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zoom RSS <『パリのモスク―ユダヤ人を助けたイスラム教徒』メモ>へのコメントについて

<<   作成日時 : 2010/08/21 22:20   >>

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『パリのモスク―ユダヤ人を助けたイスラム教徒』メモ>について
maggieさんからのコメントをこちらにも再掲
===以下、再掲===
エドワード・サイードが(確か彼自身のインタビュー映画やダニエル・バレンボイムとの対談において)アラブもSemite、anti-Semiticとは反アラブでもある、と言っていたのを思い出しました。イスラエル批判の文脈で、でしたが。そしてムスリム=アラブではありませんが。

アマゾンで表紙を見てみました。きれいですネ。まだカスタマーレビューはないようですね(お書きにはならないのでしょうか?)。

一つだけご質問なのですが...ユダヤは(血統的な)民族ではないので、基本的にユダヤ人=ユダヤ教徒だと思うのですが...

maggie
2010/08/21 18:17
==ここまで==

それへのぼくからのレスポンス
=====
maggieさん、コメントどうも。
anti-Semiticは反ユダヤって意味ですよね、「アラブもSemite」っていうのはどういう意味でしょう?

「ユダヤ人=ユダヤ教徒」というのはその通りだと思うのです。では、なぜキリスト教徒とかイスラム教徒とか仏教徒はキリスト人やイスラム人や仏教人ではないのに、ユダヤ人だけはそう呼ばれるのでしょうか?そこにも何らかのポリティクスがあると思うわけです。

tu-ta
2010/08/21 20:13
==これもここまで==


このコメントを書いた後に、「ワンコイン悦楽堂」という亡くなった竹信悦夫さんの本の読書メモを書いていた。

そこにルモンド・ディプロの
===
バレンボイムとワーグナーをめぐる論争に寄せて
エドワード・W・サイード
http://www.diplo.jp/articles01/0110-6.html
===
が紹介されていたので、その記事をちょうど読んでいた。その時は思い出さなかった(バカだね)のだけれども、話が重なってるわけだ。そして、コメントを再度(駄洒落じゃない)見たら、サイードとバレンボイムとの対談に触れられているじゃないか。

出版されたその本
『バレンボイム/サイード 音楽と社会』(みずず書房 2004)
を紹介するHPがあり
http://www.k2.dion.ne.jp/~rur55/J/P&P/Parallels&Paradoxes.htm
そこに以下のような記載がある。
====
イスラエル人とパレスチナ人の関係においてもこの問題は影を落としています。ことに、反ユダヤ主義《アンチセミティズム》は「ぼくらの両方への攻撃だ」というバレンボイムの発言にあるように、その根底に「セム語族」というオリエントの民に対する西洋の伝統的な優越意識があることを考えると、みずからを中東における西洋文明の砦とみなしてアラブ人を同等のものと認めないイスラエル国家のアイデンティティにも大きな矛盾とアイロニーが感じられます
===

これがぼくの疑問< anti-Semiticは反ユダヤって意味ですよね、「アラブもSemite」っていうのはどういう意味>への回答につながっているのだろう。


で、あんまり関係ない話なんだけど、かなり昔にバーンスタインのイスラエルフィルの演奏会への抗議行動があった記憶がある。(たぶん参加したんじゃないかと思う)
Wikiを見ると1985年9月にイスラエル・フィルと来日している。たぶん、このときだろう。その前の月には被爆40周年を悼むための「広島平和コンサート」を開催したとのこと。誰がバーンスタインとイスラエルフィルの来日に抗議しようと言い出したのか忘れたが、果たしてそれは正しい選択だったのかどうか。当時のビラがあれば、バーンスタインはこんなことを言ってるとかいうことがあるかもしれないが、ぼく個人はあんまり考えてなかったかも?

と思って探すと、Webにはちゃんと情報がある。
レナード・バーンスタイン(1918〜1990)
すべてに完全燃焼を求めたヒューマン指揮者
http://www16.plala.or.jp/annys-house/bernstein.html
ここにはこんな記述が
===
  その若きバースタインの活躍はニューヨークに留まらず、ユダヤ人の成功シンボルとして建国前のイスラエルに招かれ、大喝采を浴びることになる。 1947年、彼が最初にイスラエルを訪問したのはパレスチナ交響楽団(翌年イスラエルフィルハーモニーに改称)に招かれたことによるが、同胞という互いの意思疎通が容易に行える演奏にバーンスタインは深い感銘を受け、自身の交響曲《エレミア》、シューマン交響曲第2番、ラヴェルのピアノ協奏曲で開幕コンサートを行い、国内2週間のツアーも率いたのだった。
  そして、バーンスタインはイスラエルを第二の祖国であると心に決め、戦火が交わる危険な時期にもたびたび訪れ、そののち亡くなるまでの40年余りにわたり親密な活動を続けるのである。 この当時の特筆すべき出来事として、1948年11月、ドイツ語の歌詞をヘブライ語に訳したマーラーの交響曲第2番「復活」の演奏が上げられる。 これは当初、楽団側がバーンスタインに難色を示し抗議までしていたが、ふたを開ければ大成功を拍し、フィルハーモニーのファンたちはサバドの日(ユダヤの安息日)にバーンスタインに銀杯を贈るのである。 これにはイスラエルフィルの経営陣も非常に満足し、彼に音楽監督と常任指揮者の就任を要請するのであった。 (バーンスタインは音楽アドバイサーとしてこれを受ける)
===

このあたりが来日抗議につながったのだと思うが、ベトナム反戦を支持し、ブラックパンサーを支援していた彼がパレスチナの問題をどのように考えていたのか、もう少し知りたいところだ。

で、このバーンスタインとバレンボイムってどこかで会っていてもおかしくないんだけど、どうなんだろう。この二人の超有名な「イスラエル人」の指揮者、イスラエル・パレスチナをめぐる政治問題の話なんかしていないのだろうか?


話がそれた。で、それたついでに書くと、最初に紹介した
ルモンド・ディプロの
===
バレンボイムとワーグナーをめぐる論争に寄せて
エドワード・W・サイード
http://www.diplo.jp/articles01/0110-6.html
===
は先日、ここでも触れた丸木での「海行かば」の演奏の問題とも少しつながる部分があると思う。

そこにはこんなことが書かれている。
====
 彼(バレンボイム)は他者に魅了され、知らない方がましだという態度にひそむ理不尽さを断固として拒絶する。私も彼と同じように、知らないままでいるのは人々にとって政治的に適切な戦略ではなく、禁じられた他者についても、それぞれが自分なりに理解し、知っていくことが必要であると思う。同様の考え方を持つ人間は少ないが、私から見て、また少しずつ増えている賛同者の目から見て、これが唯一、知的に見て筋の通った立場と思われるのだ。とはいえ、正義を擁護することや、抑圧された人々と連帯することを放棄してよいと言っているのではない。自分のよりどころを捨てたり、政治的現実に背を向けることを勧めているわけでもない。市民を形成するのは理性や理解、知的な分析であって、原理主義者を突き動かしているような集団的情熱の組織化や助長ではないことを主張したいのだ。

(略)

バレンボイムによるワーグナーの演奏は、いまだに反ユダヤ主義による民族虐殺のトラウマに苦しむ多くの人々を深く傷つけたとしても、服喪から抜け出して次の段階、つまり人生それ自体へと進んでいく力を回復させる効果があった。人は生き、先に進んでいかなければならず、過去の中に立ちすくんだままではいけないのである。おそらくこの複雑な問題の微妙なひだに私が余すことなく触れたとはいえないだろうが、最も強調したいのは次のことだ。人生は、批判精神や解放体験を打ちのめそうとするタブーや禁止事項によって支配されるものではない。この心構えは、常に第一に掲げるだけの意義がある。知らないでいることや知ろうしないことが、現在の道を切り開くことはないのである。

====

最初に引用した部分でサイードはおそらく彼の信条として「市民を形成するのは市民を形成するのは理性や理解、知的な分析であって、原理主義者を突き動かしているような集団的情熱の組織化や助長ではないことを主張したい」と書く。でも、本当にそうなのだろうか。市民を形成する際に「情念」は本当に勘案されないのでいられるだろうか。ぼくにはそうは思えない。人が人と繋がりたい、差別や抑圧のない世界をめざしたいと思うのは「理性や理解、知的な分析」と並行してはいるが、それとは別の「情念」の部分も影響しているのではないか。と、つけ刃の「思想」で考える。

しかし、この文章の結語でもある「人生は、批判精神や解放体験を打ちのめそうとするタブーや禁止事項によって支配されるものではない。この心構えは、常に第一に掲げるだけの意義がある。知らないでいることや知ろうしないことが、現在の道を切り開くことはない」というのは、本当にそうだろうし、そのようでありたいと思う。

なんだか、まとまりがないが、とりあえず情報の羅列。

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コメント(1件)

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あ、いまこちらも(さくっと、ですが...)拝読しました。
はい、そうです。私も、アラブもセム族である故の発言と、理解してます :)
maggie
2010/08/21 23:03

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