今日、考えたこと

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zoom RSS まだ名前のない昨日生まれた小さないのち

<<   作成日時 : 2011/03/17 05:50   >>

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昨日、5人目の孫が生まれました。

「こんな時代に」と一瞬、思ったのですが、立教新座高校の校長先生のメッセージで勇気付けられました。

卒業式を中止した立教新座高校3年生諸君へ。(校長メッセージ)
http://niiza.rikkyo.ac.jp/news/2011/03/8549/

==ちょっとだけ引用==
歴史上かってない惨状が今も日本列島の多くの地域に存在する。あまりに痛ましい状況である。祝意を避けるべきではないかという意見もあろう。だが私は、今この時だからこそ、諸君を未来に送り出したいとも思う。惨状を目の当たりにして、私は思う。自然とは何か。自然との共存とは何か。文明の進歩とは何か。原子力発電所の事故には、科学の進歩とは、何かを痛烈に思う。原子力発電所の危険が叫ばれたとき、私がいかなる行動をしたか、悔恨の思いも浮かぶ。救援隊も続々被災地に行っている。いち早く、中国・韓国の隣人がやってきた。アメリカ軍は三陸沖に空母を派遣し、ヘリポートの基地を提供し、ロシアは天然ガスの供給を提示した。窮状を抱えたニュージーランドからも支援が来た。世界の各国から多くの救援が来ている。地球人とはなにか。地球上に共に生きるということは何か。そのことを考える。

 泥の海から、救い出された赤子を抱き、立ち尽くす母の姿があった。行方不明の母を呼び、泣き叫ぶ少女の姿がテレビに映る。家族のために生きようとしたと語る父の姿もテレビにあった。今この時こそ親子の絆とは何か。命とは何かを直視して問うべきなのだ。
==引用ここまで==

米軍の空母がいままで何をしてきたかを考えると、そこには当然にも複雑な思いがよぎるけど、・・・。


ぼくはもうすぐ52歳で生きてきた時間より、残された時間のほうが短い。

でも
昨日、生まれた彼が、少しでも「生まれてきてよかった」と思えるような社会をつくるためにできることはあると思う。

こんな状況で、そんな社会をほんとうに準備できるのかという思いもよぎらないわけではない。

できないかもしれない、でも、できるかもしれない。

そんなことはわからない。

ただ、そんなのは無理だとあきらめて生きるはつまんない。
少なくとも、ぼくにとって、それだけははっきりしている。

まだ名前のない彼の笑顔をたくさん見たいと思う。
地震でびっくりしちゃったのか、ちょっと早めにでてきた、小さな彼だけど、昨日、生まれたちいさないのち。

ぼくにできることは、そんなにたくさんはないかもしれない。
でも、ぜんぜんないわけじゃないはず。


昨日、生まれたちいさないのち

その笑顔をみるために、ぼくは自分でできることを探し、そして続けよう。

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コメント(1件)

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おめでとうございます。

これからの世代のためにも、社会を立て直すのではなく、作り変えねばならないと思う、今日この頃です。自分自身も。
Arisan
2011/03/17 19:35

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