今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS 『人と出会うこと』ジャン・バニエ著 読書メモ

<<   作成日時 : 2009/04/14 04:25   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 1 / コメント 0

どこかで偶然、こんな本が発行されていると知り、セブンイレブン経由で購入。
2004年アイルランドのロンドンデリーでのシンポジウム「他者と出会う」での講演の記録とのこと。

日本語版がでたのは昨年10月。本というよりもパンフレットという感じの70p。

「まえがき」に書かれているような、あたかも「一人ひとりの心のなかで成熟させていく」ことで平和が訪れるというような書き方には違和感が残る。確かにシステムを変えるだけでは平和は永続しないだろうが、システムを変えなければ、人の心もなかなか変わらないだろうと思う。問われているはその両方の変革ではないかと思う。


2章のタイトルは「ハンデをありのままに」というもの。
その章の扉の裏にこんな文章がある。
===
ハンデをもつ人びとにわたしが惹きつけられてきたのは、人生にときおり起きる神秘のひとつです。彼らと暮らし、分かち合い、笑い、格闘し、祈り、働くことをとおして、わたしは変わりました。
===

 海軍を除隊したジャン・バニエは精神的ハンデをもつ人々の小さな施設のチャプレンをしている司祭から、そこのみんなと会うように勧められる。しかし、それは彼にとって気重な話だ。航空母艦の操縦の仕方や哲学の教員としてアリストテレスについても相当知っているジャン・バニエはハンデをもつ人のことはほとんど知らなかったからだ、という。どのように彼らとコミュニケートできるか気にしながら、訪ねた彼はたいそう心を動かされた。なぜなら、彼らはジャン・バニエを温かく迎えて、非常に根本的な問いをかけてきたから。「わたしのこと好き? わたしのことを大事に思う?」「なぜわたしはこんなふうなの? なぜパパやママと暮らせないの?」などの問い。その問いに簡単に答えてはいけないと思ったと感じたジャン・バニエ。その後、彼は障害のある人と暮らすことになる。

 いっしょに暮らして多くのことを学び、彼らの心の痛みをこの目でみたという。

 ブラジルのある施設で40ものベッドでいっぱいの小さな部屋に入ったが、誰も泣いていない。子どもが40人もいて誰も。そして、彼は気づく。子どもたちがうつ状態にあることを。子どもが大声で泣くのは誰かが聞いてくれると思うから。そして、わたしたちが生きている現代はうつの人であふれているとジャン・バニエはいう。うつの人が増えている話はヘレナさんもしていた。心を開くことが難しい時代だからだろうか。

 このブラジルの話の後で、「よい話」も紹介している。スペシャルオリンピックで優勝したいと願っている青年、100m走にでられることになり、そのレースですごい勢いで走っていた。でも、いっしょに走っていたひとりが転ぶ。すると、引き返し、彼を立ち上がらせいっしょに最後にゴール。
この話にジャン・バニエは以下のようにコメントする。
「他者とともにあるために、賞をあきらめる覚悟がわたしたちにあるでしょうか。よく考えてみなければなりません。わたしたちは勝ちたいのか、それとも他者とともにありたいのか。富めるものと貧しいもの、権力をもつものともたないもの、抑圧する側と抑圧される側の隔たりは、なぜ広がっているのでしょう。(中略)こうした、脆く、傷つきやすく、苦悩している人々は、わたしのなかのもっともよき部分を明らかにしましたが、それと同時にもっとも恐ろしい部分もあきらかにしました。ハンデをもつある人々の苦痛は、わたしの苦痛をも呼び覚ます、と気づきました。
 わたしたちが変わらなければならないのは、内面に大きな緊張と利己心を抱えているからです。わたしたちは世界をとおしてしか見ない。つまり、自分が傷ついていたり、困難を抱えていたり、偏見があったりすると、それにとらわれてしまって、神のように人々を見ることはできません。自らが解放されれば、ハンデをもつ人たち、異文化の人たちを、神の目で見られるでしょう。(中略)わたしたちは皆、恐れと偏見を抱いています。大切なのは、そういう怒りや暴力がどこから生じ、それをどう扱っていくか、です。恐れや憎しみをポジティブなエネルギーに転化するには、どう自分を変えなければならないのか、それが重要なのです。長い道のりです。」

わたしたちは競争するように教育されてきた。いっしょに走っている人を起こすためにメダルをあきらめるという行為をときに賞賛するにしても、場合によってはそれは「知恵が足りないからだ」と見ることもあるかもしれない。いろんな意味での競争を優先して、倒れている人、飢えている人、病んでいる人、障害のある人、異文化の人が忘れられる社会のなかで、そういう人とともにいることを選択できるようになりたいと思う。

そういえば、今日、恐ろしいニュースを聞いた。あのカルデロン一家の問題で彼女が住んでいる家の周りを彼女がその時間もいたという学校の真横を排外主義者が「出て行け」というデモをしたという。
http://www.nikkanberita.com/read.cgi?id=200904120944090

日本にもついに移民への排外主義の運動が本格的に始まったのか、ま、この話は別に書こう。


他に印象に残った記述もメモ
アウシュビッツで29歳で亡くなったエティ・ヒルサムという若い女性の日記、ゲシュタポの若い隊員からどなられたときに日記にこう書いた「わたしは怒りを感じるよりも、むしろ真の哀れみを覚え、こう尋ねたかった。よほど不幸な子ども時代を過ごしたの? ガールフレンドにふられたの?」
ぼくも似たような言葉を口にすることはできるし、することもあるけれども、それは「真の哀れみ」だけじゃないようにも思う。もっとどろどろした感情がその言葉に張り付いてしまう。

また、ルワンダやアイルランドやパレスチナのコンフリクトについて触れた部分では、「受けてきた傷について語り合う」という手法が紹介されている。
===
・・・傷つけられるとしばしば、うつに陥ったり、暴力を振るったりします。激しい怒りと悲しみのうちに閉じこもるか、復習を望みます。けれどもときに人は決意します、
「こんなことが続いちゃいけない。どうにかしなくちゃいけない。なんとかして分かち合える場をつくらなくては」と。
 他者に耳を傾け、相手を理解するとはどういうことか、人を動かすものは何なのか、を見いだしていくことは大切です。他の人が何に動かされているのかはなかなかわからないものです。こうしなさい、と口で言っても何にもなりません。お互いに信頼して人生の問題を話し合えるような、そんなかかわり方を見つけましょう。これがはじまりです。道のりはまだ長く、わたしたちはそれぞれの道をたどって平和への旅を続けるのです。
 ・・中略・・。長い道のりを経てゆるし合うのです。そのためには一人ひとりかけがえがなく大切で、人はだれでも変わり得る、わたしもあなたも変わり得る、と知っていなければ。「あなたが変われば、好きになれるんだが」と以前は言ったものですが、今は「あなたのことが好きだから、あなたはきっと変わるし、わたしもまた変わる」と言います。だれかに心から愛され、価値を認められ、理解され、話を聞いてもらえると気づけば、人は変りはじめます。恐怖から鎧っていた心の壁を壊して本当の自分をあらわすのです。
====

 活動家としてのぼくは、確かに一人ひとりはこんな風に変ることができると思うのだけれども、でも、それだけでいいのかとも思う。強者・抑圧者に加担するシステムの力はとても大きい。それを解除していくためには、別の仕掛けも必要なのではないか。

以下の部分はあまりにもキリスト教的すぎて、ついていけない部分なのだが、なぜだかメモしたくなった部分
===
父なる神がイエスを送り出したように、イエスもまた痛みの多い世界へわたしたちを送り出します。わたしたちが何をするために? ゆるすため。ゆるしの人となるためです。
 「そのことはもう忘れよう」ということが、ゆるすことではありません。むしろあなたが属している場で新たに関係を結び、理解を深め、互いに耳を傾け、親しくなることです。
===

 こんな風に人が人をゆるすなんてことが、どうしたら成立するだろうと思う。

このパンフレットは全編でこんな風だ。ジャン・バニエと会ったことがあり、ラルシュの生活を少しでも体験したから、読めるのだが、そうじゃなかったら、読めなかったかもしれないと思う。



蛇足だが、この本にはウエストバンクのベタニアでラルシュコミュニティを開いた経験にも触れられている。ただパレスチナと明記されていないので、わからない人も少なくないのではないかと思う。










上記の記事が「面白いかも」って思ったら、この下にある「人気blogランキングへ」というのをクリックしてください。
人気blogランキングへ

クリックしてくれた人数のランキングです。クリックするとランキングのサイトに飛び、うんざりするような排外主義ブログのタイトルの山を見ることになります。こんなランキングに登録するバカバカしさを感じないわけでもないんですが、・・・
でも、クリックしてもらえるとうれしかったりもします。

人気blogランキングへ

テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(1件)

タイトル (本文) ブログ名/日時
読書メモ <「いのちの授業」をもう一度> +そこから蕨の排外主義デモの話へ
去年11月に亡くなった山田泉さんの著書 ラジオで何回か彼女の声は聞いていて、そのときのすごく気持ちいい感じを覚えている。 この間知ったのだが、ぼくと生まれた日が1週間程度しか違わない同世代。 ...続きを見る
今日、考えたこと
2009/04/19 07:45

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
URL(任意)
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
『人と出会うこと』ジャン・バニエ著 読書メモ 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる