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zoom RSS 『原爆文学研究8』メモ

<<   作成日時 : 2010/01/12 01:24   >>

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1月9日丸木で購入。内輪な感じもあるが、当然にもぼくには興味深いもの満載。とりあえず、丸木関係と道場さんの「原爆許すまじと東京南部」関連を読了。

目次は
http://scs.kyushu-u.ac.jp/~th/genbunken/kenkyu/kenkyu.htm
に掲載されているが、ここにも特集の部分だけ転載しよう。
===
特集 〈広島/ヒロシマ〉をめぐる文化運動再考

川口 隆行/道場 親信●特集にあたって/冒頭提起

《報告》
水島 裕雅●峠三吉と「われらの詩(うた)の会」
竹内 栄美子●山代巴の文学/運動
楠田 剛士●山田かんとサークル誌
岡村 幸宣●「原爆の図」全国巡回展の軌跡
小沢 節子●丸木スマと大道あやの「絵画世界」
道場 親信●「原爆を許すまじ」と東京南部
 --50年代サークル運動の「ピーク」をめぐるレポート

《コメント》
宇野田 尚哉●戦後サークル詩運動のなかの『われらの詩(うた)』
松本 麻里●山代巴を読み継ぐことの希望
坂口 博●長崎と佐世保の文化運動への一視点
山本 唯人●表象が立ち上がる場を見つめる
 --丸木スマ・大道あや・「原爆の図」全国巡回展をめぐって
波潟 剛●現象としての絵画
小田 智敏●〈広島/ヒロシマ〉と音楽

《研究会批評》
鳥羽 耕史●合同研究会の経緯と成果
茶園 梨加●「原爆言説」と「戦後文化運動」の接点をさぐる
柿木 伸之●飼い馴らされることのない詩(うた)と批評の力を今ここに
====


岡村さんの巡回展に関する調査は丸木でももっと広範に呼びかけて、記憶のある人が生存しているうちに、もっと豊かなものにしていくことが可能なはずだし、そこから見えてくるものはあると思う。丸木美術館のHPにも、このデータベースは置かれるべきなのではないかと思った。

そして、それは、美術館の建て替えが必要になったときの財産にもなりえるかも知れない。なんらかの形で大きな仕組みをつくらなければ、美術館の建て替えは不可能だ。

巡回展の軌跡をみんなの協力で丁寧に掘り起こすプロジェクトのようなものがあってもいいかもしれない。

林光さんと原爆の図のかかわりなどについても、インタビューができたらいいと思う。


小沢さんの論文は「原爆を描いた絵画」の持つ重層性について、複雑なものを複雑なまま、ステレオタイプに落とし込まずに、かつわかりやすく、ていねいに拾い上げている。

ただ、ここで使われている「コンフォルミズム」っていう言葉をぼくは知らなかった(コメントでも使われている)、のでグーグルしてみた。すると、季刊ピープルズプランの海妻径子さんの文章が1ページ目にでてきた。(これもちょっと面白かったので、あとで紹介。)

で、小沢さんは、市民が描いた原爆の絵の受容のされ方の問題点を3点上げた上で、こんな風に使っている。
===
・・・受け手に求められているのは、体験者の絵画を芸術のコンフォルミズムに押し込めることではなく、一枚一枚の絵画としての可能性を引き出すためにも、個々の表現に即して――作品そのものを一つの体験として――考察することではないだろうか。それはまた、いわゆる「心の傷」論やトラウマ論の安易な一般化とは異なる、内実を伴う分析の可能性にもつながると思われる。
===

海妻さんは同調主義という日本語をあてたが、画一主義という訳もある。
英辞郎では
==
conformism コンフォーミズム、大勢順応主義
==
conform
【自動】
1. 既存の基準に沿った行動を取る、規則などに従う
2. 〔形状・性質・考え方などが〕一致する、同じである、合う、適合する、合致する、ぴったり合う
・Her political views don't conform with those of the rest of her family. : 彼女の政治観は彼女のほかの家族のそれと一致しない。
3. 〔方針・考え方などに〕順応同化・同調する
・If you conform, you risk losing your individuality. : 同調すると、個性が失われる恐れがある。

【他動】
1. 〔規則・慣例などに人を〕従わせる
2. 〔形状・性質・考え方などにおいて〕〜を一致させる、〜を同じ[同等]にする、〜に合わせる
3. 〔方針・考え方などに〕順応[同化・同調]させる

名詞はconformation


話がそれた。小沢さんは原爆に関する絵画表現の幅の広さ(そこには表現の拒否まで含まれる)とその背景にある「沈黙」の濃淡にまで言及し、グラデーションという表現を使う。


ぼくのすごく主観的な印象評価だが、岡村さんのこの報告も小沢さんの報告も結論を導く論文と云うよりも、豊穣なプロセスから読む側が問題意識をどうつなげていくかというところに大切なものがあるように思う。


この雑誌には、この報告に関して、二つのコメントが掲載されている。
一つは山本唯人氏の
===
表象が立ち上がる場を見つめる
 ――丸木スマ・大道あや・「原爆の図」巡回展をめぐって
===

もう一つは波潟剛氏の
===
現象としての絵画
===


山本氏のコメントを読んで感じたのは、岡村報告やスマの絵が描かれた背景としての50年代をどう見るのかという視点。昭和で言えば、25年から34年。
サンフランシスコ講和から60年安保にいたるその後の日本の歴史を決定付けたこの50年代をいまの私たちはどう読みとることができるのか、その中で行われた、いまはほとんど存在していないかのように見える「文化運動」、それらと「原爆の図」の巡回展示はどのような連関をもっていたのか。そのことを読み取るきっかけを岡村報告が含み持っているということを、この山本氏のコメントで、ぼくは気づいた。

小沢さんの報告に対する以下の記述が印象的だ。
===
 表象を逃れ去るものに対峙しながら、見る側の「物語」に収めて語ってしまうことを拒絶し、あくまでも、絵画的表象の世界において立ち上がる「経験」の場に即して記述する――それが具体的にどのような作業になるのか、・・・(以下略)。
===
この文章はここで略した部分に力点があるのかもしれないが、ぼくの印象に残ったのはこの前半部分だ。何かを見て、感じるという行為そのものがもつ根源性。いつだって、その対象を自分の「物語」の中に収めようとする力学は働く。そして、同時に、ぼくが好きな作品群はぼくが持っているちっぽけな「物語」の枠を破壊するような力を持ち、そのちっぽけな物語を少しでも豊かなものにすることを手伝ってくれる。見るものと見られるもののあいだの関係は表面的には一方通行なのだが、そこで呼応する関係があらたな段階を創出することを可能にする。

そんなことを山本氏が言いたかったのかどうかは、もうここではぼくにとって半ばどうでもいいことなのだが、<見る側の「物語」に収めて語ってしまうこと>と<あくまでも、絵画的表象の世界において立ち上がる「経験」の場に即して記述すること>というふたつの対比の表現から、ぼくはそんな風に感じた。

岡村さんの報告に関するコメントもまた興味深い。
ここで岡村さんが作り始めたデータベースを深化させていくことによって見えてくる可能性が示されている。こんな風に書かれている。
===
「備考」欄の記述では、絵から/と共に立ち上がった多様な語りや主体性の諸相に関する情報を――所与の歴史的パースペクティブによって切り縮めてしまうことをできるだけ回避しながら――集積していくことができそうだ。その上で、では、巡回展に照準することで、「原爆の図」生成に関する何が新たな知見として見えたのか――そこまで考察を進めることで、広く原爆表象をめぐる議論に接続することができるだろう。
===
おそらく、これから先は発掘されたメモのような便利なものが出てくる可能性は少ない。これを補強するのは関係者からのインタビューということになりそうだ。データベースとして作成されるなら、簡単な備考欄の記述をインタビューにリンクさせることも可能だろう。

そして、山本氏が最後に提示する二つの問い。
一つは国家や自治体にオーソライズされた展示空間との関係の問題
2点目は、人々は「原爆の図」に何を見たのかという疑問

第1点目の問いの中で記述されている、初期の巡回展に関する「美術作品の展覧会」としての性格と「事実を知らせるための展示」の相関関係に関する問い。この問いは初期の巡回展に限定されるものではなく、いまも明確にできない部分を持っているように思える。その問いが示すものが丸木美術館やその作品をいまも規定している。社会運動のシンボルとしての丸木美術館であり、稀有な美術作品を展示するための美術館でもあるというその緊張感。それはときに桎梏を含みながらもその両方がなくてはならないものであり、時代に規定されてそのバランスは微妙に移動しながらも、現在も美術館を規定しており、美術館を動かす二つのエンジンでもある。

山本氏はこの問いを1955年の広島平和記念資料館の成立とどのように関わるかという問題に重ねるのだが、それを抜きにしても、この問いを明確に言語化してもらったことは、少なくともぼくにとっては非常に重要だった。


もう一つのコメントテーターの波潟氏は<観衆の一人ひとりが「原爆の図」を理解・受容する過程>に興味を示す。丸木美術館では毎日、誰かが「原爆の図」をなんらかの形で「理解・受容」している。その思いの一部は感想ノートにも現れているし、美術館で入場者に直接話を聞くことも出来る。そこから何か見えてくることがあるだろう。そこから原爆の表象に関する何かを見い出すことができるのか、できないのか。

また、波潟氏は「スマの死によって運動は途絶する」と書くのだが、小沢さんが書いているのは「スマの死とともに、彼女をモデルとする夫妻の国民芸術論は立ち消えていく」ということであり、「位里の運動に対する気持ちも萎えていった」ということで、「運動が途絶する」と書かれているのを読んで、ちょっと違和感があった。

そして、波潟氏の報告で何より興味深かったのはの、掲載されている文章で、ぼくは読みとることができなかったことなのだが、鳥羽耕史氏の研究会評で報告されている、<波潟は「原爆の図」が「絵」でなく「図」であることの意味>についてコメントしたという記録。「絵」と「図」の問題はもう少し考察するに値するかも知れない。


それから、メモしておきたいと思ったのは1973年に発売された林光のLP「原爆小景/動物の受難」の中にあるという本人の文章など。小田智敏氏がそのコメントで言及している。以下に孫引き
===
 さいきん、ある書評週刊紙が募集した懸賞論文の入選作品の中に、原水爆反対という大義名分を免罪符にして、なんの痛みもなく被爆者の写真をかかげて歩く「運動者」たちを告発した言葉があった。

 私は、私の「原爆小景」のことをあらためて思い起こした。私はそのような「運動者」たちと私とはちがう、私の作品は、被爆者の引き延し写真のパネルをかかげて大通りを練りあるいているようなものではない、とつよく否定する内心の声を聞きながら、しかし浮かぬ気分であった。あるいみでそのことは、1958年に第1部の「水ヲ下サイ」を書いていらい、無意識のうちに対決をさけてきた、しかしいつかはまともに向きあわねばならない問題で、私にとってはあったのだから。たぶん、「原子爆弾」を素材として作品を書くということがすでに、被爆者のパネル写真をかかげて街をあるくという行為で、いくぶんかはあるのだ。
===

そして、林光は1975年にはこんな風にも書いているという。

===
じっさい《ヒロシマのデルタに若葉うづまけ/死と焔の記憶によき祈りよこもれ》とはじまる「永遠のみどり」がうたわれることで、おそろしい同時代の歴史劇である『原爆小景』は終わる、終われるのだと私も思う。だが、核の恐怖がなにひとつ解決していない今、《ヒロシマのデルタに若葉うづまけ》などという詩句に作曲することが可能だろうか。
===

小田智敏氏によると、林光は1952年に「原爆の図」が芸大の学園祭で展示されのを機に「原爆カンタータ」の演奏を企画し、作曲を分担し、その後は単独で『原爆小景』にとりくみ、1958年から71年にかけて、第一楽章から第三楽章までを作曲し、最終楽章の「永遠のみどり」が作曲されたのは2001年だったという。


P.S.
道場さんの
「原爆を許すまじ」と東京南部
を読んで、1980年代の中頃に福祉工場の労働組合として行った、南部合唱団が作った合唱劇での「障害者はかわいそう」という内容への異議申し立てを思い出した。
あの合唱団はこんな歴史を有していたのかと少し感慨にひたる。
あの異議申し立ての記録はまだどこかに残っているだろうか。



P.S.2
「コンフォルミズム」
グーグルで見つけたのは『季刊ピープルズ・プラン』34号2006年春号の【特集1】「フェミニズム政治文化の展開」の中の論文。(ここには富山妙子さんと花崎皋平さんとレベッカ・ジェスニンさんの対談も収録されている)

で、海妻さんの論文のタイトルは
===
サブカルチャーにおける「フェミ」バッシングと同調主義(コンフォルミズム)
===
「同調主義」に「コンフォルミズム」のルビをあてている。
ここから少しだけ引用

===
〈女性/男性でない者〉が、資本主義のつくり出す〈外部〉に暴力的に追いやられ、従属的位置に置かれることに、断固抵抗するのがフェミニズムであるならば、〈ヒエラルヒーの受容〉を「不幸」として人びとに受け入れさせる、このような同調主義(コンフォルミズム)とは徹底して闘う必要があるだろう。フェミニズムが「ポストモダン保守主義」者から攻撃されるのは、フェミニズムがケアや再生産などの言葉で語られる、業績主義ではふるい落とされてしまう諸価値を擁護するものであり、業績主義の徹底した受容を通じてこそ自由や平等が享受されるのだという、同調主義を成り立たせる根幹の幻想を揺るがすからなのだ。
===







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