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zoom RSS ヘンでいい。  読書メモ その3

<<   作成日時 : 2009/04/28 04:43   >>

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ヘンでいい。  読書メモ その1
http://tu-ta.at.webry.info/200904/article_13.html

ヘンでいい。  読書メモ その2
http://tu-ta.at.webry.info/200904/article_14.html

の続き

読書メモ その2で
「いちばんメモしたかった部分はここに書いたエンパワメントの話と社会変革の話」と書いたが、社会変革の話はまだ続いているというか、この先でそれに対する斎藤さんの考え方が明確に提示されている。

栗原さんは「この社会を支配しているゲーム」から降りることをみんなが恐れているが、この勝ち組も負け組みも幸せにしていないシステムが「限界にきているんじゃないか」と指摘する。それに対して、斎藤さんは、その限界が認識されつつあるという動き全体を肯定的につかもうとする。しかし、同時に、現状のスポット派遣のような非常に過酷な働き方のなかでクリニックにくることになった人について、マグマがたまっていて、いつか絶対レボリューションに行っちゃうそういう人たちをクリニックで従順な労働者にして返すみたいなことをやってもだめだという。そして、そういう「マグマがたまっている状態で、それはどこかでやっぱり、地すべり的な変化を起こしていくんじゃないかと思う、それがどういう形になるか、ちょっとわからないんだけど」という。152〜3p

それに対して栗原さんはカタストロフが生じるのはいやだからと、オルタナティブな選択肢(生き方、働き方、コミュニティ通貨など)をたくさん作る必要をいい、「さいとうクリニックもオルタナティブな治療のあり方でしょ」と振る。斎藤さんはそう振られて、以下のように答え、対話は続く。

===
斎藤 街医者の目線で見ると、そういう問題がどうしても見えてきて、個々の患者の問題だけ見ていても解決できないところがあると思っている。だけど、私は、大きな論理で物ごとを見ることには、さんざんいやな思いをしているんで、フロイト以来ね。
===

フロイトはともかく、社会運動を体験してきたぼくも、確かに大きな論理や大きな物語のいやなところはいっぱい見てきた。大きな論理に現実をあわせようとすると歪みはでる。メインストリームの大きな論理の中で歪みとして切り捨てられる側の痛みや叫びが社会運動の原点でもあったはずなのに、別の大きな論理を持ってくることに無理があるのか、とも思うのだが、やはり、じゃあ、この社会をどうしていけばいいんだ、というようなことを見通せるグランドセオリーみたいなものが欲しいと思ったりもする。いわゆる東側、社会主義体制が崩壊した後、多くの人がグランドセオリーの不在を感じる中でネグリ・ハートがでてきたっていうこともあるんじゃないかと思う。

大きな論理や大きな物語を抜きにして、こうあってほしいと思えるような社会をめざすことができるのか、「こんなのはもういやだ」という叫びを肯定的な社会の変革につなげていきたいと思うのだけれども、「社会の変革」ということ自体がすでに大きな物語だったりする。大きな論理と大きな物語をわければ解決するだろうか。・・・・。斎藤さんが「大きな論理でものごとを見ることに、いやな思いをしてきた」という話から、連想が広がってしまった。

本の対話に戻ろう。

この「フロイト以来ね」を受けて、栗原さんは以下のようにいう。
===
栗原 やっぱり、個々の人が個々の解決を一人ひとり見いだす時代なんだと思う。トップダウンで解決は与えられない。(中略)。個々の人の中に解決できる力があるというエンパワメントのやり方が一番有効だと思うんだよね。それが破壊的な形やアンチじゃないもっと別の、いままでにない新しい動きをつくっていく原動力になっていく。少しずつではあっても、そういう新しい働き方や生き方をする人が増えているという手応えはあるのね。 
===

「トップダウンで解決は与えられない」というのはいうまでもない話なんだし、一人ひとりの中に力があるというエンパワメントのやり方もとても大切だと思う。でも、こんな風に書かれてしまうと、あまりに「個」に偏りすぎているんじゃないかと感じる。関係の中でしか一人ひとりの尊厳はありえないとすれば、解決を発見するプロセスは共同性の中にあるということもできるのではないか。解決のあり方を個々が見出すというよりも、個々の気づきの中でともに見出していくというプロセスがより大切なんじゃないかと思うわけだ。そして、社会運動の負の側面がこんな風に「アンチ」をいうことに否定的な人をたくさん作り出してきたのだけれども、問題はそこにあるわけじゃない。ジョン・ホロウェイがいうように出発点は明確な言葉にならない叫びやいらだちだ。だとすれば、「アンチ」は「アンチ」としてきっちり表現していくこと、その上でなにか新しい動きも必要になってくるのだと感じる。それは「アンチ」と切断されたところにあるわけではないはずだ。

(追記:栗原さんはあとのほうでこんなことも書いている「いろんな人の気持ちがわかりつつしかも怒りや違和感をごまかさないで、それを自覚しつつその不安的な宙吊りの中でも自分を保って生きるのが人間としての成熟なのかなと(以下略)」)

ともあれ、この栗原さんの応答に斎藤さんは「社会的な提案として言えることはひとつだけある」と答える。とりあえずここで斎藤さんは「ひとつだけ」というのだが、どうも本当はけっこうたくさんの「社会的提案」をもっているように思えないわけでもない。

で、その「ひとつだけ」の社会的提案とは「家族の形態をもう少し多形的なものにしていくってこと」「(家族の)多様化を後追いする形で、その中のお母さんと子どもの世帯をもう少し保護する形を政策的に打ち出していく」こと。で、「もっと言えばさ、個々にマンガ喫茶なんかで夜を明かしている人たちが、たとえばセルフヘルプグループみたいに集まるような……。」 と言っている。   154〜5p

ぼくもそういう新しい親密な空間を作っていくことは大切だと思う。問題は、じゃあそれをどう作っていくのかということにある。現状でポツポツ始まりつつあるコ・ハウジングのような動きを広げること、そのためのサポートみたいなことはもっとあっていいと思う。そして、同時に新しい親密な空間を作っていく上での流儀のようなことも考えていかなければ、やはり少しすれば息苦しい空間がひとつ増えただけということになりかねないかもしれない。


あと、興味深かったのが「そのままでいい」というのと「お前らには変えていく力がある」ということの関係。ちょっと見、まぎらわしいところがあるが、「自分の肯定」は必ずしも「自分の現状の肯定」ではない。コマーシャリズムで流れる「あなたはあなたのままでいい」という耳障りのいいメッセージが自分の現状を肯定せよという風に使われているようにも思える。ちなみに栗原さんは「あなたはあなたのままでいい」という表層だけのそういう言葉を聞くと、それは自分で見つけることだから人から言われたくないんだよって逆に腹が立つという。
それから、やっかいだなぁと思ったのは「お前らには変えていく力がある」というのはえてして、「お前にはできるんだからがんばれ」っていうのに転化しやすいっていうか、言外にそういう風に言っていると聞こえることだ。だからこそ、大切なのは、「自分には力がある」ということを他者から言われることではなく、自分で気づくプロセスということになるのだろう。

そこで、面白いのが栗原さんが紹介しているネットの斎藤学コミュニティでの元患者の「斎藤先生にはまるで治してもらえませんでしたが、自分で立ち上がれるようになりました」という書き込み。栗原さんもこれにすごく同意している。ここにも「自分で立ち上がる」プロセスの大切さが表現されてるように思う。

そこで思い出したのが、晏陽初 Yen Yang Chu ジェームズ・イェンの以下の詩

===
Go to the people
      Dr. James Yen
Go to the people
live among them
learn from them
start with what they know
build on what they have
teach by showing
learn by doing
not a showcase but a pattern
not odds and ends but a system
not relief but release
of the best leaders
when their task is accomplished
the people all remark
"We have done it ourselves"
===
http://www.hinocatv.ne.jp/~micc/Iro/a46Gotothepeople.htm
色平さんのサイトから拝借



今日も疲れたからここまで。読み返すのも疲れたので、たぶん間違いはいっぱいある。
この読書メモも中途半端な感じはあるが、たぶんここで終わり。





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