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zoom RSS 『自然に学ぶ粋なテクノロジー』メモ

<<   作成日時 : 2011/04/26 02:57   >>

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京都の春日くんがこの本についてツイートしてるのを読んで気になったのは電気を使わないエアコンの話。丸木美術館に応用できないかと思ったのだが、それは建設段階から考えなきゃいけなそうだった。でも、中身は面白いから、読んでみるといいという春日くんの勧めで読んでみた。ほんとに面白かった。



自然に学ぶ粋なテクノロジー
なぜカタツムリの殻は汚れないのか
石田 秀輝 著 2009年

本の紹介ページは
http://www.kagakudojin.co.jp/book/b50062.html

いま、調べたらグーグルでもかなりの部分が読める。
http://books.google.co.jp/books?id=xLNpx2jI_usC&printsec=frontcover&dq=%E8%87%AA%E7%84%B6%E3%81%AB%E5%AD%A6%E3%81%B6%E7%B2%8B%E3%81%AA%E3%83%86%E3%82%AF%E3%83%8E%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%83%BC&source=bl&ots=VibPwIQW5_&sig=aPUwNVdEX5690CjZzS0CclFvcBI&hl=ja&ei=Fbe1TfbnHYikuAOkgOGMBw&sa=X&oi=book_result&ct=result&resnum=14&ved=0CIwBEOgBMA0#v=onepage&q&f=false


個々の「自然に学ぶ粋なテクノロジー」も面白く、多くの書評ブログでも、そこに触れているのだが、ぼくに面白かったのはこの著者のマクロな環境についての視点。イナックスという企業の研究所出身の人もこんな世界観をもっているのかという認識。というのはモノの生産を大幅に縮小するという方向性。

日本だけが特別だという視点についてはちょっとどうかと思わざるをえない部分もあるけれども、読むべき点は少なくない。

以下、メモ

「まえがきにかえて」から、現在の環境の危機と不公正な世界の状況はテクノロジーを使って引き起こされているという説明の後、こんな風に書かれている。
===
 このままでは、テクノロジーは文明崩壊のための道具としての価値しかなくなってしまう。今求められていることは、我慢するのではなく、生きることを楽しみ、ワキワキドキドキしながら心豊かに暮らすことができるあたらしい文明創出に必要な、あらたなテクノロジー観をつくることである。それは、産業革命以来続いた地下資源文明と決別し、太陽と自然の恵みを活かす生命文明創出に求められるテクノロジーなのである。
===
ここだけ、抜き出すと、「なんだこいつ」という感じで、何かの宗教じゃないかとさえ思えるし、さらにそれに続けて、「それをつくることができるのは、高度な自然観をもつ日本人だけだ」とか書かれてしまうと、もう、こんな本、読む価値ないかとさえ感じるのだが、最初に書いたように、ところが・・、という話になる。


で、ぼくに面白かったのが
 『第2章 自然観をもったテクノロジーが必要なのだ』

具体的なテクノロジーよりも環境問題に興味がある人は、こっちから読んだほうがいいかも。


まず、この章のリードの部分で、循環型社会がめざされつつも実現しなかった現状の上で、「完璧な循環は存在するのだろうか」と自ら問い、「それは自然である」と答える。39p

この循環のためにインプット(エネルギーや資源)をいかに絞り込めるかが重要だと指摘する。そこまで一般的な指摘だが、シュミット・ブレークという人を引用し、具体的に世界中の物質の流れを50%縮小することが必要だという。そのために先進国はそれを10分の1にする必要で、また、産業経済活動が地球に与える影響を半減するには20分の1にする必要があるという。
 そして、「つくる」部分で20分の1にするのは難しいが、「つくる」「使う」「戻す」でそれぞれ3分の1にすれば27分の1になるから、これは夢ではないと書かれている。42-44p

ぼくのようにぼんやり読んでいたら、思わずそうかと思うのだが、とりあえず、作るを3分の1というのは必要だし可能だとぼくも思う。しかし、読み直してよく考えてみる。その3分の1に減ったプロダクトを使うのを3分の1にするというのが可能なのか。だいたい、使われない3分の2は何のために作られるのかわからない。

と考えて、再び思い直す。つくるのに使う材料とエネルギーを3分の1にして、それを使うためには材料はほぼいらないので、使うためのエネルギーを3分の1、そして、それをリサイクルしたり、処理するためのエネルギー、あるいはリサイクルのために使う材料を3分の1にするということだろう。それぞれの段階で使うものが異なり、とりわけ製造段階ではいちばん材料とエネルギーを使うだろうから、これを単純に27分の1とするのは無理があるように思う。つまり、こういうことだと思う、例えば自動車。これを作るために使う材料とエネルギーを3分の1にする。台数も減るだろう。そこで、3分の1の燃費の自動車を作るか、あるいは走る距離を節約して、ともかく使う燃料を3分の1にする。その自動車をリサイクルするためのエネルギーを3分の1にする。これでは27分の1にはならないような気がする。しかし、この考え方でかなりの節減の実現可能性が示唆されるのは確かだ。


48pでは以下のように問われる。
自然生態系ではそれぞれの個体が利己的であるにもかかわらず循環型を維持している、しかし人間は利己的であるがゆえに文明崩壊の危機を迎えようとしている、それはなぜか。
 自然界では、循環できないような利己的な個は淘汰され、総体としては利他的な構造を持っているからであり、人間社会は循環型社会からもっとも遠い利己的な個でも淘汰されないからだ。っていうか、循環型社会からもっとも遠い利己的な個のほうが、権力を持ち、世界を支配している。循環型の暮らしをしてきた人たちが隅に追いやられている。


ともあれ、この節は以下のように締めくくられている。
〜〜〜〜
 今私たちに求められているのは、自然を自由に制御できると思ってきた錯覚に気付き、自然とテクノロジーのかかわりをあらたに見直すこと。すなわち自然観をもったテクノロジーを考えること、そして自らが文明崩壊を回避し、あたらしい生命文化を創出するための淘汰を起こすことなのである。
〜〜〜〜
ま、これはそうだと思う。こんな風なことを企業の研究所出身の人が言ってるのがすごいと思う。


で、問題は淘汰がどんな形で現れるか、起こすかという話になる。
文明崩壊を引き起こす淘汰か生命文化を創出する淘汰か、という選択肢が導かれる。

文明崩壊を引き起こす淘汰は平等に起こるわけではない。貧しいものが最初に淘汰される構造が世界には存在している。そのような事態を回避できるのかどうかが問われている。

そのようではない淘汰、つまり、生命文化を創出する淘汰を自ら起こすことが提起される。それを起こすことで「厳しい環境制約の中でワクワクドキドキしながら、生きることを楽しみ、豊かなあたらしいライフスタイルをつくり上げる必要がある」と著者は書く。

そして、そのためには4つの淘汰のステップがある。

長くなったので、その説明は今度にしよう。

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2011/04/27 07:05
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http://tu-ta.at.webry.info/201104/article_10.html と http://tu-ta.at.webry.info/201104/article_12.html の続き ...続きを見る
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