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zoom RSS 「沖縄・日本400年」の第3・4回の放送が延期(最後に追記あり)

<<   作成日時 : 2010/07/23 00:32   >>

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NHK「知楽遊学」シリーズの『歴史は眠らない』7月に4回予定されていた「沖縄・日本400年」の第3・4回の放送が延期された。

NHKのサイトに以下のような説明がでている。http://www.nhk.or.jp/etv22/tue/
===
第3・4回では、明治時代から沖縄返還に至るまでの近現代の沖縄史をとりあげる予定でした。
しかし、取材を進めていくうちに、資料の検証に相当な時間がかかることが分かり、放送日を延期して、さらに取材を深める必要があると考えました。
予定通り放送ができなくなったことを深くお詫び申し上げます。
秋以降、なるべく早い時期の放送をめざしています。放送時期が決まりましたら、テキストや番組ホームページで事前にお伝えします。
===
こんな説明ではちょっと納得できない。テキストは4回分、すでに作成されている。

実は不覚にもぼくはこの延期の話を知り合いから聞くまで、そういう番組が行われていたことも知らなかった。ちょっと興味深いので、まだ売られているテキストを取り寄せてみた。

NHKテレビテキスト
歴史は眠らない
2010年6-7月号
https://www.nhk-book.co.jp/shop/main.jsp?trxID=C5010101&webCode=61895452010

で、このテキスト、なかなかに面白い。
第1回 「琉球」と「日本」の激突

第2回 琉球王国から沖縄県へ
の内容の説明は
http://www.nhk.or.jp/etv22/tue/summary.html
にある。

2回目の内容は以下
===
日本は明治近代国家になる際に、清に服属し日本の薩摩にも従っていた「琉球王国」を処理する必要に迫られた。いわゆる「琉球処分」の開始である。1875 年、明治政府は、一方的に王国を解体し、「沖縄県」設置を通告した。近代国家の論理で、清を捨て、日本への帰属を主張する琉球処分官・松田道之に対して、 王国の政治を担った三司官は「琉球王国は日本と清の子、どちらも欠かせない」と反論し、清国に支援を要請し各国の外交官に働きかけるなど必死の抵抗を続け た。しかし1879年、明治政府の武力を背景にした松田の威圧によって首里城を明け渡し、王朝は滅亡する。
松田の交渉記録「琉球処分」と琉球側の「琉球見聞録」に基づく首里城での交渉を軸に、琉球が近代国家日本の覇権主義に飲み込まれる歴史を描きながら、近代 沖縄の出発点をみつめる。
===

この番組の3−4回目が延期になったことを熱湯欲のブログなどでも触れられている。そこで、この2回目のことも紹介されている。例えば
http://blog.goo.ne.jp/torumonty_2007/e/bfcccad11739c8ca91f145dc2e11e71e
では、こんな風に書かれている。
===
第2回を見る限りでは、琉球国からの視座で、清国との朝貢関係、日本による台湾処分を採り上げた。歴史的事実については、史実の捏造は見られないものの、 ナレーションの印象と使われた映像や音楽を重ね合わせて考えると、近代日本という国家に対するある種の「嫌悪感」がはっきりと伝わってくる。
===
内容で批判できないので、印象で批判するしかないということらしい。

で、問題の第3回、第4回なのだが、
テキストによると
第3回
近代沖縄の苦悩と挫折
 (この中の小見出しごとに)
 ・皇民化を進める”教育”
   「琉球藩処分」以降、日本の敗戦まで沖縄をどのように日本に帰属させてきたか
 ・沖縄人が直面した貧困と差別
   同時期の沖縄の貧困と沖縄への差別の実情
 ・「集団自決」を強いたものは何だったのか
 ・「自存せよ!!」――吉浜智改の叫び
   久米島具志川村の村長も歴任した吉浜の「沖縄民族はどんなことをしても生き延びるのだ、無意義で、無価値な犠牲を払うな!」という叫びが紹介されている。


第4回
「沖縄返還への道」もなかなか興味深い。しかし、天皇の沖縄へのコメントについては書ききれていないと思う。とはいうものの、沖縄で「復帰」後の初代県知事の屋良さんがいうところの「戦後処理」がいまだになされていない、という結語は重い。



ともあれ、これだけの準備がされていたにもかかわらず、延期になったのはなぜなのか。番組はできていたのではないだろうか。まず、想像されるのは右翼からの抗議だろう。あるいは、それを先取りしたNHK執行部の判断か、そうでなければ、小森陽一さんの判断か。これは延期して放映される3−4回の放送の後に、小森さんが明らかにすべきことだと思う。


追記
これを書いて、一晩たって思ったのだが、東京生まれで小中学校時代の一時期をプラハで過ごした小森さんがこれの書き手だったのはどうしてだろう。小森さんの専門は近代日本文学とある。

このテキストのグラビア頁は『ヤマトンチューが見た琉球の肖像』となっていて、主に江戸時代から19世紀にかけての絵画が数点、掲載されていて、以下のようなリードがついている、
===
現在、沖縄は日本の一地域であり、行政単位としては47都道府県の一つである。しかし、本土=日本とは異なる「琉球王国」として自己形成を果たした沖縄は、「日本」とは異なる独自の歴史と文化を築いてきた。ヤマトンチュー(本土人)は、長く琉球を異域として意識しながら、やがて「日本」という国家の枠組みの中に取り込んでいった。かつてヤマトンチューは琉球をどのように見ていたのか。
===

なんかこんな風に活字でヤマトンチュー(本土人)とか書かれると違和感があるなぁ。ここで「本土」と呼ばれる域内に住む人を何と呼ぶべきなのか、なかなか難しい問題ではある。その本土人にしたって、西暦出言えば、最初の1000年くらいの間に相当の人数が朝鮮半島から渡来してきてるわけだし。


それとこのテキストには屋嘉比収さんの「沖縄近代史を考える」というコラムが掲載されている。
ここでは琉球処分の歴史過程や、〈民族〉としての沖縄人について、明治、大正、昭和のの言論人がどう考えていたか、について言及されている。最初に比嘉春潮(大正期を代表する言論人と紹介される)の日記が引用され、彼が沖縄は台湾・朝鮮と同様に植民地化されていったという認識を持っていたことが紹介される。3人目の久志芙沙子の「本質的には、何らの差別もない、お互いに東洋人だと思います」という記述の評価には違和感が残るが、これも興味深いコラムではある。


追記終わり

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不自然に延期された番組─来週放映@みなさまのNHK
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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
こんにちは
勝手ながらフェイスブックで引用させていただきました。
ご容赦お願いいたします。
琉球人
2012/07/09 15:18
すどく遅れたレスポンスですが、ま〜ったく問題ありません。
むしろ、使っていただいてありがたいです。
でも、どんな風に使われたか、教えてもらえるともっとうれしいです・
tu-ta
2012/10/08 02:39

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