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zoom RSS 「怯えの時代」メモ その5というかその2でもらったレスポンスへの返信

<<   作成日時 : 2010/03/07 02:14   >>

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「怯えの時代」については、メモ その4
http://tu-ta.at.webry.info/200912/article_8.html
でこの本の最後を紹介し、もう書き足すことはないと書いていた。

今回のメモはその読書メモの続きではない。
表題に書いたようにその2
http://tu-ta.at.webry.info/200912/article_2.html
でもらったレスポンスへの返信だ。


この本のメモを書き終わったら、レスポンスを書きますと書きながら、今日まで放置していた。ただ、この引用部分までのテキストがPCにはずっと残っていたので、思い出しました。数ヶ月遅れのレスポンスです。(ごめんなさい)



レさん、コメントありがとうございます。
ぼくの想像してるレさんだと思うんだけど。

とりあえずレさんのコメントを再掲
===
内山さんのこの本は所詮問題提起だけで終わっていると思うな、というか内山さんの一連の著作で行っている問題提起に対する解を求める行為は読者に投げられているのではないかな。あえて解と言うなら、「その解を求める行為の始まり」を引き起こすことではないかと思う。

しかし、内山さんはヒントの様なことをあちこちに書いていて、「破産状態になった家が山に入り、それを村が支える」というような自然と村落共同体の持つ互助機能の様なことをよく強調している。「群馬県の山村の話を引っ張り出されてきても、そんなもんがヒントになるものか」と突っぱねる前に、そこから都市に住む多数派の一員であることを強制される人達に何ができるか、私たちが山村に置いて行ってしまった物を再構築する手段がどこかにないのか、そういうことを再検討して試みてみることは無意味ではないだろう。

もう一つ大事なことは、そういう試みが、何も「大きな物語」を再び描こうというわけではないということであり、様々な行為の積み重ねの先に、何か少しずつ見えてくる程度のものとして「異なる未来」を展望することだ。私の解釈が間違っているかもしれないけど、そんな様なことを内山さんは言っていたと思う。

そういう意味でも、内山さんはヒントを投げてくるだけの人だろう。ずるいと言えばずるい気もするが、投げてもらったヒントをもとに何をすればいいのか自分の頭で考えるくらいのことは、やっぱり自分たちでやるべきだろう。哲学者としてはここまでやってくれれば十分でしょう。

========


さっきも書いたように、メモその4
http://tu-ta.at.webry.info/200912/article_8.html
に彼の結論は紹介した。
確かにレさんがコメントしてくれたように、哲学者はここまで書いてくれたら十分だと言えないわけではない。

でも、とぼくは思う。

内山さんはこれだけ明確にメインストリームを否定し、別のあり方を提起しているのだから、それを具体化しようとする運動にもちゃんと同伴して欲しいと思う。

そして、彼は<新たな多数派の思想の形成をめざす100人委員会>を立ち上げ、具体的に動き始めている。
http://www.kagaribi.co.jp/GeneratedItems/129genkou.html

内山さんはここでこんな風に書いている。
====
…このままではやっていけない、何かが間違っている、根本的に考え直さなければいけないと考えていたと思います。

内山 あの集まりは、苦しい思いをしている人たちだけが集まって愚痴に毛の生えたような話をするのではなく、もうちょっと構造的に何かを始めている人たちと話し合ってみたいということがありました。いろいろと新しい取り組みをしている人たちの中には、将来の可能性を示唆しているような例もあると思います。いろいろな試みの中には失敗だったという話も出てくると思いますが、それは、それでいいわけです。人間のやることは百発百中なんてないわけだから。ただ、いろいろなものが出てくることによって、いろいろなやり方が見えてくる。基本的には、新しい土台が少しできてきたかなという感じがあるので、そういう人たちと一緒にネットワークを組んでみようか、と考えたわけです。

――哲学者は書斎の中で沈思黙考しているというイメージですが、書斎を出て街に出て発言しなければいけないと思ったということですか。

内山 少なくとも、かつていろいろなことを書いたり語ってきた人間には、ある種の責任というものがあるように思います。この状況について何も語らないというのは、やはり無責任だと思うのです。
 もう一つは、この数年、痛切に感じているのだけれど、気が付いてみると、僕の周りにいる人たちというのは、みんな強者ばかりになっていました。強者というのは、いろいろな基準があって、社会的地位が高い強者もいるかもしれないし、金があるという強者がいるかもしれない。社会的地位もないし金もないけれど、精神的強者という人もいるわけです。しかし、世間には本当に明らかな社会的な弱者がいます。まさに派遣とか、フリーターになって働いていて、すぐに切られてしまう人たちがいるわけです。収入的にも明らかに弱者で、いつも踏みつけられる側にいる人たち、それを強く感じたのが、あの秋葉原の事件です。そういう弱者というのが、ここ数年かなりはっきり見えてきました。そういう状況にあって、強者の側にいる人間は強者の自覚を持って、強者の責任を取るべきだというふうに思ったわけです。それで、もう少し行動的にいこうかということです。
===========

すでに動き始めているいろいろな運動がある。内山さんが始めたネットワークと同じようなベクトルで動き始めているいくつかの運動がお互いに存在を知り、つながれる部分ではつながっていくことが問われているように思う。


そして、問われているのは、このように始まっている小さな変化の数々を構造(システム)の変化につなげていくことではないか。

小さな変化とメインストリームの変化の関係はどうなっていくのだろう。そのあたりについては、内山さんに再度、問いを投げたいと思う。

自分に結論がないのが悲しいんだけど。




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