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<<   作成日時 : 2010/10/13 03:00   >>

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生きる希望 イバン・イリイチ

サブタイトルは「イバン・イリイチの遺言」
(2010年のラルシュ・かなの家のリトリートから帰った夜に少し酔ってアップロード)



また忘れてる。この本を借りた直接のきっかけ。最近20歳になったすごく若い知り合いがこれを読んでいたのは見ていた。いつか読もうと思ってはいた。で、何かのきっかけで図書館にリクエストしたのだと思うが、そのきっかけはすでに忘れている。

約50人の熱心なクリスチャンに囲まれてすごした3泊4日のラルシュのリトリートの最中も、自分の声に耳を傾けるというルールを離れて、少し読んだ。

哲学者の中山元さんは以下のような紹介を書いている。
====
・・・。晩年のフーコーは、ニーチェの道徳の系譜学に依拠しながら、司牧社会がいかに現代の福祉社会に転換されていったか、そこにどのような倒錯が含まれていたかを追求した。

 そして聖職者としての心構えを死にいたるまで失うことがなかったイリイチも、まさに同じテーマを追いかける。・・・。
 http://booklog.kinokuniya.co.jp/nakayama/archives/2010/07/post_106.html
====

すごく生意気な言い方だけど、ぼくが肯定できるクリスチャンのありかたのひとつがここにある。信仰の神秘や福音をぼくは理解できないから、クリスチャンにはなれないと思う。素敵な「聖職者」の知り合い、信頼できる神父・牧師・司祭は少なくないんだけど。

「こうじゃない社会はありえる」というのが、ここのところの、もう10年になろうとするぼくの独りよがりな信仰の対象だ。もっと別の言葉で同じような内容を言っていた時期から考えると15年以上になるだろう。もしかしたら、もっと長いかもしれない。

そんなぼくの独りよがりで、もしかしたら薄っぺらい信仰と伝統に根付いたさまざまな信仰は比べようもないだろう。でも、ぼくは、ぼくだけの信仰をもうしばらく持ち続けることになるだろう。

ぼくのそんな話はともかく、

そう、イリッチも聖職者だったし、中山さんは彼がそ「の心構えを死にいたるまで失うことがなかった」という。
まさしく、そういうことを髣髴とさせる本だ。



序論はイリッチ入門のためのわかりやすい概論にもなる。
そして、それはおそらくイリッチの最も正確な理解のひとつだと思う。

ぼくはイリッチは20世紀後半の最大の知の巨人の一人だと思う。少なくともぼくが知ってる限りという貧しい前提はあるが。

それにしても彼の思想がこれほどまでキリスト教的観点に貫かれているということを、ぼくは迂闊にも今日まで気がついていなかった。彼のラディカルな思想はキリスト教的観点から生まれているのだが、彼のラディカルさは同時に彼独自のキリスト教的観点にも貫かれているので、それはおそらくバチカン的な正当解釈ではないかもしれないし、どんなプロテスタントの教義よりもラディカルで、あまり他に例をみないものなのではないかと思う。しかし、その観点はラルシュのジャン・バニエに見られる「小さくされたもの」への共感に満ちているキリスト教解釈と通じるものがあるようにも思う。
(キリスト教的価値観と書こうとして、書き改めた。「価値観」という思想への戒めが、この本には記載されている)



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1988年の8日間にわたるラジオインタビューの最終日に、イリッチは以下のように言って、著者を驚かせたという。

===
 わたしの著作は西欧文化を大きな悲しみで受け容れようとする試みです。ドーソンは・・・教会がヨーロッパであり、ヨーロッパは教会である、と言います、わたしもそうだと賛同する。最善の堕落は最悪。啓示を確実なものとし、保証し、規則付ける試みを通じて、最善は最悪となった。

 わたしは深い両義性の感覚とともに生きています。伝統がなければ生きられない。しかし、それを制度化することが、わたしがかつて自分の肉眼と自分の心で見たどんな悪よりも深くに根を張る悪の根ではないかということを認識しなくてはならないのです。
===

この本の本文部分を読むために、以上は核心として押さえておいた方がいい部分だろう。

序論の冒頭近くに引用されるここは、内容を読むとその理解が深まるしかけになっている。
=====

カトリックの聖職者であったイリッチの神学がここにあるとも言えるように思う、といえるほどイリッチの著作を読んでいるわけではないのだけど。そんなものがありえるかどうかわからないが、『イリッチ神学』のテキストということもできるように思う。


序論の中でイリッチの教会についての思いが以下のように説明される。

イリッチは司祭職であった最初から、教会にる二つの形態を区別。
・人称代名詞 She で受ける教会と
・Itで受ける教会

前者は、伝統とキリスト教徒のコミュニティの生きた具体化、彼がいつも深く関わってきたもの。
後者は「自己に仕える世俗的権力としての教会」それは過去も現在も目の上のたんこぶ

==
ツイッターにメモした開発をめぐる言説
http://twitter.com/#!/duruta/status/26291582250
『生きる希望』序文(デイヴィッド・ケイリー)34pから:イリイチは「開発」を「サブシステンス」に対する戦争と見た。これは、ないならないなりに我慢できないわけではない商品やサービスの不在を、彼が「現代化された貧困」と呼ぶ、はるかに苦痛に満ちた生活条件で置き換えるのである

http://twitter.com/#!/duruta/status/26292138443
(続き『生きる希望』序文から)開発は、決して埋めることのできないニーズを生み出し、決して提供されることのないサービスの要求を生み出すことで終わる。同時に、開発に付属する魔力は、サブシステンスの尊厳を奪い、自ら足るを知る生活の追求を不可能にする

http://twitter.com/#!/duruta/status/26292653692
続き)彼は、もしこれらの国々が世界を開発というモノカルチャアのレンズを通して見続け、進歩を学校や病院や高速道路といった言葉で定義し続けるならば、結果は慢性的な低開発であり、グロテスクな社会的二極分解であり、避けがたく排除される数百万の人々にとってもっとも悲惨な結末であろうと断言
34〜35p

序論を序文と書いてるところは愛嬌

==

====
60年代のイリッチの最大の努力は、教会を説得して、「進歩のための同盟」のようなイニシアティヴを振るうことを止め、「社会的または政治的システムを支持するために福音を使うのはわれわれにとって冒涜的である」ことを認識させることに向けられていた。・・・宣教には、厳格な自己批判と人の言に耳を傾け、自己を空しくできる気質が必要。それは、他の文化の声を通して語る福音に耳を澄ますことができるようにする(ここ、よくわからない。訳がよくないと思う)自分自身の文化を括弧で括り、相対化できる能力を要求。・・・イリッチはそれにどこで出会うにしても、真の宣教活動にともなう貧しさを祝福したが、それが不在の場合には、教会の悦に入った自己満足の世俗性を挑発し、皮肉ることを自分の使命とした。「公的な論争に関与するのを余儀なくされた場合、わたしが参与できる計画的な暴力の唯一の形態は、嘘を笑いで粉砕すること・・・・」

職業的聖職者という思想を攻撃
キリスト教の式典は叙任を受けた平教徒が仕切るべき

教会ヒエラルヒーという単純な標的だけでなく、「聖職者の聖衣を魅力的なアジテーション用の旗印として使用したがっている反体制的司祭」も標的に
36〜37p
====


1970年代の彼の書物で・・・望んだ考えは、・・・それを超えれば制度が極めて悪影響を及ぼして逆生産的なものとなる敷居に到達し、超えようとしていること。

ここで制度的技術的成長が度をすぎると・・・「自己の死を死ぬ」という基本的な能力が植民地化される(47p)、というような表現があり、少し後に、医療が達成したものが、苦しみに耐え、死ぬ勇気と能力を破壊した(49p)とし、「医原病」とされる。

「死ぬ勇気と能力」とは何か。このあたりは見解を異にしそうな予感がある。
ALSのロックトインステイトの人の人工呼吸器による生をイリッチならどう考えるだろう。


デイヴィッド・ケイリーは1960年代初頭から70年代中頃までが<イリイチのいう「倫理的覚醒」の時代>だったという。
そこでは、「少なくとも潜在的多数が世界を作り直すという西欧のプロジェクトが決定的地点に到達し、決断の瞬間は近いと認識していた」とし、変革への希望が成就する可能性があり、イリッチはそこに力を注いでいたという。しかし、「人間の努力の自然的限界が・・・評価され、認識され、政治的に決定された制限の中に転換された」ことが一度としてなく、われわれは今日、この失敗が招き寄せた結果の諸々と共に生きている、という。

そして、「コンヴィヴィアリティのための道具」からの引用がなされる。「いま争点となっているのは道具の法的な所有形態ではなくて」から始まる部分だ。(ここでは当然の前提として書かれていないが、マルクス主義への批判なのだろう。)そして、そうではなく、誰が所有しても破壊的な道具がある、それが争点なのだという。そこでまな板の上にあげられるのが、復車線の道路網や学校制度。それらの道具が不可避的に、統制や依存や収奪や不能を増大させ、富んだものだけでなく貧しいもののコンヴィヴィアリティを奪うという。それが多くのいわゆる低開発地域の基本的な宝なのに。

この道具の破壊性の例として、ここでさらに詳しくとりあげられているのが「医療」だ。
現在では「健康ケア」を提供するのが私的なセクションか公的セクションか、それがタイムリーに公平に届くか、という議論はあるががそのサービスの性質や結果それ自体を問うことは周辺に置かれたままであり、「何が善であり、フィットし、かつ十分であるのかという問題は政治用語の中では(この訳語もどうかと思う)問いを立てることすらできない、という。これらが問われることさえないというのは言い過ぎではないかと思う。確かに周辺化されてはいるようだし、それらは費用との関係でしか考えられていないようにも思える。しかし、費用との関係の中で、その本質が問われるということもありえるように思う。51〜53p




「ジェンダー」(イリイチ)をめぐって


「ジェンダー」、この本が彼の経歴の分水嶺だったと本人が述べているという。それまでの彼は「人間の尊厳を奪う開発儀礼(学校、医療、宣教、都市化など)に対する攻撃的批判」から「知覚の変遷の歴史的研究」への分水嶺だという。ケイリーは「彼は、人間的サブシステンスのすべての形式が価値量で計測され、貨幣経済の範疇で記述されるといった世界がいかにして発生しえたのかを理解したいと願ったのである」と書く。60p 

そして、日本の文脈でも、この「ジェンダー」をめぐるフェミニストとの討論で、イリッチはその後少なくとも10〜20年は葬り去られていたようにも思える。

この序論でイリッチの意外な言説が(少なくともぼくにとっては)紹介されている。

「わたしは、女性学の運動を通じて、・・・経済学や社会学や人類学の諸カテゴリーを根本的に問い直す動きが生じてくるであろうと信じました」

しかし、この著者はイリッチがこれほど大きな期待を託した運動はそうはならなかったと書く。その運動は

「実在する生産様式の内部で平等のステータスを追求することを断固選びとり、シャドウ・ワークを召し使い、つまり別の安価な労働者と、半ば裏切り者の「在宅ママ」のレッテルを貼られる不名誉に甘んじた女性たちに譲り渡した」

と書く。これはいくらなんでも脇が余すぎる。そして、女性学に不案内な書き方ではないかと思う。80年代のことや日本以外の状況をぼくはよく知らない。しかし、少なくとも、日本では女性学の代表的論者といえる上野千鶴子さんはフェミニズムがこのような形でメインストリームに回収されることを、フェミニズムの名において明確に拒否している。そして、この上野さんこそが80年代にイリッチと鋭く対決した代表的なフェミニストだった。

何度か書いてきた話だが、日本の文脈でも80年代のイリッチとフェミニストの論者の論争を今の地点から再評価する作業は必要なのではないかと思う。(誰かやってくれないだろうか)

また、日本の文脈を離れたところでも、たとえばドイツのサブシステンス派のフェミニストたちは、こんな風にメインストリームに回収されるような議論はしていない。イリッチは彼女たちの組織した研究からサブシステンスという概念を拾ってきたのだし、そのあたりの評価はもっと厳密にやられるべきだと思う。

それ以外の文脈で女性学がこのような評価を甘んじなければならないような状況があったのかどうかは寡聞にして知らない。

ここで著者は「イリイチは、この本の意図が歴史的研究であり、政治的処方箋ではないことを明らかにしようと努めた」が、彼の論争的で攻撃的な言語が、読者に彼の意図を疑わせる結果になったかもしれない、と書く。

政治的処方箋が求められている女性をめぐる状況があり、その運動が現実に展開している中で、この本の意図が歴史的研究であったとしても、その問題に直接触れる限り、「これは政治的処方箋ではないから」という言い訳が成立するのかどうか。

中野憲志さんが『フェミニズムはイリイチと和解しうるか』を発表したのが2001年。
http://tu-ta.at.webry.info/200709/article_14.html

ぼくが知る限りでは、これに注目したのはぼくだけだったように思うのだけど、ここに書かれた問題は10年たっても、置いておかれたままなのではないかと思う。


以前にもどこかで書いたことがあるのだが、イリッチはジェンダーを肯定すべきものとして描き出したのに対して、この「社会的性差」が差別を生み出しているという解釈が世界を席巻したことには、そうなるべき世界が存在していたということだと思う。石垣りんが「私の前にある鍋とお釜と燃える火と」 という詩によせて「不当な差別は撤回されなければならないが」と但し書きを書かざるをえなかったような女性労働への差別に関するリアリティの欠如がイリッチにはあったのではないかと思わざるをえない。
http://tu-ta.at.webry.info/200803/article_19.html


この序論の著者が正しく指摘しているように、イリッチが「ジェンダーの悲しむべき喪失」について悲哀を込めて書いたとき、この時代の大多数はこの喪失を解放とみなしていた。61p そして、この著者は書かないが、女性がそう考えざるを得ない状況が厳然と存在していたし、いまも存在しているのではないか。

どうしてイリッチほどの人がそんな単純なことに思い至らなかったのかと思う。

確かに一方でこの著者がイリッチの主張を紹介しているように
====
フェミニストの平等追求は、少数の女性に新たな特権を与えるだけであり、しかし多数の女性には新たな不利益を与える 61p
====
というようなこともあると思う。そのことを差別されている女性の痛みの上で叙述することができれば、もっと違う展開がありえたのではないか。

またケイリーはこんな風にも書く。「イリイチは驚愕と発見を楽しむ人間であり、彼の書物は、事が済んでから作られたり、前もって決められている図式の表現と言うよりは、目下進行中の仕事であった」「イリイチは研究の集大成を残したのではない、要約すら残さなかった。残したのは探検の記録なのだ」62ー63p


このイリッチのジェンダーをめぐる探検、21世紀の最初の10年を経た今、フェミニズムの文脈で読み直して、興味深いものが残されているようにも思うのだが、どうなのだろう。

しかし、ケイリーは同時に、イリッチが「ジェンダー」を書いたことで、メジャーな出版シーンから見放されたことで、コンヴィヴィアルな暮らしができるようになったことはよかったのではないか、幸いなことだったという。63p

というわけで、ケイリーによる序論のこの部分は、ぼくにとって唯一といえるくらいの弱い部分だと思う。

そして、このイリッチの「ジェンダー」をめぐる論争は、ある意味では、開発・学校・病院をめぐる論争にも似たようなことが繰り返されているように思える。それらがなくて苦しんでいる人、あれば救われる人は少なくない、にもかかわらず、お金はそういうことよりも戦争や大規模開発のために使われている。この状況を無視して学校も病院もいらないと言えば、コンフリクトは起きるだろう。


63ページまでのメモここまで。

序論は92pまである。
ジェンダーに続いて「善とは何か」という節が続いている。

1980年代イリッチは「価値」の言語から離れ、ただ単に善について語り始めたとケイリーは書く。
続きのメモをこんな風に書け続けることはできないだろう。


序論が終わり、イリッチのインタビューに入ると、話はキリスト教に急にひきつけられているように感じる。
インタビュー部分は主題が神学ではないか、と思えるほどだ。事実、ぼくの興味は少し薄れる。しかし、そのイリッチ流のキリスト教神学もまた、けっこう魅力的だと思う。

「シャドウ・ワーク」や「ジェンダー」をぼくはキリスト教をそんなに意識しないで読むことができた。その背景にもキリスト教的なバックポーンはあったのかもしれないが、ぼくはそれ感じなかった。


ともあれ、メモの続きが書けたら書きたい。



追記
ぼくは上野千鶴子さんの「生き延びるための思想」に何度か言及している。
とりわけ、そのタイトルについて
http://tu-ta.at.webry.info/200709/article_7.html
で書いている。

この本のサブタイトルが「ジェンダー平等の罠」というものだ。
そこには上野さんの改心があるのか、ということをメモしておきたかった


追記2
そうなのだけれども、その過程で以前書いたものを調べていたら、イリッチが絶筆で「ジェンダー」に触れた文章やドゥーデンが「ジェンダー」について書いたものへのメモが残っていた。

イリッチと ドゥーデンの「ゲヌス」=「ジェンダー」について
http://tu-ta.at.webry.info/200709/article_16.html

ぼくの部屋のどこかにあるはずの、このドゥーデンの文章もまた読んでみたくなってきた。

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『生きる希望 イバン・イリイチの遺言』メモ その2
『生きる希望 イバン・イリイチの遺言』メモ http://tu-ta.at.webry.info/201010/article_4.html の続き  63ページからのメモ ...続きを見る
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2010/10/16 12:37

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
イリイチさんって好きかも。同じ時代に生きてたらお友達になりたかった。

つるたさんが書いてることもおもしろい。
でも漢字一杯でむつかしい。

これで「わかりやすい概論」なのかー(ため息・・笑)。

つるたさんって頭よかったんだねー。
プラブサノール
2010/10/16 17:50
プラブサノールさん、コメントどうも。

あっ、「わかりやすい」っていうのは「著作を全部読むよりは」っていうのが隠れてますね。

そういえば、アイルランドにもラルシュがあって、ぼくの知り合いのドイツ人は以前、そこにいて、それからフィリピンのラルシュに来てました。彼がヘルニアになったとき、ぼくはちょうどフィリピンのラルシュに遊びに行き、2週間くらい居候することになったのでした。その後、日本にも1年くらい滞在してたような・・・。。

「頭よかったんだねー」
本郷の学校でた人に言われて、鼻高々(笑)

ってか、頭よかったら、もうすこしましな読書メモ書けたはずなのになぁ・・・。
tu-ta
2010/10/17 02:01

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