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zoom RSS <「拒否」して貰うのは筋違い>への反論

<<   作成日時 : 2009/02/06 20:51   >>

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なんだか、書く気がせず、間隔があいてしまった。

以下に脊髄反射的に書いてしまったあるブログへのコメントを転載。


けっこう尊敬して、読ませてもらっている「安原和雄の仏教経済塾」というブログがある。
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/
そこには以下のようなコピーがついている。
===
「もっともっと欲しい」の貪欲の経済から、「足るを知る」知足の経済へ。あと10年で日本はどこまで幸せをとりもどせるのか、考え、提言し、みなさんと語り合いたいと思います。
===
これにはまったく異論がないのだが、2月2日の「定額給付金反対者は寄付を!」
http://kyasuhara.blog14.fc2.com/blog-date-200902.html
というエントリーには強い違和感が残ったので、思わずコメントを書いた。
あわてて書いたのでちゃんと推敲もできてないが(いつものことでもある)、そのまま以下に転載。
最後にちょっとだけ付けたし。


===
この政策は有効じゃないと思うし、本当に困っているところに届くような政策を打ち出すべきだと思っているので反対です。
配るために、莫大な予算を使うこともおかしいと思います。同じお金を使うのであれば、課税最低限度を下げるとか、本当に困っている貧乏人に厚くする方法は、いくつかあると思います。

でも、それが決まってしまって、反対してるから貰うのがおかしい、受け取る資格がないとは思えません。

ぼくが貰わないことで浮いたお金が有効に使われるとも思えませんし。

増税に反対しても、取られるときは取られるし、また、必要だと思える税金が廃止とか減額されたら、それに従うしかないのと同じことではないかと思うからです。確かにそれはそれ以外、選択がないということでもあり、それは話が違うということであれば、以下のような例もあります。

「反対するものには、その給付を受ける資格がない」という論理がまかり通るとしたら、例えば、「障害者自立支援法」というぼくも反対しているし、多くの障害者も反対して、現状では見直さざるを得なくなっている制度から給付を受けることはおかしいという話にもなりかねません。反対しているおかしいと思える制度からの給付を受ける例は出していけば枚挙にいとまがないと思います。

反対だけど、もらえるものはもらうというのは日常を生きている庶民の生きるずうずうしさでもあり、そのことで倫理的な高みに立って非難されても、開き直るしかないなぁと思います。

正直、貧乏人として1万2千円欲しいのです。もらえたら自分の金として使っちゃうか、それとも、呼びかけて、みんなで麻生や自民党が嫌がることに使うのがいいのか、悩んでします。ぼくは反対だけど、貰えるものは貰います。

大切なことは制度には反対だけど、貰わざるを得ない人を向こう側に追いやるのではなく、貰っても、やなものはやだ、その制度に景気浮揚の効果なんかないし、いまの政権には反対だという風に人々を仲間に組み入れていくことではないかと思います。(欲しいからこんなこと言ってるというのも否定できませんが(笑))

この制度に賛成でも反対でも、もらってももらわなくても、おかしいものはおかしいといい続ければいいのだと思います。

もちろん、「肝心なことは財政・税制の根本的な組み替え」という意見には異論はありません。その通りです。安原さんの普段の主張どおり、成長や拡大を求める政策には終止符を打つべきです。それはお腹がすいていても倫理的におかしいものはおかしいと、給付を拒否できるりっぱな人だけでなく、市井の人々とともに追求すべき政策だと思っています。

あわてて書いた雑駁な意見なので、変なところもあるかもしれませんが、とりあえずここに書いておきます。

==転載ここまで==

安原さんはタイトルで「反対者は寄付を!」と書いているが、中身では「貰う資格がない」と書いている。そのあたりの論理はよくわからないが、どうも「貰っても個人的には使うな」と書いているのだと思う。そういう意味ではこのぼくのコメント、ちょっと的を外した部分もあるかもしれないが、ぼくは(ぼくを含めて)反対してた人が個人的に使って悪いとは思わない。個人的に使うことが魂を売るような行為だとも思えない。でも、ただ個人的に使うのは面白くないから、みんなでこれを決めた人たちをギャフンと言わせるような使いかたができれば面白いと思うんだけど、何かいいアイデアはないかなぁ。でも個人的にも使いたい。分けて、両方っていう方法もあるかも。




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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
わたくしは
この安原さんと

ほぼ
同意見です。

わたくし
自分の預貯金は

まるでございませんが

もらいたくないものは
もらわない

けれど
拒否権なく
おしつけられるのであれば

自分のためには
つかわない

それくらいの
矜恃は

保ちつづけたく存じます。

もらったお金を
どうつかうかは、自由ですし

したがって
政府にも

よそさまにも
口をはさんでいただきたくございません。

ひとさまのお金のつかいかたにも
口をはさむことは、控えたく存じます。

わたくしは
そのように考えております。
cana
2009/02/07 05:24
canaさん
コメントありがとうございます。

安原さんの「反対する人はもらうべきではない、個人的に使うべきではない」という意見は確かに倫理的に優れているようにも思うのですが、倫理的に正しいことは、けっこう窮屈だったりもするのです。反対だから受け取らないという人をぼくは否定しませんが、反対してる奴が個人的に受け取るのはおかしいと非難してしまうのは違うと思うし、反対してても、目の前の人参に吸い寄せられ、しかし、人参を配った奴の意のままにはならないとする、そういうしたたかなありかたもまた大切だと思って欲しいと思うのです。(人参に吸い寄せられる愚かな人間のひとりとして)
tu-ta
2009/02/09 18:51
定額給付金を
うけとるか否か の、問題が

倫理的にすぐれていることに
つながるのかどうか は

cana には
判断がつかないです。

個性・・・というのか

行動の指針を
どこにおくのかのことなりではないか と。

まっとうな手段と
みとめられた方法でなら

お金を得る自由は
資本主義社会では、あたりまえですし

お金をえることが
キモチイイ

自分のために
お金をつかうことが
キモチイイ というのは

とうぜん
資本主義的市民社会において

みとめられる自由でしょう。

お金を
自分のためにつかうことの

ほかにも
キモチのいいお金のつかいかたがある

そんな感性も
資本主義的市民社会では

同様に、みとめられるべき
自由であるように

金をだすなら
口もだす

金はださないけれど
口はだす

金はだすけど
口はださない

いろんな行動様式が
お金についてもありますね。
cana
2009/02/10 07:18

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