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zoom RSS 『田中正造 その生と戦いの根本義』林竹二著 読書メモ(途中)

<<   作成日時 : 2009/05/28 13:17   >>

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1977年にでたこの本。
そして、その「自序」には1962年の『思想の科学』の特集の扉の文章が引用されている。

それを孫引き
====
 田中正造は作家たちには魅力のある題材であるらしい。(途中略 木下順二・・・城山三郎・・・大賀卓・・・)
 それなのに、民権思想や運動の歴史の中では、この人はほとんど見落とされてしまっている。
 これはどうしたことだろうか。
 彼は抽象的に民権を論じなかったし、いわゆる革命的行動にも、無縁であった。(略)
 しかし、民権思想は、いうまでもなく運動の思想で、実践は人間に支えられる。「人民の権利」を、日常具体の人間生活の場で守ろうとして、彼ほど不屈に、不死身の戦いをつづけた人間は、彼の以前にも、以降にもないのではないか。彼は自己の全存在と行動で、その思想に責任をもった。
 彼が歩いた跡、かれが遺したもの(中略)の中に見出される、これほどに大きな遺産が見落とされているということは、思想史や政治史の方法の問題でもあるのだろうが、それ以上に、それは現代の「民権運動」の歪みや、不産性に結びつく問題ではないだろうか。
 (中略)
 この特集が、この明治という時代の生んだ類のない真実の人間、思想家への関心を若い人たちの間に呼びおこすことに役立てば幸いである。 1〜2p
====

この話、どこかで読んだことがあるような気がした。
そう、それから50年を経て、花崎皋平さんが現在主張していることにすごく似ている。

ということは、50年も前から、このように言っている人がいたにもかかわらず、田中正造の思想が思想としてあまり省みられることがなかったということなのだろう。だから、花さんは50年を経て、この林竹二さんの主張と同じことを繰り返す必要を感じたのかもしれない。しかし、林竹二の言う<現代の「民権運動」の歪みや、不産性>とは何をさしているのだろう。62年当時の状況でいえば、共産党系の運動と共産党から出された、あるいは出て行った人たちの運動しかない、運動のほとんどがコミュニズムに支配されているというようなことだろうか?

で、この本、ぼくはまだちゃんと読み終えていないが、図書館に返す期限切れなので、返さなくちゃいけない。その読み終えていないぼくが何か言うのもおこがましいけれども、初心者はこの「自序」を読んだ後に、最後のほうの「田中正造の初心」という最終講義を読むとわかりやすいと思う。
林竹二の田中正造理解がとてもわかりやすく語られている。

で、ここでは気になった部分をメモ
===
 この田中正造が考えていた仕事の核心になっていたのが、・・・「自治の復活」であります。・・・ここにいう「自治の復活」という語に託されたものが何であったかは、谷中村の歴史を考えてみますと、ひとつの手がかりが・・。
(この後で、谷中村が追い詰められる過程で自治意識の退廃があったこととか、その対岸の埼玉県の利島、川辺の二つの村では抵抗が成功した事例が紹介される)
 正造の念頭にあった「自治」とは、結局、自分で自分を救う意志、その意志に裏付けられた行為にほかならない。それが自治だ、という理解が田中正造にあったのであります。 260-261p
===

ここで言われる自治というので想像するのは、自律を含む自治。マイケルハートがインタビューで答えているチャベスのベネズエラでのバリオの自治の空間が広がったこととか、三里塚の「児孫のために自由を律する」という思想とか。


次に「思想の科学」62年9月号の「抵抗の根 田中正造研究への序章」から
その結語の直前に、谷中村の堤内に最後まで残った16戸の家屋および付属建物の強制破壊にいたり、破壊の後に大雨が降り、仮小屋住まいの村民が再び洪水に襲われ、それでも不屈に闘う話の後に書かれた正造の手紙を引用して、著者はこんな風に書く。
===
 田中正造の努力は谷中村の運命とともに、ここに窮まったように見える。しかし、正造はこの強制破壊と、それに引きつづいて谷中をおそった暴風雨、洪水の中での谷中人民の姿を見て、この無知、無識、無気力、無精神と見た谷中村「人民」の、人間の精神の深いところにひそんでいる、「恐るべきもの」(これを正造は「神にもちかき精神・自覚」とよんでいる)を見せつけられる。それは「知識の軽便者流」(カッコ内略)の想像を全く絶したものであった。ここには「士族的な」抵抗の精神とは徹底して異質的な、しかし、まぎれもなくもう一つの「抵抗の精神」がある。 略 正造はここに人間の権利を守るための戦いにおける、戦いの方途が全くつき果てたところで、なお頼るべき、抵抗のよりどころを見出したのではないか。 26-27p
===
その上で、著者は「正造にとって、強制破壊と洪水は、新天新地が開かれたことであった」とこの文章を結んでいる。


次の論文でこんな風にも書かれている。
===
 明治の民権思想の歴史は、(略)、いわゆる革命的な行動には事欠いていない。欠けていたのは、決して「革命的」などではない、人権、あるいは生活の事実をふまえての、人間の名における不屈の抵抗と意志と実践である。 37-38p
===

そして、「議会の三天才」とまで呼ばれた田中正造が議会を捨てたことについても、その延長で説明されている。古河と政府が結託し、権力と法による不正と横暴によって人民が滅ぼされつつあるのに対して、
===
議会がこの事態の進行をくいとめることに責任をもたず、無力で無気力であるならば、このような議会に止まることを、正造の政治家として人間としての責任感は許さない。こうして正造は、「皮相で」「気楽な」政治を捨て・・・39p
===

そして、正造は「一個の人」となり、谷中に入り、谷中人民と辛酸を共にすることになる。


しかし、正造が病に倒れた妻の見舞いさえしなかったというのは、やはり、どうかと思ってしまう。



続きのメモが書けたら、書きたい。




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