今日、考えたこと

アクセスカウンタ

zoom RSS 『中東民衆革命の真実』読書メモ

<<   作成日時 : 2012/04/08 08:43   >>

ブログ気持玉 0 / トラックバック 0 / コメント 0

前半はツイッターなどに書いたもの、ちょっと補足もしている。途中からテキストエディタでのメモ。

田原牧さんの『中東民衆革命の真実』読了。簡単に読める新書だが、中東の現代政治について勉強になるだけでなく、2010年代の革命論として、面白かった。
posted at 07:12:27

承前『中東民衆革命の真実』から)経済的苦境、警察国家、独裁政治の強化のどれもが、革命の触媒になっていたことは疑いない。コップすれすれだった民衆の鬱積という水が、ついに表面張力を破ったという解釈はもっともなように聞こえる。しかし、いまひとつ腑に落ちない。60p
posted at 07:18:38

承前、要約)…FBや米国の民主化圧力については後述するが、いずれの要因も当たってはいるが、民衆に命がけの革命を促す決定的な動機とは考えにくい、あくまで触媒。革命は人々に命がけの飛躍を求める。飛躍を促す何かがあるはずだ。それを求めるために現地へ向かった。62p
posted at 07:23:41

承前)PFLPの政治局員のエジプト革命に関する「蜂起する人民の力を感じた。…パレスチナの服従と占領を終わらせる鼓動が聞こえる」というインタビューを引用し、田原さんは「タリハールに集まった青年の思いとは隔たっていた」と書く。PFLPは日本の政治地図では「パレスチナの社民党」とも。(85p)
posted at 07:30:08

『中東民衆革命の真実』で田原さんは「世代の『断絶』という劇薬抜きには「1月25日革命」という奇跡は生まれなかった。何かがこの断絶をもたらした。その正体をタリハール広場で見た」(94p)と書く。
posted at 07:35:56

承前・要約)タリハール共和国が現出した段階で「1月25日革命」は革命たりえた。しかし、この「共和国」が反革命との攻防を不可避とする以上、その維持には文化を超える政治的・物理的力が必要。その力は青年たちの鼻柱の強さや素人の市民の躍動感だけでは補えない。力のプロの下支えが…124p
posted at 07:41:05

承前)1948年以前のアラブの共産主義運動におけるユダヤ人活動家の大きな役割に関する記述も興味深かった。135p

以下はテキストエディタから
====

田原さんは「中長期的に見て、(ムスリム同胞団ではなく)ここ数年で芽生えてきた戦闘的労働運動の成長が台風の目になる」と予測する。「この予測は『1月25日革命』を取り巻いた大きな歴史的な流れに根拠を持っており、その流れに従えば、労働運動は加速せざるを得ない」と書く。149p

また、革命の原動力は愛国主義(ワタニーヤ)でもアラブ民族主義(カウミーヤ)でもなく、グローバリゼーション(アウラマ)だ、という税務署員の話に同意する。152-153p
(本文中ではアラビア語のカタカナ表記のほうが使われ、日本語が括弧に入れられている。どんな意味があるのか。微妙なずれがあるのか?


情報のグローバル化によって、旧来の「アラブ相場」から離れた世界標準に依拠する豊かな階層の青年たちのメッセージが、資本のグローバリゼーションに痛めつけられた圧倒的多数の中間層の青年たちにも伝播し、革命に至る叛乱に火を付けた。168p

…、米国のグローバリゼーションが圧倒的に優位に立つ現状では「1月25日革命」も、その影響からは自由ではなかった。しかし、影響はコピーではない。この革命がいわゆる欧米風の民主化運動にすぎなかった、という意見に筆者は同意できない。
 (略)
 ・・・18日間のデモは米国主導でも、カリフ制再興を希求するイスラーム中心主義でもない。もう一つの隠されたグローバリゼーションを懐胎していたのではないか。
 そのことをデモの中心メンバーが意識していたとは思えない。しかし、現場の青年たちはその新しい世界の流れと、そこに貫かれている流儀に固執しているように見えた。それは新しいグローバルな革命思想と呼んでよいかもしれない。世界に吹き始めた新しい風がタリハール広場に流れ込んでいた。171-172p


 新しい社会運動のあり方としての「権力を足らずに世界を変える」とか、サパティスタの方法論を意識していた人はもしかしたら、いるのかもしれないとも思う。

この本で、いちばん興味深かったのが7章の『新しい革命』
田原さんは「この革命は何を倒したのか」(175p)と問う。

そして、以下のように書く。
 
案外、この「たいしたものではない」が正解かもしれない。しかし、この叛乱の意義の分かりにくさが逆に引っかかる。分りにくい、つまり、過去の革命のパターンやセオリーを適用しにくい。それは新しい何かがあるからではないか。だとすれば、この叛乱は世界を変える序曲かもしれない。無意味なのか、それとも新しい何かなのかの間を行きつ戻りつしながら、気持ちは後者に傾いていく。176p


 水をかけるわけではないが、この序曲は何度も聴いたような気もする。いつも序曲は序曲のまま終わっていった。しかし、この序曲の繰り返しが無駄だったとは思わない。

ともあれ、文章は以下に続く。
 彼らが倒したのはムバーラクだけではなかったのではないか。マルクス・レーニン主義に代表される前衛党を不可欠とする革命観や、ともすればアラブ民族主義までも打倒したのではないか。これはグローバル時代の新しい革命の萌芽ではないだろうか。妄想かもしれないと自戒しながら、次第にそんな「暴論」が・・・」

 ここまでだと、どこかで見たことがあるような言説ではある。新しそうな運動がでてくるたびに、こんな言説を見てきたような気がする。もちろん、マルクス・レーニン主義を擁護するためにこんなことを書いているわけではないのだけど。

そして、田原さんは青写真がないことを肯定的に評価する(178-179p)。だからこそ、自由であり、新しい政府が問題あれば、またデモで変えればいいのだ、と。これも「権力をとらずに世界を変える」ひとつ方法だと思う。

しかし、いつもでも延々とデモができるわけではないとも思う。やはり、参加型民主主義の形をどう作っていくのかというプロセスが大切なのではないだろうか。民主主義は手間隙がかかるということを含めて、それを引き受けていく主体をどう形成し、さらに維持していくのか、教育の役割も大きいだろうし、それはある意味、永続革命的なプロセスでもあるのかなぁと思う。(永続革命については196pで言及されている)

また、182pでは、小さな書店の店員の言葉を引用して、「彼を行動に駆り立てたのは、革命理論とも、青写真とも無縁な、人としての倫理だった」と書かれている。

 195-196pにかけて、イラクやガザで貧しい青年たちは既成秩序を破壊して回り、革命には破壊はつきものだが、彼らが陶酔していたのは破壊だけだった、2000年代後半のアラブ世界は茫洋とした荒れ地だった、と主張した後に、エジプトの青年たちはそれとは違った。彼らは破壊の空隙に「○○主義」ではなく、倫理を吹き込んだ、というのが、田原さんの分析の興味深い部分だ。

革命精神を防衛するのは反動を永続的に覆す永遠の反逆であり、それを「永続革命」と呼んでもいい、というのだが、庶民感覚で言えば、「永続」は疲れるだろうなぁと思う。

ただ、そう書いた直後にエジプトの青年たちは、政権打倒はめざしていたが、権力の奪取は語らなかったという意味で革命家ではなかったと指摘する。

「アナキズムの真髄はその現実の結果よりも、永遠の反逆という個人の生き方に宿っている。(レーニン主義とは)価値を置く皿がそもそも違うのだ」
(197p)と書く。

ぼくも最近はアナキズムにすごく共感するのだけれども、同時に革命後の隙間を倫理だけで埋めるのは無理があると思う。できるだけ小さな単位での自治を可能にする仕組みがやはり必要なのだと思わざるを得ない。

そんなことをも考えさせてくれた、この簡単に読める新書はお買い得だと思う。


そして、これらの記述と金子文子を著者は結びつける。彼女の自伝の中の以下のような文章を引用する。(以下、原文の引用を要約) 
たとえ私達が社会に理想を持てないとしても、私達自身には真の仕事があり、それが成就しようとしまいと私達に関したことではない。私達はただこれが真の仕事だと思うことをすればよい。
 私はそれをしたい。そうすることによって、私達の生活が今直ちに私達と一緒にある。
198-199p


「私達」と「私」を金子文子は微妙に使い分けている。

どんな文脈で金子文子がこんな風に書いているのか知らない。アナキストが「私達が社会に理想を持てないとしても」というのはどんな時なのだろう。どんな時でも支配されない社会を理想として抱くのがアナキストじゃないかと思っていたんだが・・・。

==
「タリハール共和国」の形成と秩序にも筆者はアナキズムの影を見る。200p

==

 もし希望らしきものがあるとすれば、それは黙々と広場の掃除を続ける青年、市民たちの姿にあるのだろう。革命という祝祭の後に、こんなにも地味な光景は予想しなかった。彼らは旧世代の革命家たちが思いも及ばない行為を淡々とこないていた。それを支えていたのは倫理だった。201p

 田原さんが特別に思いを寄せているこの光景。ぼくも嫌いではないし、ここから読み取をるべきものがあるのだと思う。これも倫理と呼ぶこともできるかもしれない。しかし、倫理以外の何かと考えることもできるのではないだろうか。

こうあって欲しいと思えるようなコミュニティの原風景。「タリハール共和国」を可能にした人々の思い。個人的な感覚でいえば、国家までは構想できないが、顔の見える地域での自治くらいまでなら構想できそうな気がする。そのような地域の自治をベースに国家を構想したのがラミスさんが紹介しているガンジーの憲法草案だったのではないか。


田原さんの以下の視点が好きだ。
・・・。エジプト人の半分以上は農村部で暮らしている。そこでの騒乱は聞こえなかった。
 世界史に刻まれる快挙ではあれ、その足元には革命と無縁な膨大な民がいたことは記憶にとどめておかなければならない。233p


ムバーラク退陣の翌日に初老のタクシー運転手
「どんなに頑丈なイスでも、30年もすれば壊れるということだ」246p


「おわりに」で紹介されているウサーマ・ビン=ラーディン殺害の解釈も興味深い。以下、要約
==
彼が殺された地はパキスタン軍の要衝であり、その存在を知らなかったなどということはあり得ない。パキスタン軍の情報機関は米国に対して、タリバーン政権再興の承認と引き換えにウサーマを売り、米国はその殺害でアフガンから撤退でき、ターリバーンは隣国での事件なので「食客」への防衛義務を放棄したと責められることもない。ウサーマもジハードの殉教者になれる。248p
==



結語近く要約。
===
 2010年暮れからのアラブの叛乱は当事者たちには無意識にせよ、国家の論理を超えている。起動力は「人は何のために生命を与えられたのか」という単純で普遍的な問い。その闘いは人としての尊厳やプライドの回復のためと言い換えてもよい。国家の論理という政治に対抗する永遠の叛逆が闘争の本質であり、筆者はアナキズムを懐胎する革命のグローバリゼーションと解釈している。
 だから行き先はみえない。みえなくともよい。
(略)
 ・・・その革命は世界に伝播しつつある。日本での原発反対のうねりの中にさえ。・・・
250p
===



テーマ

関連テーマ 一覧


月別リンク

ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!
ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。
→ログインへ

トラックバック(0件)

タイトル (本文) ブログ名/日時

トラックバック用URL help


自分のブログにトラックバック記事作成(会員用) help

タイトル
本 文

コメント(0件)

内 容 ニックネーム/日時

コメントする help

ニックネーム
本 文

トップ頁の右上に広告が入るようになっちゃいました。それがいやな人はさらに追加してお金を払いなさいとのこと。というわけで、この広告クリックしないでください(なんて、けなげな抵抗)。==============ブログ内ウェブ検索

ブログ内 を検索
『中東民衆革命の真実』読書メモ 今日、考えたこと/BIGLOBEウェブリブログ
文字サイズ:       閉じる