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zoom RSS 『マルチチュード』の序論メモ

<<   作成日時 : 2009/02/24 04:03   >>

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先日、案内を載せた講座
「もう一つの世界への道を探る」
http://tu-ta.at.webry.info/200902/article_2.html
のテキストになっている『マルチチュード』の序(「共にある生――グローバル民主主義に向けて)はこんな風に始まる。

====
今日、地球規模で民主主義を実現する可能性が、まさしく初めて現れ出つつある。本書はその可能性と、私たちが「マルチチュードのプロジェクト」と呼ぶものについての論考である。
===

戦争、紛争に明け暮れ、民主主義が回復不可能になってしまったように見える。そんな時代だが、「民主主義が今以上に強く必要とされる時代もかつてなかった」とネグリ・ハート(以下、NH)は書く。「交戦状態にあるこの世界に蔓延する恐怖や安全性の欠如や支配から抜け出すための道筋は、民主主義をおいてほかにない」というのだ。

そこでいわれている民主主義とは何なのかということが問題になる。「自由な」選挙がおこなれていることを民主主義と呼ばれたりするが、いくらなんでも、それだけじゃないだろう。「地球規模の民主主義」、それはいったい何か。
とりあえず、この話については序ではそれ以上触れられない。(あとで出でくる)

この序の中で「マルチチュードとはいかなる概念か」という節がある。その冒頭にこんな風に書かれている。
「本書では〈帝国〉の内部で成長する生きたオルタナティヴ、すなわちマルチチュードに焦点を合わせる」
マルチチュード、先の〈帝国〉で縷々わかりにくく説明された概念だ。(とりあえず、ぼくの理解力の問題は脇に置く)

マルチチュードの説明の前にグローバリゼーションの説明がある。グローバリゼーションを思い切って単純化すると、二つの側面があるという。
==
ひとつは、〈帝国〉が、支配と恒常的な対立という新しいメカニズムをとおして秩序を維持する、階級構造と分裂に彩られたネットワークをグローバルに広げていくという側面で
==
これは〈帝国〉が現状の秩序を維持するための機能ともいえるか?

で、もうひとつの側面について、著者たちは「グローバリゼーションには、国境や大陸を超えた協働と協調の回路を創造し、無数の出会いを生み出すという」という。そして、「違いはそのままで、互いにコミュニケートし、いっしょに行動できる〈共〉性(*1)を見出す可能性が生まれている」としている。

〈共〉を見出す可能性があるから、「マルチチュードもネットワークとして考えることができ」それは「あらゆる差異を自由かつ対等に表現することができる開かれたネットワーク」で「私たちが共に生きることを可能にするネットワーク」だと著者たちは書く。このあたりには、かなり強烈な違和感を抱く部分が隠されているように思う。この違和感、武藤さんに影響されている部分は少なくないのだが、マルチチュードという問題の立て方をするかどうか、というよりも、そのネットワークがあたかも自然に手に入るように書かれていることへの違和感である。そのネットワークは社会運動の不断の努力がなければ自然には発生しない。それも、それを作ろうというかなり意識的な努力がなければ作ることができないネットワークなのではないか。また、それを誰がどのように形成するかということが問題になる。

で、この部分に続いて、マルチチュードという概念の説明がなされる。
NHはこれをピープルやマス、労働者階級と区別する。

そして、マルチチュードのもつ二つの特徴を記述する。
インターネットのような分散型ネットワークがマルチチュードのモデルだという。
1、さまざまな節点(ノード)がすべて互いに異なったまま、ウェブの中で接続されている。
2、ネットワークの外的な境界が開かれているので、常に新しいノードや関係性を追加できる。


(*1)
この「〈共〉性」という言葉に訳注がついている。
===
〈共〉性 commonalityの訳、「マルチチュード」と並んで本書のキーワードのひとつとして全編に登場するのが、commonという用語である。これは形容詞(common 〜)として用いられる場合には「共通の」・・・・等と訳すことができ、名詞(the common)として用いられる場合には・・・と訳すことができるが、ここではそれらすべての意味を込めて〈共〉的、〈共〉という訳語をあてることにした。
===
ちなみに、この〈共〉についてはこの説の直後で説明されている。

これ、一般的にはザ・コモンズというように複数形で用いるところだが、それだと前資本主義的な共同・共有関係を指すから、これが過去への回帰ではなく新たな展開であることを強調するために、ザ・コモンというぎこちない単数形を用いるという。このあたりにNHの心情がでている。何が何でも〈帝国〉を貫徹し、そこを突き抜けなければならないNH。ローカルを再び重要視したりすることは嫌いなNH。当然、コモンズを重視するというような言い方は嫌いだから、あえて「ザ・コモンというぎこちない単数形を用いる」ことになるのだろう。


また、序論で留意すべきなのは、NHがこの本について説明している以下の記述だ。
===
 心にとどめておいていただきたいのは、本書が哲学書だということである。・・・戦争を終わらせ、世界をもっと民主的なものにするための取り組みの事例を数多く示していく。しかし、だからといって、本書に「何をなすべきか?」という問いに答えたり、具体的な行動プログラムを提示したりすることを期待しないでいただきたい。 ・・(中略)・・  実用的な政治プログラムにとりかかる前に、まず今日の世界において民主主義とは何を意味するか(あるいは、意味しうるか)ということをじっくり吟味する必要があるのだ。
 本書のおもな目的は、新しい民主主義のプロジェクトがよって立つ概念的基盤を打ち立てることにある。・・・・
===


いろいろ不満な点が多いNHの論ではあるが、このマルチチュードの序論の最後のほうで書いている以下の部分はけっこう好きだ。
===
マルチチュードはブルジョアジーやその他の排他的・限定的な階級形成とは対照的に、自律的に社会を形づくる能力を持つ。これこそが――本書で明らかにするとおり――マルチチュードによる民主主義の可能性の中心をなすものである。
===

じゃあ、それはどのように、という問いは必然的に沸いてくるのだが、それは前に書いたとおり禁じられている。


武藤さんが、NHの著述に大きな違和感を持ちながらも、《誰が、どのように、現状のようではない、「もうひとつの」世界を可能にできるのか》、という問題意識から、彼らの著作を手がかりに、その問いに答える道を探そうとするというPP研での講座の趣旨はこの本の序文から読み取ることができるように思う。





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