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zoom RSS 「未来についての想像力―農ある世界への構想」(内山節 農文協)メモ

<<   作成日時 : 2009/12/26 06:44   >>

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A5で本文はわずか40p程度の薄い薄い小冊子。字も大きいので、量からいうと、これで600円もとるか、印刷も墨だけだし>農文協、と思わないわけでもないが、中身は濃い。中身で600円は許せるかな。でも、PDFとかで配布してもっとどんどん読まれるようにしてもいいようにも思うぞ。

上記のタイトルで行われた「農業書センター15周年・新JAビル移転記念・農文教創立70周年記念セミナー」の講演録、とのこと。


講演録なので、生命が結びつく世界=ローカルを取り戻すことが必要だという彼の主張が簡潔でわかりやすく展開されている。内山さんの最近の主張を短時間で知りたい人にはすごくいいと思う。


付箋部分を中心に抜書き&メモ

重商主義時代の経済学者ウィリアム・ペティの『政治算術』(岩波文庫)ここでのアイルランド農民批判が紹介されている。
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「彼らは自分たちの食べものを自分たちでつくって、そしてまた、自分たちの着るものも自分たちでつくって、さらに家までも自分たちでつくって、そして非常に貧しく暮らしている」・・・・その結果として、労働時間は非常に短くて、彼によれば「1日に4〜5時間しか働かない」と。では残った時間はどうしてるかというと、みんなして遊んでいる。 5p
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えっ、これが批判なのか、と思うのだけれども、「もっと向上心を持て」「生産力を上げていい暮らしをしたいと思え」「それでイギリス社会が浮上するんだ」「こういう連中が社会をダメにしているんだ」「彼らは自分たちが貧しいということさえ知らない」ということらしい。

で、内山さんはさらにこんな風に紹介する。
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こういう連中にどうやって向上心を持たせるか、そこでぺティが主張してやまなかったのが、「彼らに金儲けの楽しみを教えること」・・・このぺティの主張は、その後、見事に実現していくことになって、世界中が金儲けのためにがんばるようになったことは間違いありません。 6p
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生命と生命が結ばれながら形成されている世界、この部分が見える世界にどうやって変えていくのか。あるいは、生命の結びあいが社会の基本だということがはっきりするような労働の仕方、あるいは流通の仕方、生産のあり方とはどういうものか。本当はそういったいろいろなことをつくり直していかないといけないだろうという気がしています。25p
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この提起の後に、それもで環境に負担をかけて生きるという選択肢を選ばざるをえない状況について述べて「二」が閉じられ、「三」に入ります。

この「三」の冒頭で内山さんは「こうした状況の中で何を考え直したらいいのか」と問い、「生命感」の話に入ります。(「生命観」の誤植かと一瞬、思ったがよくわからない。)

そこで、脳死を人の死として認める法律のことに触れます。とりあえず臓器移植自体については批判しないとした上で、「人の死を心臓死だということにも、脳死だということにも反対です」といいます。死とは何かというのは文化的な営みの中にあるはずなのに、というような話の上で、この法律に対して、以下のような厳しい批判を加えています。

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 それを単なる臓器欲しさに、どさくさまぎれに法律を通すというのは、まったくなんということをしているんだという気がします。脳死であれ、心臓死であれ、「自分はそれを一つのけじめに使います」ということであれば、もちろん「どうぞ」ということですが、そのことをもって人間の死だと考えることに私は反対です。人間の死というのは、単なる機械の終了ではないということを言いたいのです。 30p
===




また、農業への企業の参入について、農村の持続のために必要なさまざまなことを担う覚悟があるのかどうかということをきちんと確認すべきだという。「農地の効率性や収益性だけを考えていたのでは、持続型農村での持続型農業という課題には応えられないような気がしています」としている。そして、こんな風に
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 ここでもやはり、自然と人間の生命が結び合い、さらに村人同士の生命が結び合うという、生命の結び合いの世界の中で農業が行われ、農村が営まれていること。そして、その世界をどう持続させるのかということを忘れてはいけないだろうと思うのです。
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結語部分の小見出しは「ローカルな世界から新たな時代を構想する」となっている。
自然を含めた生命が結び合う世界で生きていくということを、どう実体化していくか、生命が結び合う世界がはっきり見える場所、自分が足をつけているローカルな世界を基盤にしながら問題をみていくということがます、提起される。そして、ここで紹介されるのが三澤勝衛さんという人。長野県の諏訪青陵高校という学校の地理教師だった人で大正の終わりから昭和10年代前半くらいにかけていろいろなものを書いている。彼が主張していた風土というのが非常にローカルで狭い世界。それは村でさえなく、一つの集落くらいの世界。それをどう捉えるのかというところから彼の地理学は出発する。

そして、今の高校くらいまでに教える地理学は郷土研究だけでいいと主張し、それを実践した。世界地図を見て教えるのではなく、知るべきは「自分の郷土にどういう風土、つまり自然の世界があって、そこにどのような人間の営みがあって、どのように人間たちが生きているのか」ということ。「それを深く知ったときに、実は同じような場所が世界中にあることを理解」し、「世界中どこに行っても、その風土の中でかけがえのない歴史を築いてきた人がいるわけで」「それを理解することが地理学であり、自分の風土がわかったとき、あるいは自分の地理の世界がわかったときに初めて、他の世界を知ることができるというのが三澤さんの主張でした」と書かれている。これは戦争の深みにはまっていく当時の風潮に対する抵抗だったのではないかと内山さんはいう。ナショナルに対して、ローカルを対置することでもある。ややもすれば、ナショナリズムにからめとられる危険を持っているローカリズムを徹底してナショナルなものに対置するためのヒントがここにあると思う。


そして、内山さんはローカルな世界というのは地理的な空間として狭いという意味ではなくて、結び合っている世界がはっきり見えていることだという。
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そういうローカルな空間で、もう一度、私たちの生命世界をつくりなおすとするならば、経済はどうあるべきか、労働はどうあるべきか、あるいは地域社会はどうあるべきかという、そういったいろいろな面を考え直していくのがこれからの時代であり、そこでの生命同士の連帯のあり方を掴んでいくということが私たちの課題ではないかと思っています。
 ・・・そこのところを、もう一度、掴みなおしながら、これからの時代というものを構想していかなければいけない。私たちは、そういう大きな転換点に立っているのではないかと思います。 44p
===

ここでこの講演録は終わる。









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