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zoom RSS 「イノセンス」展に行ってきた

<<   作成日時 : 2010/08/30 01:35   >>

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http://tu-ta.at.webry.info/201007/article_4.html
『イノセンス   −いのちに向き合うアート』という栃木県立美術館での企画展
http://www.art.pref.tochigi.lg.jp/jp/exhibition/t100717/index.html
を紹介した。

そこで、ぼくが噛み付いているのは以下、こんな風に書いている。
==以下、転載==
HPでの紹介の文章には
===
 正規の美術教育を受けたわけでもないのに、ただ自分の内なる衝動に従って、まったく独創的な造形芸術を生み出す人たちがいます。かれらは、知的障がいや、心の病を患い、孤独な、社会不適応を抱えた人たちであったりしますが、その創り出す世界は独特の魅力を放ち、見る者に深い衝撃を与えます。こうしたハンディキャップを抱えた人たちや、独学で絵を描き始めた人のアートの中には、わたしたちの心をとらえて離さない純粋な魅力を湛えているものがあるのです。
・・・
===
・・・少し違和感も残る。「純粋な魅力」はないだろうと思う。それはあまりにもステレオタイプだ。
==前のブログから転載、ここまで==


その展覧会に先週日曜日22日に行ってきた。この日、以下のイヴェントもあったし。
===
2つの講演と対話
「命の花咲く地獄 - 丸木スマと大道あやの絵画世界」(仮題)
講師:小沢節子(近現代史研究者)
「現代美術による記憶と不在の表現」
講師:井上廣子(出品作家)
===
そして、以前のブログに書いたように「そんな理屈を考える前に、絵の前に立って感じることが大切なんだろうと思う。すべてはそこから始まるはず」だと思ったから。


ずっとひっかかっていたのは、どうして「純粋な魅力」なのか、そして名称が「イノセンス」展なのか、ということ。答えはこの展覧会のキュレータの小勝禮子さんが図録に書いていた。

以下、図録から抜粋しながら、かなり長い引用
===
 そのそも「イノセンス」は、ひとつには石内都の写真シリーズ<INNOCENCE>を参照・・・石内は、特に女性の体に残された傷跡を、女性身体であることがわかるような位置にカメラを引いて捉えている。旧来「傷もの」という言葉が処女性を失った女性に対して向けられた蔑称であるように、女性身体と傷は相容れない対立概念であった。・・・。そのタイトル「イノセンス」は、女性の体に、まっさらの「純潔」「無垢」を求める世間の道徳に対して、挑戦する意図があるのだろう。石内の<INNOCENCE>は、・・・傷を負った女性の体は、もはや純潔でも無垢でもないのだろうかと問いかける。「無垢」というのは、それほど讃えられるべき価値なのだろうかと。

 障がい者のアートに「イノセンス」という言葉を被せて評するのは、これとはもちろん意味が異なるが、稀ではないように思う。精神障がい者の作品が主体の欧米のアウトサイダー・アートと異なり、知的障がい者の作品が中心となる日本特有の事情もあろう。知的障がいをもつ人の「邪気のない心」を讃えるような意図で、無垢、無邪気(イノセンス)という言葉が使われる。だが、そうした礼賛は善意で発せられるにしても、ある意味で抑圧的に作用しないだろうか。彼ら、彼女らは、怒りや欲望やちょっとした悪意や嫉妬など、人間誰しももつはずの負の感情をもつことを封じられてしまう。しかし、そもそも芸術は、何らかの強い感情の発露として生み出されるものではないか。怒りや欲望こそ、芸術の原動力であろう。

 最終的に選んだ「イノセンス」というタイトルは、障がい者に対するこうした思い込みに対して、引っ掛かりを感じて意識してもらえるような逆接的な意図がある、だから企画者に、タイトルについての疑問を問いかけた方々は、そういう意図に明確に反応してくださったのである。「イノセンス(?)(決めつけないで欲しい!)」。
===

「やられた」と思った。まんまと小勝さんにはめられた。小勝さんの意図通りに反応したわけだ。

しかし、もうひとつすっきりしない。

このブログを書きながら、すっきりしない理由がはっきりしてきた。
この「イノセンス」というタイトルに疑問を感じないで通り過ぎる人も少なくないのではないか、ということだ。

そういう人にとって、このタイトルは小勝さんも書いているように「抑圧的な作用」を強化することにならないだろうか。

そう、作品を通り一遍で見る限りでは、そのように「無垢な」作品群という風に見えなくもない。確かに面白い展覧会だったのだが、「イノセンス」の異化作用に成功していたかどうか、けっこう微妙だと思う。



というタイトルへの違和感はあるものの、展覧会は面白かった。

現代アートとアウトサイダーアートが区別なく展示されている。
そのような展示自体は、1993年に世田谷美術館で開催された「パラレル・ヴィジョン」展を先駆けに、近年頻繁に開かれるようになってなっていると小勝さんのこの図録の文章の注4に記載されている。
そこでいくつかの展覧会を紹介した後、小勝さんはこの注で以下のように書く。
===
本展もこの「流行」のような現象の末端に連なるわけだが、こうした展覧会が続く理由を、疲弊した現代アートによる「アウトサイダー・アート」の「利用」「搾取」として捉える向きもあろうが、本展出品の現代アーティストの作品をみてもらえば、そうでないことはおわかりいただけるだろう。
===

小勝さんのこの自信はすごいと思うが、それは展覧会を見たほとんどの人には受け入れられる自信だと思う。現代アートとアウトサイダーアートが拮抗する形での展示は決して「利用」や「搾取」にはなっていなかった。それが同じ地平に並べられることから見えてくるものがある。

力を持った作品とともにその意味を浮き彫りにしていくキュレーションの力がここにある。キュレータと作家の力の相乗効果。

例えば、オルセー美術館の作品を集めた新国立美術館での展覧会でも、キュレータはそれぞれの超有名な作家の作品をどう見せるかという苦労はしていると思うが、それとは違う形でのキュレータの関与。うまく言語化できないのだが、展覧会のダイナミズムをつくり出すキュレータの力と言えるだろうか。

最近の展覧会では、目黒区美術館の「文化としての炭鉱展」がそうだった。


ぼくが出来るのは全体的な印象評価だけで、
個々の作品や展覧会の具体的な内容についての評価はできないのが残念。



小勝さんの文章の最後のパラグラフが、決まっているし、今回の展覧会を簡潔に表現していると思うので、引用して終わりしよう。

====
 「いのちに向き合うアート」という副題は、いささか説教くさく聞こえるかも知れない。しかし、特に、田島征三、渡辺豊重、井上廣子、綿引展子、そして丸木スマや大道あやらの作品を思い浮かべる時、それはふさわしい概念であるように思う。いや、今村花子や桝次崇、秋山俊也、稲田萌子、そして草間彌生、イケムラレイコ、奈良美智ら、本展の出展作家のすべてが、それぞれのいのちに向き合うアートの創造者なのだと言えるだろう。アウトサイダーやインサイダーのアートというカテゴリーを越えて、「いのちに向き合うアート」は、社会の中の芸術の基本的な意味を実感させてくれるものだ。止むに止まれぬ表現の衝動の結果としてのアートが、生きることの幸福と不幸をともに凝縮してここに在る!
====





P.S.
今日っていうか昨日、『生きのびるためのアート 日韓展』http://www.ableart.org/nikkan.html
に行ってきた。同じ『アート千代田』内にあるエイブルアートのギャラリーで<"癒し"としての自己表現>という本も購入。読めたら、読書メモを書こう。


障害がもたらす止むに止まれぬ葛藤を原動力にしている少なくない作品がある。ときにそれは、制作にすごい痛みを伴ったりするのかもしれない。障害をもつアーチストだけでなく、「インサイダー」のアーチストの中にも、その葛藤を制作の糧にしている人はいるのだと思う。日常に存在している葛藤に鈍感だから楽に生きられるというのはあるかもしれないが、ぼくはアートの制作から遠いところにいるのかも(笑)。

強いインパクトを感じさせてくれる障害者アート、嫌いじゃないのだが、場合によってはその作家にとって、作品にインパクトがなくなったほうが生き易くなっているということもあるのかもしれない、とも思った。

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コメント(3件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
「また『障害者は純粋な頑張り屋さん』思想の押し付けか。」と考えていたのですが、なるほど。
私もまたしてやられたようです。
「障害者だからって、障害者じゃないからって、関係ない」という風になっていってくれたらなあ、と思います。
障害者の芸術なんて、存在しないんだ、と。
というわけで、アウトサイダー・アートやってます。
よろしければおいでくださいませ。
http://banrisaiga.com/
バンリ
2010/08/30 21:54
バンリさま
HP見ました。
ぼくは好きな感じのアートです。
青い猫、すごく気に入りました。
アイコンに使いたいくらいです。
tu-ta
2010/08/30 22:36
ありがとうございます。
気に入っていただけたようで、とても嬉しいです。
よろしければ、どうぞアイコンにお使いください。
その場合、私の紹介もしていただけると助かります。
バンリ
2010/10/12 16:12

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