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zoom RSS 『いのちの選択――今、考えたい脳死・臓器移植』メモ

<<   作成日時 : 2012/12/04 06:27   >>

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3・11のちょうど1ヶ月前に読んでいた(らしい)本のメモがトゥギャッターに残っていた。


『いのちの選択』読書メモ
http://togetter.com/li/99536



検索して、でてくるように、こちらにも残しておきます。

本の紹介は以下
〜〜〜
いのちの選択――今、考えたい脳死・臓器移植 (岩波ブックレット 782)
〜〜〜
いま、調べたら、2010/5/8にでた本。
岩波の編集者からのメッセージ
http://www.iwanami.co.jp/moreinfo/2707820/top.html
によると、
 このブックレットは,臓器移植法の改定(2009年7月)に際して徹底審議などを要請した研究者たちによる「生命倫理会議」の声明文を基礎として,生命倫理会議から編者・執筆者14人が立ち,さらにゲスト執筆者5人を迎えて編んだもの
とのこと。
〜〜〜〜


自分の身内が臓器移植が必要といわれたら、まず、それ以外の治療法がないかできるだけ探したいと思う。探して、探して、探して、それでもなければ、やはり悩むと思う。「脳死」という名称で死んだことにされる人からの臓器移植の問題、そこから「脳死」さえしていない人のいのちを犠牲にする臓器移植まで考えられてきたこと。悩むのだけど、そういうことを全部知った上で悩みたいと思う。

以下、トゥギャッターに残っていたメモを収録(引用のみ)
〜〜〜〜〜
(脳死者から)臓器を切り出すときに…麻酔や筋肉弛緩剤を投与…脳死者に深くメスを入れるだけで、脈拍や血圧が急上昇するばかりか、暴れ出して摘出手術どころではなくなってしまうからです。
duruta 2011/02/06 23:20:23


「臓器移植によってしか助からない」という大前提自体が不確か…
duruta 2011/02/06 23:50:05


米国では、移植の順番を待っている間に亡くなってしまう患者を救おうと、脳死者だけではなく、植物状態の患者、大脳のない無脳児、重度の精神障害者や知的障害者や認知症の老人、このような確実に生きている人々を死者にして、移植臓器を増やそうとする議論が何度もなされ・・・
duruta 2011/02/07 00:01:56


「十字軍症候群」とは、自分たちが「善」と信じるものを実現するためなら、どんな科学技術を使うもよし、どんな法律を作るもよしと考え…それによって被害を受け、苦難に遭う人がいても、自分たちに関係なければ「仕方がない」と切り捨て、あるいは無関心でいられるような心性…
duruta 2011/02/07 23:26:09


脳死・臓器移植の倫理的問題を棚上げにして、新しい法律を作ることだけに努め、可決・成立すれば一件落着とした光景は、まさに「民主主義的野蛮」と呼ぶべきものではないでしょうか47p
duruta 2011/02/07 23:32:31


このように社会全体の動きを粗野に収めると、そしてその中に、脳死と尊厳死のつながりを置き直して眺めると、そこには「患者の権利を守る」のとは別の流れが…それはつまり、医療費の削減ないしは抑制のために、治療費がかかるだけで社会の役に立たない人間は死なせてもよい…と
duruta 2011/02/11 09:32:56


(脳死で臓器を提供した人の話も)臓器を受け取ったけれど失敗した人の話も、ご本人は死んでしまうので、けっして聞けません…その人たちの思いは誰も代弁できないし、わからない。49p
duruta 2011/02/11 09:37:24


本人が息を引き取るのを見なかった…摘出手術に立ち会うことは可能だと後で知らされ…なんで最初から可能だと言ってくれなかったのか、すごく腹が立っています…私のような家族に何ができるのか…全部ちゃんと最初に説明されないことに、手続き上の疑問をすごく感じます。51p
duruta 2011/02/11 09:47:09


息を引き取るのを見られなかったからかもしれませんが、脳死の場合は、何か途中でプチッと切られた感じがしています。51p
duruta 2011/02/11 09:48:59


メディアの中には「日本でも臓器移植をもっと広げるべきだ」「臓器移植が必要な人、特に子どもを見殺しにするのか」と言う人もいるようですが、私がそういうふうに言う人に会ったら、まず、あなたが死んで提供したらどうですか、と言いたい。(提供者家族の聞き取り)57p
duruta 2011/02/11 09:53:30


もう今度は絶対、同意しません…「あなたが今そうしたいと言っていても、最後の最後であなたの気持ちが聞けない以上、私はそんなことはできないし、そうしないというのを理解してほしい」と説得します(提供者家族の聞き取り)58p
duruta 2011/02/11 10:02:52


(提供者家族の聞き取り続き)(同意はできないが)でも自分自身の臓器は移植してほしい…というのも、臓器提供に同意したことが罪で、その罪を償えるのは…提供者になること…しかし、それは傲慢なことで、愛する人たちをまた罪に陥れることだとしたら、私はどうしたら…
duruta 2011/02/11 10:09:31


1、私が死んでもなお機能している器官があったら、摘出して移植してほしい。2、私の脳が不可逆的に機能を停止したら、私を殺してでも器官を摘出・移植してほしい 1は善意の申し出だが、2は「嘱託殺人」の依頼…天地ほど違う。大庭健 64p
duruta 2011/02/11 10:15:12


尊厳とは、生と死の双方を越える価値…だから、尊厳のためにということであれば、大事な選択は、生か死かではなく、尊厳ある生死か尊厳なき生死か…畏敬すべきは、死んだも同然の死んだ方がましな状態を生きる/生かす人々においてこそ、生や死よりも高き尊厳が輝き…67p
duruta 2011/02/11 10:28:59


…この意味で他者のための死は愛の表現と…。しかしそれは他者と正面から向き合う。非日常的な人格関係として成り立つものである。日常化し、ステレオタイプ化されたものではない。脳死・臓器移植における「愛」の内実は問われるべき…72p(土井健司)
duruta 2011/02/11 10:36:02

〜〜〜〜

とにかく、知ることから始めるしかない。
大田区内にも「日本でも安楽死を」とでかでかと書いた候補者ポスターがたくさん貼られていた。
安楽死という名称はすたれ、尊厳死という名前にすりかえられているけれども、その背景にある「不要ないのち」と「そうでないいのち」の選別というような問題もちゃんと考えたいと思う。

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