ
http://tu-ta.at.webry.info/200810/article_12.html
http://tu-ta.at.webry.info/200810/article_19.html

と非常に近いものを感じる。


また、
==
「障害」にばかりこだわって、スピリチュアリティのほうを全然見ないでいると肝心なことを取り逃がす
==
という斎藤さんの主張を障害学はどう読むか、という問いの立て方もある。
ここで斎藤さんが提起するスピリチュアリティの問題を障害学はどうとらえるか、スピリチュアリティの障害というような言説がなりたつのか。「障害」という問題の「近代的(モダン)」な捕らえ方を超える方向を越える従来とは違うアプローチのヒントもここに含まれているように思う。

社会運動とか障害学とか、いろんな意味でも、なかなか面白い本だった。






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