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zoom RSS 原爆の図・丸木美術館での「《大逆事件》100年特別展示」へ

<<   作成日時 : 2011/02/09 04:22   >>

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別のところに書いた案内少し修正して転載、その後、字数の関係などで書ききれなかった部分っていうか、『運動〈経験〉』32号に池田浩士さんが書いた文章の紹介と若干のコメントを足した。

展示は2月19日(土)までです。

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あまり知られていないのですが、原爆の図で知られている丸木俊・位里夫妻の共同制作に『大逆事件』という作品があります。丸木美術館では、12人の処刑から100年目の今年、それを特別展示します。

この作品について、丸木位里は1989年3月の丸木美術館ニュースにその制作の経緯を語っています。

「足尾鉱毒事件を今までに4点書きました。5作目の谷中村の野やきを描いている時、内山愚道の法事の会に曽根さんに連れられてお参りしまして…、前々から何とか描かねばならぬと思っていた幸徳秋水の大逆事件を、この中に入ってもらおうと云う気になって一気に十二人の処刑を描くことにしました。…平松君が来てこの作品を見て、ゾーとさむけがするといってくれましたのでそう云うことにはなったようだが、さてそれでよいのか、…。とにかくこの作品については、どういうふうに見てもらえるか全然わかりませんが、この幸徳秋水の大逆事件だけは今日の問題としてもう一遍も二遍も登場してもらって、皆さんと考えてゆこうではありませんか。」

この文章を読むと、丸木位里は《大逆事件》を《足尾鉱毒の図》の連作のつもりで書いたようです(結果としては入っていませんが)。足尾鉱毒問題を田中正造が明治天皇に直訴した際に、その直訴状を起草したのが幸徳秋水で、田中正造が1907年の谷中村強制破壊や大洪水を経て関東の河川調査の最中に亡くなったのが1913年。それは同時代の話です。

《丸木美術館学芸員日誌 特集展示「大逆事件」》に
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展示では、「大逆事件」による処刑から100年という節目の年を迎えるにあたり、現代にもつながるような社会と人間/権力と人権の問題を見つめなおすため、共同制作《大逆事件》とともに、太田市が所蔵する《足尾鉱毒の図》のうち第1部《足尾銅山》、第2部《押し出し》をお借りして展示紹介いたします。暖房のない館内は深々と冷えていますが、その張りつめた冷たい空気のなかで、100年前の時代を象徴する事件を再考するのも、また意味があるのではないかと思います。
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とあります。100年前の事件が照射する現代をどう見るか、作品から感じてもらえればと思います。

丸木美術館の行き方ですが、日曜日以外は、東武東上線の高坂か東松山からのコミュニティバス利用(1日に数本しかないので要注意)。
詳しくは http://www.aya.or.jp/~marukimsn/top/riyo.htm#access

日曜日については、美術館スタッフの都合がつく範囲で東武東上線森林公園駅からの送迎を行います。事前に美術館に電話0493−22−3266でご確認ください。

展示期間は1月22日(土)から2月19日(土)までです。美術館内は本当に寒いので暖かい服装でお越しください。


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以下、美術館HPの案内ページ
http://www.aya.or.jp/~marukimsn/kikaku/2011/2011artfes.html#taigyaku

丸木美術館学芸員日誌 特集展示「大逆事件」
http://fine.ap.teacup.com/maruki-g/1540.html

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正直に書いてしまえば、ぼくは大逆事件の詳しい中身について、ほとんど知らない。
そんなぼくが興味深く読んだのが『運動〈経験〉』32号(2010年)
「韓国併合」100年=「大逆事件」100年
という特集。

ここで池田浩士さんは短い(9ページの)エッセイでこんな風に書いている。
===
 平出修は、石川啄木に「事件」の裁判資料を閲読させたことによって、啄木を「社会主義者」に変えた。平出自身も、弁護人という自己の位置を活用して、小説「逆徒」を書き上げ、秘密裁判の内情を暴露した。とはいえ、とにかく有罪となれば死刑以外に選択の余地のない裁判の弁護人として止むを得ないこととはいえ、被告たちを(4人を除いて)冤罪と規定することで、かれらの天皇制廃絶の理念を否定する結果になっているのは、無念と言うしかないだろう。司法制度の枠内での弁護がもともと不可能だった「事件」であるとはいえ、いや、そうであるだけに、かれの創作したフィクションたる小説「逆徒」の評価も含めて、平出修の果たした役割についての私の共感は濃密ではない。
===

池田さんは、おそらく現時点では少なくとも「冤罪」とだけいうことには不満みたいだ。
ぼくは、死刑判決を受けた一人ひとりがどの程度、物理的に天皇制を終わらせようとしていたのか知らないが、彼らはそうしようとしたことを消してはいけない、というのが彼の主張なのだろう。

池田さんはこの後で、永井荷風こそがこの「事件」について、「困難でしかも重大な問題と課題を示唆した」とし、その中身を簡潔に展開する。そして、その永井の「『身の処しかた』は、『大逆事件』の『逆徒』たちと拮抗しうる天皇制廃絶の希求の表現を、希求のみならずその実現に肉薄する表現を、文学はいかにして獲得するか――という問題と課題を、日本の文学に問うものだった」と絶賛する。

それに続いて、以下のように書かれている。
===
…。内山愚童は、天皇に爆弾を投げるよりも皇太子を攻撃すべきだ、そうすれば天皇は衝撃で死ぬだろう、と言った、という取調べ過程で出てきた「事実」などではなく、まさしく「出版法違反」のこの冊子の制作によって、そして彼が示した表現によって、それが及ぼしうる巨大な言葉の力のゆえに、処刑されたのである。荷風の提起は、暗黙のうちに、この内山愚童の表現と拮抗する表現の可能性をも、問うていたのだ。
===

そして、この事件の後に生まれるプロレタリア文学運動は「物理的行動と文学表現」という対抗軸に変わって「思想ないしイデオロギーと芸術表現」という対抗軸を持ち込み、「実質的に、永井荷風の決意の手前まで後退してしまった」と池田さんは指摘するのだった。


ぼくは必要とされる「物理的行為」は爆弾を投げかけることではないと思うが、こんな風に物理的行為と文学表現を戦わせるのではなく、それらが相互にインスパイアしつつ、「天皇制」というぼくにはまだまだ得体の知れない、しかし、取り去られるべきだとしか思えない、日本という国に染み付いた装置を取り除くことができればいいと思う。

この『運動〈経験〉』32号、丸木美術館でも販売してます。ぜひ、どうぞ。


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内 容 ニックネーム/日時
見るものすべてが最後の贈り物だとしたら
不平を言う時間も、思い煩う時間もなく
突然、人生は忙しくなる

思い出させるのはイヤだけど、今日、死ぬかもしれないだろう?
だから心にひっかかっていることは、言ってしまおう
そして側転したくなったら、すぐにやろう
本当の気持ちがわかる人はラッキー

現実という感覚? これは僕達に別の考えをもたらす
何が愛で、その言葉が意味するものは何か
火遊びをし過ぎれば、やけどはつきもの
でもそれは愛じゃない。僕も、やっとわかり始めたところ

人生とは何か?
魂のエンターテインメントだ
人は幸せが最終目的だと言う
僕もまぁ賛成
でも言葉尻だけでは賛成できない
お金が幸せな人もいるし、
権力が幸せな人もいる
ドラッグしっぱなしなら幸せってやつもいるだろう

今日を生きる障害は何だろう?みんな生き方を忘れている
贈り物をあげるよりもらった方がいいと、みんな思うようになってしまった
野放しのまま、僕ら子供は洗脳された
でも、今なら自分の心の声が聞こえるだろう
だから、自分で目的を決められるんだ

目的リストのために、僕ができるアドバイス
生き方を学んでみるのはどうだろう?
そして、幸せって何か、思い出せることをするんだ
力がついてきたと思ったら、力を誰かと共有しよう

幸せをみつける一番の方法は、心配しているよって
人に知らせることだよ

ジョー・オパトウスキー(1983-2004)
「世界を変える!みんなの力」
グレイグ・キールバーガー
マーク・キールバーガー
佐光紀子 訳 [柏書房]
佐藤憲一
2011/02/09 07:24

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