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zoom RSS 『自然に学ぶ粋なテクノロジー』メモ(その7)

<<   作成日時 : 2011/05/15 01:52   >>

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その6
http://tu-ta.at.webry.info/201105/article_5.html
の続き



『二 ネイチャー・テクノロジーの創出システム』について

これは7章の2節にあたる。冒頭に以下のように書かれている。
===
 ネイチャー・テクノロジーを具体的なかたちにしてゆくには、バックワードキャスティング(未来から今を見る)の視点が重要になってくる。具体的には次の三つのステップで創出システムが構成される(図7−5)。
===

図のテキストの部分を抜き出すと

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(1)
2030年の制約因子の中で安全・安心・快適な暮らしのシーンを考える


↓ 暮らしのシーンを構成するテクノロジー要素の抽出


(2)
2030年に必要なテクノロジーを自然の循環の中から見つけ出す





(3)
地球に最も負荷のかからないテクノロジーとしてリ・デザインする。
===
この3つ(+α)が循環するかたちの図になっている。

これがテキストで補足説明されているのだが、気になったのは(1)の説明のなかにある「この段階で、本当に捨てられない利便性であるのかどうかの議論を行っておくと、問題はより明確になる」という部分。

捨てられる利便性と捨てられない利便性を分けることに関して、合意形成をつくっていくプロセスはかなり困難なものになるだろうと予想される。

現在でも、「節電なんかしたくない」という声が聞こえている。原発の問題で、東京電力をはじめとする責任主体を明確にすることは重要だが、その責任の追及とは別に、田舎に犠牲を押し付ける形で利便性を追い求めてきた私たち都会の暮らしの形を見直すことも重要だと思う。

なるべくエネルギーや資源を使わない暮らしに向けて、私たちはどの程度の利便性を捨てることができるのか、その社会的な合意をどのように形成できるのか。そこがすごく大切だと思う。

そのあたりがここではあっさりスルーされてる感じがあり、やっぱり著者は理系の人なんだなぁと思わせる部分でもある。

そして、ここでも、前の読書メモで何度かよくわからないと書いてきた《「もの」から「こと」への転換》という話が出てくる。こんな風に書かれている。
===
捨てられない利便性を「こと」という視点で見る必要があり、利便性を機能という観点で見、デザインしなければならない。158p
===



第8章 2030年に向けて鳥の目をもった人材が必要だ

この章のリードでは以下のように書かれている。
===
少なくとも、ものづくりという視点では、自然との共生はもはやあり得ない。私たちがなにかしようと思えば、必ず地球に負荷をかけるのである。どんな言い訳をしようとも、必ずトレードオフの関係が存在する。では環境を考えたものづくり、経営戦略、政策とはいったいどういうことか。それは、多くの解の中から、もっともトレードオフを小さくできる解を見つけることであり、そのためには鳥瞰的な視野が不可欠である。鳥瞰的にものを見ることは、俯瞰的に見ることではない。広い視野とその中でもっとも重要なものがなにかを同時に見ることができる、鷹の目的視座のことである。残念ながら、日本の今の教育は、高学歴になるほど視野が狭くなるという最悪の形態を有している。・・・
===

この章で、まず興味深かったのが、紹介されている2007年10月25日号の『ネーチャー』の記事。「京都を捨て去るとき」、そのなかの
===
京都議定書は人為的なCO2排出量を削減するという目的に対して、目に見える成果をあげていない。この失敗は、偶然ではなく必然である。なぜなら、気候変動のような非常に複雑で関係者が多岐にわたる問題に対して『CO2削減』というたった一つのものさしで対処しようとしているところに問題がある。
===
という指摘。これに加えて、著者は以下のように書いている。
===
気候変動のような繊細な問題を、政治的意思だけで解決しようとすることには無理があり、これが、京都議定書が失敗していて今後も機能しない根本的な理由であるというのである。
===

ここにもちょっと違和感が残る。
確かに政治的意思だけでは解決できないかもしれない。しかし、この「政治的意思」さえ、確定できないという問題が抜け落ちているように思う。たとえば日本政府は、自らがホスト国として推進し、京都議定書で合意した削減目標さえ、ちゃんと守ろうとしているようには見えない。日本の経済界はいまでも、この目標達成に否定的であり、それを支持する御用学者などの論調も少なからずある。そして、鳩山から菅にかわって、京都議定書の京の字さえ、見なくなった。福島第一原発事故をめぐる事態の中で、「自然エネルギー」が見直されつつあるが、一時的には化石燃料への依存が増加するだろう。長期的には原子力からも、化石燃料への依存も脱却するというエネルギーシフトの主張は政府の中では、まだまだ小さいように感じる。そして、この本で主張されているように、それは早急に開始されなければならないにもかかわらず、だ。


そういう問題を抜きにして「政治的意思だけで解決しようとすることには無理」といわれることに違和感が残るのだった。

問題はその政治的意思さえ持てない状況なのだが、政治的意思を持つために必要な条件を整えるために何が必要なのか、という視点も必要になるだろう。

そういう意味では、この本で書かれている西欧=近代を超えるための仕掛けが必要であり、それを山之内=ヴェーバー流に『世界像革命』と呼ぶこともできるだろう、なんて、また書いちゃった。



で、この本はここから「鳥瞰的視点の必要性」という小見出しに移るのだが、今回の読書メモもとりあえず、ここまで。

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