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<<   作成日時 : 2011/12/04 07:50   >>

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関沼博さんの

「フクシマ」論
原子力ムラは
なぜ生まれたのか

のメモを書いた。
気がついたら、膨大な量になっていた。
以下のメモの冒頭に
「それなりに面白い本だった」と書いたが、よく考えたら、それどころじゃない。
こんなに膨大なメモをぼくに書かせた本はそんなに多くはないはずだ。
もちろん、違和感はものすごくたくさんある。
しかし、その違和感を、ぼくに表現させる強力な力をこの本は持っていたといえるだろう。

このメモ、かなり長い時間をかけて書いているので、前書いたことを忘れて、同じようなことを何度も書いている。
ときどき書いているんだけど、基本的に自分用のメモなので、大目に見てください。

残念ながら、途中で消してしまったところもあるが、以下がその膨大なメモ



以下、メモ

======
それなりに面白い本だった。
いくつかの紹介をネット上で読んだだけでは、こんなに面白い本だとはわからなかった。少なくともぼくに対しては、それらの紹介は成功していない。

ここで主要に語られる原子力ムラとは、現在、使われている電力会社や経済産業省・科学技術庁、学者を中心とするそれではなく、原子力を受け入れた田舎のムラのことだ。

従来、使われている「原子力ムラ」については山括弧付きの別の表記がなされている。



この本の書評をこれを書く機会に検索してみた。

荻上チキさんが「困っている人」と並べて書いていた。
http://nikkan-spa.jp/38721
===
大野さんと開沼さん、同世代・同郷出身の二人は、単純な二項対立の言説に対して違和感を抱き、だからこそ「自分たち<こそ>当事者だ」という言説に回収させてしまうことなく、この複雑な現状を整理し、多くの人たちに関心を持ってもらうための仕事を始められました。今後もお二人は、これまで言葉にされなかった“複雑さ”を政治の言葉に変換していくという作業、社会問題化されてないものを社会化するため、人の心にゆさぶりをかけるというミッションを、それぞれ継続していくことでしょう
===

また、アマゾンの書評にも
<本書がとりわけ優れているのは、「強欲、強引な国策・電力会社・地元権力vs抵抗する地域社会・社会運動」といった単純な二項対立の図式に与しないことだ。ainigma2011 >と書かれていた。

 しかし、この本、基本的な構図としての二項対立を前提としている。ある意味それは、大きく括れば「単純な」二項対立といえるのではないか、というくらいの二項対立が前提になっているようにも読める。もちろん、それはこれらの書評にあるように従来の二項対立図式とは少しずれてはいるが。


===
社会学の研究対象として原子力を選んだ理由は明確・・・原子力・・・ほど「近代社会」や「近代性」と呼ばれるものとそのメカニズムが映し出されているものはない・・・から
13p
===
・・・第二次世界大戦後の社会を考える上で、どの階層レベルにおいても、そこを規定する重要な位置を占めてきたこの原子力という「鏡」に映し出される多様な社会の姿を見ることで「戦後の日本社会とはいかなるものだったのか」「そこにあった社会現象の根底にどのようなメカニズムがあってそれはどう変化したのか」ということを大づかみにできるのではないかと考えた。例えばそれは55年体制であり、あるいはここ数年で起こったことで言えば八ッ場ダムや沖縄の基地建設、特捜検察の証拠捏造といったことについての問題に通低するような「何か」だ。13p
===

====
・・私が最も迫りたかったのが「中央と地方」という問題・・・。それはちょうど「中心と周縁」という二項対立的な概念が内包する「上と下」「主と従」というような原子力以外にもまとわりつく問題でありそれが何なのか明らかにしたかったのだ。先に結論を述べてしまえば「この二項対立構造があったからこそ日本の戦後成長が達成された」ということが明らかにされる。そして、ただ置いただけではつながりえない二項を磁石のごとく媒介し、つなぐものとしての原子力を描く。14p
====


著者はこんな風に<「この二項対立構造があったからこそ日本の戦後成長が達成された」ということが明らかにされる>と書くのだが、本当に明らかにされたといえるだろうか。これを読み終わった後でも、ぼくには読みとれてないなぁ。確かに、地方を踏み台にして、都市中心の戦後成長は達成されたということはできるだろう。この本ではそれを媒介するものとして原子力を描いているが、「二項対立」と「媒介」というのが、なかなかぼくの中で、すとんと落ちない。対立点で拮抗するのが二項対立なのではないか。媒介があり、そこに共通のものを見出す二項対立というのは珍しい形態なのではないだろうか。

これをこの著者はポストコロニアルスタディーズとかいうものの知見を使って、以下のように説明する。
===
多くの人がもつ常識や世界観への根本的な疑義・・・指摘のポイントは二つ・・・一つは「加害/被害」という二項対立において、実は間にある「/」が不明確になり、加害と被害がないまでになったような、例えば、被害を受けているはずの側がなぜか知らぬ間に加害の片棒を担いでしまい自らが自らに加害することで社会を成立させているような現象・・・。もう一つは・・・自らの「立ち位置性」=positionalityを自覚していないが故に、知らぬ間に誰かを抑圧してしまっている・・こと・・・ 15p
===

「フクシマ」は交通事故のようにただの偶然的かつ一過性の「不幸」ではない。これは日本の「成長」や「地方」が抱える問題と密接につながった軋轢が表出した必然的な帰結 17p

相川勝重の転向 28p

52-53p
本書で原子力をとらえる3つの視点
1、戦後成長の基盤=経済
2、地方の統制装置=政治
3、幻想のメディア=文化

2については<「時代の先端」がムラを原子力ムラへと変貌させていきながら起こる現象のなかに戦後成長の原理を見出していくことも重要な論点になっていくだろう>と書かれる。

3、については「媒介(メディア)には常に幻想がうつしだされている」という。
マクルーハンのいう広義のメディア性を有するとも指摘。

そして、反原発側も推進するムラの側も、それぞれにとっての「幻想」を原子力に見出すと書くのだが、原子力のない社会は世界中に現実にいくつもあるじゃないかと反原発の僕は思う。こんな風にリアリズムをきどって、こうあって欲しいと思える社会の実現を彼岸に置いてしまう傾向って、研究者風の若者にありがちな態度だなぁと思う。

そして、潜在的核武装としての原子力発電というのも彼からすれば「幻想」ということになるだろうし、実際、そういう側面もないとは言えないけれども、それは推進側には、ある種リアルで現実の選択でもあり、そのことを「幻想」と片づけてしまう態度には強く違和感が残る。

確かに、現実に折り合って着地する場所はユートピアではないだろうし、脱原発が実現したからといって、そこにユートピアができるわけではないだろう。どろどろとした現実の中にしか折り合える場所はない。しかし、それを「幻想のメディア」とかいう風に高踏的に語ってしまうところに、「君はどこから語っているのか」と聞きたくさせるような響きを感じてしまう。


吉岡斉 「原子力の社会史ーその日本的展開」1999
「二元的サブガバメント・モデル」
電力通産連合と科技庁グループという二つのサブグループからなる原子力共同体・・・行政上の意志決定の権限を事実上独占。3者の合意がそのまま国策に 56p


71ー74pにかけて、中央に対して、地方とムラを区別する見方を提起するのも、ぼくにはけっこう新しい視点だった。地方とは「県行政、地方財界、地方マスメディア」。確かに、それはムラとは違う側面を持つアクターではある。



「強欲、強引な国策・電力会社・地元権力 VS 抵抗する地域社会・社会運動」の戦いは特に解決に向かうこともなく、むしろ前者がかつてと変わらず勝ち続けている状況が継続しているといえる。77p

そこからの脱却をめざすという。

しかし、ここは注意深く読まなければならない。彼はただ「脱却」というのではなく、「一旦脱却」と語っているのだった。では、その「一旦」から、どのように戻るのか、その回路をぼくは読みとることができないでいるのだけれども。

ともあれ、その話は置こう。その一旦脱却した地点から、中央のムラの欲望が地方を抑圧しているという風に、誰もがわかりやすい構図で語るのではなく、中央のムラの欲望は確かにムラを抑圧しているが、ムラの側の欲望があり、それゆえに抑圧されているという視点を加えることの重要性を提起する。「それゆえに抑圧されている」という部分は「抑圧に積極的に荷担している」と読み変えることもできるかもしれない。

===
原子力ムラは「人口増加」をはじめ、単純に「原子力=ネガティブなもの」として捉えていては理解しにくい状況を抱える。なぜ、このような理解しにくい状況があるのか。それは、原子力ムラの住民やそれを取り巻くもの(=内部)とそれを観察するもの(=外部)の間に埋めがたい溝があることを示す。
 本書では、この原子力ムラ内部/外部の溝に注目し、その溝を越えて、何が原子力ムラの社会を成立させているのかを明らかにする。
 結論の一部を先取りすることのなるが、これは「特別に貧乏なムラに危険な原発ができて、今日まで潤っている」という想像しやすい単純な図式、経済的な要因のみに帰することができるようなものではない。ではいかなる構図のなかで原子力ムラの秩序は成立しているのであろうか。93p
===

===
これまで原発を対象としてなされてきた学術的研究やジャーナリズムは「抑圧」や「変革」に帰結する構図をとりがちだった。・・・(それらの)研究は多くの成果を積み上げてきた。しかし、それらの研究がそこで提示した「抑圧」の解除や「変革」が実現されてきたのか・・・。現実に目を向ければ・・・実現されていない。問題はむしろ「抑圧」の存在や「変革」の不在とは別のところにあるのではないか。そう考えたときに、それら「抑圧」や「変革」を相対化し、一旦はなれて事象を見直す必要がある。94p
===
確かに、一度原発を作られてしまったムラでは抑圧は解除されていないし、変革も実現していないだろう。しかし、作ろうとしても、作れなかった計画立地点が何箇所もある。そのことの大きさをまず見つめるべきではないか。

そして原発立地点は飛び抜けて貧しい地域ではなかったかもしれないが、その多くは地域として他に生きる道を見いだし得なかった地域であることは間違いなさそうだと思う。なぜ、原発が選ばれたのかという背景には他に選択肢がなかったということはあるはず。田舎で食べていけないという世界中のメインストリームを変えていくことは容易なことではないが、ここを変えない限り、著者が指摘するような植民地主義は乗り越えることができないのではないかと思う。

それまでの研究が「抑圧の解除や変革」を結論としているという。確かにそういう先行研究は多かったかもしれない。しかし、「抑圧の解除や変革」が成功しないのは、極言すれば、研究とは関係ない。それらの研究の多くは理論的な帰結として抑圧の解除や変革」が必要だというだけで、ほとんどの研究には、どうすればそれが可能になるのかということは欠落していたのではないか。そして、この研究もそうだと思う。研究は変革を生み出さない。そこには別の力学が働いて、その結果がある。それを無理やりに結びつける見方はどうかと思う。

しかし、この研究がいままでの研究が見落としていた面を指摘しているということはできるかもしれない。それは運動内部では語られていたことではあるようにも思う。このように問題が明示されることで、克服する手だてをどうするかということを、意識的に取り組むきっかけにはなるかもしれない。そこまでを若い研究者としての彼に求めるのは酷かもしれないが、若いからこそいえる部分はあり、この論文もその特権をかなり使っているようにも思える。次はぜひ、そこに踏み込んでほしいと思う。


また、そ「抑圧の解除や変革」という構図から一旦離れて、別の地点から見て、見えてくるものもあるかもしれないとも思う。

ぼくはそこから離れて考えることが、なかなかできなうなっているけれども、社会がそれだけで成立していないというのもまた確かな話だろう。
(その代表的な例が、ここで著者が指摘する原発というテーマでは何の行動も発言もしない人びとへの注目だ。と最初に書いたメモに残っているが、ここで何を書きたかったのか忘れた。)



100-101pでは「ストップロッカショ」を例に
===
「土地を汚され、食い荒らされた可哀想な六ヶ所村の人」というありがちな、しかしそれ以外の方法の提示が困難な中央からの原子力ムラの捉え方は、抑圧を描くこと自体が抑圧を生み出すという二重の抑圧性をもった言説を生み出し、意図せざる形で原子力ムラを切り離すことになる。
===
というような記述がある。
当然にも運動を進める側が留意しなければならない話であり、時としてそれを忘れている中央発の運動があることは否定できないだろう。(ストップロッカショについて、ぼくは詳しく知らないので、それがそういうものとして存在しているかどうかという点については評価を避けるが。)

しかし、多くの運動にとって、そんなことは運動を進める上での「イロハ」のような話であり、例えば、鎌仲さんの「六ヶ所村ラプソディ」などでも、そのあたりの矛盾は端的に示されていたのではないかと思う。


109ー110pでは清水修さんの「差別としての原子力」(1994)が引用され、地元の町長は「原子力は安全だ」と「信心」するしかなく、それが庶民の知恵だとしたら、それは「奴隷の知恵だ」という主張が紹介されている。

それを受けて、著者はそれを「ただ単純に事実を見て見ぬふりをするというようなものではなく、原子力ムラが原子力ムラで在り続けられるような基盤を構成するものだと言えよう」という。

「敗北を抱きしめて」でダワーが主張しているように敗者の能動性としての原子力ムラでの原子力受け入れ。118p



貧しさが原発を呼び、貧しさ故に原発を手放せないという経済決定論に対して、著者は「その状況を所与のものとして捉えることができても、それ以上のものを捉えることができない」 原発ムラの成立に内在的に迫っていくために文化的なアプローチが必要だとする。120p

その議論の立て方を否定はできないが、まず、その所与の要件を問うことを忘れてはならないだろう。どうして、田舎で食えないのか。その問題をどうしたらいいのか。そこをスルーしては大きな問題を解くことにはならない。その前提はもっと強調されなければならないと思う。

そして、田舎が原発などの大規模開発に頼らずに生きていける道筋を探さなければならない。そのために何が必要なのか、そういう視点での「フクシマ」論が、もっともっと必要なのだと思う。

著者がいうように、原子力ムラの原発依存がアディクションだとすれば、そこから抜け出すために何らかの治療的なワークショップとか、ピアグループでの取り組みとかが必要なのではないか。


==
原子力は貧困に苦しむムラにとって「特効薬」になっても、大熊町のように「薬の常用」なしには、運転開始から20年ほどでその効能は消えると言ってよい。136p
==

1944年風船爆弾の放球実験は米子でも行われていた。
桜井誠子『「風船爆弾」秘話』2007

その和紙は小川町のほか・・・186p



54年3月の原子力予算の成立。学術会議が反対するほどの唐突な予算計上の理由は53年12月、アイゼンハワーの「atoms for peace」演説。グローバルな秩序の変化。55年体制と同時に民主党・自由党・左右の社会党の4党が平等にポストを分けあう原子力合同委員会。委員長は中曽根。234p

55年体制という言葉をいままで検証したことがなかったが、この段階で自民党もなく、社会党も分裂していたのか?

このすぐあとに保守合同は11月とある。55年2月の正力の選挙での主張は保守合同と原子力の平和利用。235p

読売は53年の正月に「水爆を平和に使おう本社座談会」(アイゼンハワー演説の前)236-237p

54年3月に第五福竜丸事件、そこからゴジラの制作へ。
読売新聞はこの8月に新宿・伊勢丹で「だれにでもわかる原子力展」(第五福竜丸の船体の展示・・・どのように?)
55年12月、日比谷公園で平和利用博覧会、その後3年間にわたって20箇所で開催。
238p

このあたりの話は岩波ブックレットの『原発とヒロシマ』にも詳しい。


それから、興味深いのは草野比佐男さんの詩の紹介
「村の女は眠れない」241p

初めて知ったので、Web上で探してみた。あった。
http://mrbean1968.jugem.jp/?eid=14
ここにたぶん全文が掲載されている。
すごくエロチックな詩で、嫌いじゃないんだが、ちょっと男視線かなぁとも思う。これを女性が書いてたら、かっこいいんだが、男が書くのはどうか?


Webには掲載されていない「中央はここ」
この詩もけっこう長く引用されている。
===
東京を中央とよぶな
・・・
そうさ 村がまさしくおれたちの中央
===
というような内容

最後の二行は
===
東京をかりそめにも中央とよぶな
僭越な支配がめあての詐称を許すな
==


4章は原子力ムラの成立過程の検討

著者は「かつてムラは自らの維持を関心の中心に存在していた」と書く。基本的にはそうだと思う。持続可能性とかサブシステンスが関心の中心と言い換えることもできるだろう。

そこからムラは《国家のなかの「部品」、「構成素」という自覚へ変貌していく》と主張する。そして、自らを中央に近づけようとし、原子力ムラにとっては、その作動のエネルギー源となったのが原子力だった、と。

そして、開発による地域発展というゴールは幻想であり、《今日において、ムラはより大きくなっていく「欠如」を自覚し、自動的かつ自発的に服従をしながら、自らを逃れようのないaddictionのなかにうずめていっている》とする。249p


ふたつの「原子力ムラ」について
この本が扱う主要なものは原発がある地点としての原子力ムラだが、一般的に使われる中央の〈原子力ムラ〉にも言及し、その共通性を以下のように書く。
===
・・・どちらも共に閉鎖的かつ硬直的な性質を持っている。なぜその・・・両者が共鳴するのか。それが筆者のなかの一つの小さな問いであり、その答えのなかに本書の目的とした大きな問い、あるいは解き明かすべき近代化の根本にある原理を理解する上でのヒントが隠されている・・・。293p
===

そして、著者はその共通点として、両者が「夢を見ていた」し、どちらの夢も幻想であったことが明らかになってきたという。それらは幻想にしがみつき続けるがゆえに「前近代の残余」としての閉鎖性・硬直性といったムラ性、現代的かつ特異な「ムラの精神」を保持し続けながら今日にいたっている、と。
293-294p

ここに来て、やはり、この「ムラ」理解について、ひとこと言いたくなる。「ムラ」をバカにしていないか。桎梏としてのムラの側面ばかりが強調されすぎているように感じる。生存や持続可能性やサブシステンスを基調とするムラには多くの肯定的な側面があり、伸びやかな側面もあったはずではないかと思う。


また、296pにある反対派に関する記述には大きな違和感が残る。「反原発勢力は、・・・新設計画の抑止など細かい軌道修正はできるが、例えば既設原発やすでに計画が大きく進んでいる原発を止めることは出来なくなっていた」とあるが、新設計画をつぶすというのは大きな成果なのではないか、また、既設とか計画が大きく進んだということは、すでにかなり負けているという話である。それをひっくりかえすのがすごく困難なのはいうまでもない。
そして、このページの表の「夢→幻想」の欄に「チェルノブイリのようなディストピア」という表記があるが、それは日本でも現実のものとなってしまったではないか。

そして、この4章の結語部分では「以上で二章から進めてきた各時代の歴史的条件を洗い出す作業は終わった。いかにして、現在の、国をあげての強固な保守性をもった原子力推進体制ができたのか、ということが明らかになった」とあるのだが、本当に明らかになったといえるだろうか。

例えば、チェルノブイリ事故を受けて、一瞬、盛り上がった反対運動が社会を脱原発の方向に向けることができなかったのはなぜか、というようなことがこれで明らかになったとは思えない。また、経産省(旧通産省)のなかの原発に懐疑的な人たちがどうして主流になれなかったのかも明らかになっていないように思える。もっと早い段階で、違う選択肢を選び取る可能性はあったのではないか。だとしたら、何が問題だったのか、著者が書くところの「原子力ムラ」の事情というのは、反原発運動のなかでつぶやかれてきた話ではあるが、確かにあまり正面からとりあげた人はいなかったようでもあり、大切な指摘だと思うが、それだけで「明らかになった」と書くのは、やっぱり書きすぎだと思う。


第V部 考察

第五章 戦後成長はいかに達成されたのか――服従のメカニズムの高度化

メカニズムか・・・。


著者はここまでの中央とムラの関係の変遷を以下のように整理する。

1、中央とムラの分離
明治以来、日本は中央集権体制の確立を目指してきた。しかし、ムラの利害を代表する地方政治家や地元メディアを前に強い権威を持つこともできず中央集権は不明確なものに。

2、中央とムラの接合
戦時下から戦後改革の中での中央集権体制の確立。

3、中央とムラの再分離
90年代以降、経済成長が鈍化し、新自由主義政策がとられるなかで、中央とムラの関係は新たな段階に。確かに現在でも地方は中央に自発的に貢献しているが、それは自動化している。
304-305p

2番目だけは理解できるが、他はよくわからない。

まず1だが、戦争が始まる前の中央集権の過程を振り返ると、日本はすごい勢いでそれに成功してきたのではないかと思わざるを得ない。確かに部分的に貫徹しないところはあったかもしれないが、基本的にはそれぞれが国だった諸藩が存在した体制からの明治期の変化はすさまじいものだったのではないか。

そして、3.この説明の文章でも著者は「ムラは自動的かつ自発的に服従する存在へと変化した」と書いている。これのどこが再分離といえるのか?


戦時から戦後にかけて「地方」がムラと中央をつなぐエージェントになり、それが日本の成長を実現した。そして、ムラが自動的かつ自発的に服従していくなかで、その「地方」という媒介(メディエーター)が不要になってきた現代、という風な考察の見取り図を書く。306p ここは理解できるのだが。

前にも書いたが、ムラ・中央のほかに、「地方」というアクターを描き出しているのは、ぼくには新鮮だった。確かにムラと地方に別の役割があるということも可能だと思う。広義の地方にムラは包含されるが、こんな風に地方を定義することができるのかとふいを突かれた感じだ。

===
「近代の先端」を目指す「中央」にとって、克服すべき「前近代の残余」としての「ムラ」は植民地論で言うところの「コラボレーター」としての「地方」309p
===

植民地論で言うところの「コラボレーター」としての「地方」とは・・・?


80年代以降、原子力ムラはもはや原発なしでは財政が成立しない状態・・・addictionalに原子力を求める体制が確立したといえよう。311p

それがアディクションだとすれば、その依存症がもたらす生きにくさをかわすために何ができるか。少なくとも依存している何かを続けることではないはず。
この依存症患者へのイネーブラーは誰か、と問題をたてるのも面白いかもしれない。



316pからは「ムラの変貌と欲望」という節があり、ムラの能動的な欲望について語られる。そこで、かつてあった「生存への欲望」の様相の変化について記述される。欲望の対象がモノからコトへ変わったと。そこで一貫して書かれているのは、都会に近づこうとして満たされないムラ。そのようなものとしてしかムラは本当に存続し得ないのだろうか。多くのムラがそのような欠乏感を抱いているのは確かで、それは日本に限らない。だから、都市への人口流出は続き、スラムが巨大化していく。しかし、それを規定する大きな原因はやはり、ムラで食えないからじゃないかと思う。そこには外からの価値観・文化の問題も無視できない要因として、あげられるかもしれない。これに関しては、世界中に先行研究がたくさんありそうな気がするのだが、それらには触れられていないようにも思う。

そのような文化的な側面は無視できないとしても、田舎が田舎として食っていけるようにするためにどうしたらいいか、そんな観点がまったくないのがこの本の残念な点でもある。

受苦というときの一面性に警鐘をならす324pの主張はうなずけるものではある。しかし、苦を受ける以外の選択肢はほんとうにないのかどうか、そこが真剣に問われなければならないと思う。

332pでは「本書では・・・possitionarlityに自覚的に、自らが中央から学の対象として原子力を捉えていることを踏まえつつも、ムラからの内在性、ムラの能動性を中心に歴史を再構築してきた。そこからは、中央のpossitionから描かれた歴史とは違った、声なきムラやその住民の姿が明らかになってきたと言える」という。

そのあたりに意識的に近づこうとしているとは思う。しかし、そこにあまり新鮮さは感じない。あたり前の感覚がでてるだけのような感じだ。問題なのはムラがaddictionに陥ることが必然なのかどうか、そのようなaddictionに陥らないために、なにが必要なのか、あるいはそれは不可避なのか、というそのあたりの考察だと思う。


362-363pにかけて、戦後成長のなかで原子力という「近代の先端」という幻想が必要だったというような記述がされている。戦後成長にそういうようなものが必要だったと仮定するにしても、それではそのような成長が想定できない現在、必要とされるものは何なのかということが問われなければならない。


補章で著者は3・11後の4・10選挙での反原発派の敗北について、「いまはいい流れだ。この敗北がタイミングの問題でたまたまの偶然だと説明する向きが出てくる」としたあとに以下のように書く。
===
しかし、あらゆるメディアが事故から1ヶ月後の衝撃に選挙されている中で達成されていないこと、明確な「敗北」の事実が、今後覆されうるのか。その転覆は達成されない。これがただの偶然ではなく、地方と中央の抱える問題の本質に存在する必然と見ることをしなければ私たちは進むべき方向を見失う。371p
===
こなれていない文章だと思うが、この敗北を必然として捉えなければならないという提起は重要だと思う。

そして、政府やメディアの「大本営発表」が他の「安心・安全」を垂れ流しへの批判をした上で、「脱原発のうねり」に対しても以下のように警鐘をならす。
===
原発を動かし続けることへの志向は一つの暴力であるが、ただ純粋にそれを止めることを叫び、彼らの生存の基盤を脅かし続けることもまた暴力になりかねない。その圧倒的なジレンマのなかに原子力ムラの現実があることが「中央」の推進にせよ反対にせよ「知的」で「良心的」なアクターたちによって見過ごされていることにこそ最大の問題がある。372ー373p
===
反対派も賛成派も本当にそのジレンマを見過ごしているのだろうか。

確かに、反対派は「じゃあ、どうすれば生きていけるのか」ということに明確な回答を持っていない。そして、フクイチに近い地点ではほとんどの人が生きてふるさとで生活を続けることが不可能な状況になりつつある。そこでは代替地での生活基盤をどう作るのかが問われている。そのことをそこに住む人たちがどのように受け入れることが可能な政策として、提示するか、提示の内容だけではなく、その方法もまた問われている。

「原発に依存してなんとかしようとするのはやめよう」というときに、じゃあ、どんな生き残り方があるのか、この<「フクシマ」論>では、その当然起こるべき問いから一貫して逃げているように感じる。

しかし、373ー374pで書かれているように、3・11後に出されている反原発の論点はそれまでに既に出されていたものであり、新規性はない。そして、著者は以下のように書く。
====
その新規性のない議論をあたかもそれが解決すれば全てがうまくいくかの如く熱狂し、そしてその熱狂を消費していく社会のあり様にこそ問題がある。3・11以前に、原子力をその基盤としつつ無意識に追いやっていた社会は、意識化された原子力を再び無意識のなかに押し込めることに向かいながら時間を費やしている。
 私たちは生モノが腐敗しきるのを待つことを避けなければならない。すなわち「生モノ」の議論から離れ、保存可能な「忘却」に絶えうる視座を獲得し社会を見通すことを目指さなければならない。374p
===
引用の前半部分は反原発運動が留意しなければならない部分だと思う。どうしてチェルノブイリ後の運動は風化してしまったのか、何がその風化をもたらしたのか、そのあたりのこともちゃんと見ていかなければならない。

ここで再稼働を漫然と許してしまえば、そんな風な繰り返しになってしまそうな気もする。そして、再稼働を拒否して、田舎を、食える場所として再生するのかという構想力もまた必要になっているように思う。

しかし、この後半部分はよくわからない。
<「忘却」に絶えうる視座>というときの「絶える」は「耐える」の誤変換じゃないのかな。

ともあれ、「生モノ」の議論はそれとして必要なのではないか。そのことと同時に、それではポスト原発の地域をどのように再生していくのかという視点が問われているのではないか。

あらら、この後のメモが消えた。

もういちど書いてみよう。

380pでは普天間基地代替問題を例に、メディアや人々の熱狂と忘却について書く。2010年の4月にはそれが大々的に報じられたのに、いまではもう忘れられている。そして、それについて著者は以下のように書く。
===
沖縄は本土、中央の安全・安心のための担保として利用されているだけでなく、熱狂の消費の対象としても、いわば二重の利用をされてきた。「もううんざりだ。こうなるんならば初めから手なんか差し伸べなければいいのに」と、怒るわけでもなく、諦念とともに思った人もいたかもしれない。これは歴史上幾度も繰り返されてきたことだったのだから。そして、その熱狂の消費を稼動させてきたメカニズムは圧倒的な「善意」に他ならないのだから。ここに、私たちは戦争ー成長の不変とその暗部を読み取り、それがまた忘却されていこうとしている現実に抗うことを改めて強く意識し続けなければならない。380p
===

ここは大事なところだろう。とりわけ、社会運動は人々の関心のあるほうに流れなければならないという側面を持つ。もちろん、そんなことに関係なくずっとシングルイシューを追い続けている少数の人はいることを忘れてはならないし、そういう地道な努力を使わせてもらって大きな社会運動は起きるのだが、大きな社会運動は人々の関心と無関係には成立し得ない。

結語の少し前、382-383pで、著者は六ヶ所村での原子力との始めての出会いについて書く。そこで見た原子力と共存する人々。それは「己がそれまで身を浸してきた陳腐すぎる象徴化も、稚拙な想像力も、とうてい捉えきることを許さないものを突きつけてきた」と

さらに、原子力がくることで、子や孫が残って暮らせるという夢が叶う面はあり、また、それはある面では、原子力に完全に侵食されることになる未来のムラの圧倒的なリアリティだと書く。

そして著者は、そこから「植民地」を連想するのは困難なことではなかったとし、それは「発想の飛躍」ではなかったと確信する。

植民地化された人々の心のひとつのありようがここに出ているということなのだろうか。しかし、そんな風にいびつに抑圧された心情=信心に持続可能性はないのだと思う。と同時に著者が繰り返しこの本で主張しているように、従来の反対運動の論理で、それが覆せるものではないということも考えなければならないはずだ。

そして、この本は以下のような結語で結ばれている。

===
信心を捨て、そこにこぼれおちるリアリティに向きあわなければならない。希望はその線分の延長上にのみ存在する。384p
===

あとはどうでもいいような蛇足だが、
あとがきに指導してくれた教官などの名前があって、それもまた興味深い。
このもとになった修士論文の指導教官は吉見俊哉さん、次に感謝されるのが著者の研究領域をアクチュアルなものに接続するヒントを提示してくれたカンサンジュンさん。そして学部時代から長く指導してくれた上野千鶴子さん。(そのわりにはフェミ的な視点が希薄だが)。

さらに最近、いろいろ話題になってる宮市さんの名前も挙げられている。
===
膨大なメモここまで

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小倉利丸さんの《運動の想像力について---「東京をゴミ捨て場に」再論》について
フェイスブックに小倉さんのブログに掲載された文章についてのちょっとしたコメントを書いた。以下にそれにかなり書き足したものを転載。 ...続きを見る
今日、考えたこと
2011/12/10 06:16

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