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zoom RSS 『チェルノブイリは女たちを変えた』読書メモ その2

<<   作成日時 : 2011/06/18 04:49   >>

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再び、顔本で作成したメモから転載

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その2ではミースにしようか、ヴェルホフにしようかと考えていたんだけど、山本知佳子さんの「三年後のプロローグ」が目に付いたので、メモ。



理由は単純だ、近藤さんの解説について書いた後で、本を後ろからめくったから。



で、山本さんはこの文章の結語近くで以下のように書いている。

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 原発の問題を考えるとき大切なのはまた、自分たちはとてつもないエネルギー浪費社会に生きているという事実をはっきり認識することだと思う。第三世界と呼ばれる国々の何十倍、何百倍ものエネルギーを消費している点においては、西ドイツも日本も変わりない。人類を脅かす原子力のような危険なエネルギーでつくった電気はいずれにしてもいらない。だが、だから他の安全なエネルギーをと言う前に、そもそもこんなにエネルギーをつかい、モノを浪費する生活はおかしいのではないかと問いたい。原発がなくても電気は十分足りるのは事実だが、そこからもう一歩踏みこんで、たとえいまの発電量が落ちても、原発はいらないと言えなくてはと思う。エネルギーを使いすぎ、モノの”豊かな”生活にしがみついているかぎり、その陰で貧窮と飢えに追いこまれている国々のことも見えてこないし、国と電力産業の「原発止めれば明日からろうそく」という”脅し”にも安々と乗せられてしまう。モノにあふれた”豊かな”生活を脅かされたくないから、原発はイヤなのだというのでは、あまりにも身勝手すぎる。脱原発とは、いまの生活水準は守れるから、原発を止めようということではなく、いまの生活のあり方、価値観そのものを根本的に問い直し変えていくことに他ならない。

 女たちが、男社会の産物である原発はいらないという時も、そうした発想の転換と結びついてこそ、原発社会、そして男社会そのものを変えていく力になると思う。自分のこどもにだけは”安全な”ものを食べさせて、つれあいの男を出世させ、”豊かな”生活を守るための脱原発というのだったら、いまの社会と何の変わりがあるというのだろう。”母性”の解決をめぐっては、西ドイツでも喧々がくがくの議論が続いている。男の発想にかわるものとして、ことさら母親であることを強調するのには、疑問がある。たまたまこどものいる女性が、そのことを通して原発の危険性を感じとったなら、それはその人の経験だ。だからといって、すべての女に、「母親として」「母親だからこそ」という枕詞をつけるのはおかしい。・・・という役割分担が押し付つられている社会の中で、女たちが、母親という肩書きを持つことによってのみ、発言権を認められている不自然さに気づかねばならないと思う。・・・215-216p

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この山本さんの話、すごくすっきりしていると思う。確かに、多数派にはなれないかもしれないけれど。

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