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zoom RSS 筧次郎さんのお話のメモ(2012年6月)

<<   作成日時 : 2012/10/08 08:54   >>

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懐かしい未来のサロン
http://afutures.net/blog/salon/14
で筧さんの話を聞いた。

まとめようと思ったのだが、いつまでたってもまとまらないので、聞きながら、ぽめらに書いたメモをそのまま掲載。
当然ながら、意味不明の部分は多いと思います。
自分用の記録のバックアップなので、あまり参考にはならないはずです。

以下、メモ

〜〜〜〜

いびつな農業

鳥も100羽までが限界、それ以上だと餌は自給できない。

手仕事の百姓の最後の世代に教わることができた。

プロの百姓は
ひとり/1日 5せ の手植え
入った頃は1せ
いまは4せ できる
日本で10本の指に入ると思う。

自立社会への道
2/3は世界の歴史。

われわれはいま、どんな時代を生きているか。

「なぜ経済成長がないとだめなのか」に誰も答えていないので、書きたかった。

収奪経済

親と同じ暮らしができない世代。

百姓が歴史を書く意味

視座を鍛えることで、限界を超えることができるのではないかと考えている。

真実に至るためには勉強というのは西洋やそれに影響された今の日本の思想

アジア、とりわけインドでは真実に至るためには修行が必要。

知識は真実を多い隠す色眼鏡。

だから、真実に近づくためにはその色眼鏡(知識)を捨てること。そのための修行。

戒律、瞑想、苦行
肉体の欲望から精神を自由にすること。


知識を蓄えるより、視座を鍛えることが重要だと30歳の時から考え、生き方を変えた。


3つの視座
1、支配された人々から見た歴史であること
2、進歩の思想を払拭していること

大学卒業後、3年パリに行った。
底辺労働はみんな旧植民地の人間。

日本には出稼ぎの外国人がいない時代。

本を読む半分は歴史の本

どうしても自分の暮らしを正当化したくなるから。

だから、被支配者の歴史の方が真実に近い。

国がなくなる方向へ行くのではないか。



 
どうすれば、その価値観が転換できるか

明治維新

西郷隆盛
文明とはみちのあまねく行われるをしょうさん(参照)して



人を泣かせないで暮らしたかったので、百姓になった。

三里四方でとれた旬のものを食べていれば健康。

夏の野菜と冬の野菜


同じ地域で生き抜こうとしているものを食べること。

さやいんげんとキュウリ

冷夏にはさやいんげん。暑い夏にはキュウリ。

化学肥料で大きくしたものは肥満児。
それは体に悪い。

肥料を極力少なくしたやさしい野菜。

現代社会の人は味覚がだめになる。


豊かな社会では体に悪いものしかないので、それをうまいと感じてしまう。

うまいというのは体にいいもので、体が喜ぶこと。


いまのあり方を変えるのは非常に困難な道
500年かかって、誤った道なので

まず、やらなければならないのは自給農業を始めること。
「あんた変わっているね」といわれる存在を増やすこと。

必要な金は工業社会から奪えばいい。

自給性のある百姓をやること。

米はもみ貯蔵。
4年は食える。

新米ができたときはお祝いで少々食べるが、
通常は2年前のを食っている。

発芽するのは4割

月に1回、もみすり。

多少、乾燥するので水は多めにいれなければならないが、誰もわからないほどうまい米。

1年、何もとれなくても、生きていけるようにしている。

大不作でも半作。
テンメイの大飢饉は3年続きの半作。
それでも年貢をとっていくので、人が飢えた。

悪いのはシステム。


どのように自立社会への転換をはかるのか。

まず、われわれは外国に頼らず、自分たちが食うものを自分で作る。(多くの人がかかわって)

地域での自給。

重曹的な自給体制の大切さ。


やるべきことは、それぞれの人が少しずつ百姓をやること。


コミュニティの大切さ。
しかし、それを制度で強制すると失敗する。


原発

毒キノコについては人類の長い経験があるが・・・。、

科学が農薬を世に出すときは、微々たる実験。

せいぜい2年。ねずみの寿命が2年だから。

微量で20年、食べ続けた実験はない。

科学的な実験は想定外がかならず起こる。

科学の近視眼性。


原発はもっとひどいことに、実験さえできない。シュミレーションだけ。

遺伝子組み替えもそう。


遺伝子組み替えで免疫のない天然痘をつくることもできる。


あらゆる技術は失敗を繰り返して、洗練されていく。
原発の問題は事故を繰り返すことができないこと。

だから、技術がいつまでも未熟だということ。

未来世代へのつけで原発は安上がりになっている。

日本だけが転換できない

人間がみんなで合意できれば、変えることはできるはず。

筧さんのところで研修した二組の若者も離農せざるをえなかった。
安心して食ってくれ、といえない悔しさ。

徳治政治か?
理想的な社会を求めているわけではない。

偽善的な社会よりも暴力がみえる方がまし。

いまは殴った側が殴ったことを自覚できないシステム。

欲望を開拓しなければ維持できない社会の仕組みをどう変えていくか。

もう新しい市場がないので、欲望を開拓するしかないような社会。

そのシステムをどうかえるか。

そこにのらなくても、生きていけるようにすること。

貧しいけれども生きていけるような社会。


仏教はあらゆる原理を疑ってかかる。

〜〜〜〜


メモはここまでで唐突に終わっている。

しかし、ときどきこんな話を聞きながら思うのだけれども、このような転換をどのように導くことができるのだろう。

また、人類はまにあって、転換することができるだろうか。
あるいは、もう少しひどい状態でダラダラ続くということもありえるのだろうか。

ともあれ、何度か書いているのだけれども、ぼくは「こうあって欲しい」と思えるような社会を実現することをあきらめない。それが可能かどうかはわからないけれども、あきらめて生きるよりも、そっちのほうが楽しそうだから。

もちろん、いまをそれなりに楽しく生きることが前提に必要だと思う。

つらい思いをしている人、ぼくがもしかしたら踏みつけている人もいるかもしれない。

そういうことに思いを馳せることも大切だろう。

でも、いまを楽しく生きることと、それに思いを馳せることはそんなに矛盾しないでできる部分も多いんじゃないかとも思う。

あらら、エディタで書いていなかったので書き足した部分が消えた。

気を取り直して再度書こう。


今年1月に出た筧さんの新しい本
『自立社会への道―収奪の五〇〇年を超えて』
この本の読書メモを書いている人がいました。
http://okanejuku.blog92.fc2.com/blog-entry-1272.html
なんと、これ6月30日の朝に書かれています。偶然でしょうか?


また、いつだったか筧さんのところでお会いした「あるがまーま」の人たちのサイトにも講演録がありました。(ぼくはまだ読んでませんけど)
http://www7a.biglobe.ne.jp/~arugama-ma/kakei1.html
あるがまーまの彼や彼女は元気なのかなぁ

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