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zoom RSS 「本へのとびら 岩波少年文庫を語る」宮崎駿 メモ

<<   作成日時 : 2013/01/06 18:23   >>

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いつものことだが、この本もなにかにきっかけで読み出したか、思い出せない。(ツイッターとかFBをふりかえって見たら、思い出せそうだけど)
たぶん、この本を紹介しているブログで見たのがきっかけだったと思う。

で、ネットで調べたら上出来の書評とか、たくさんあったので、最後にURLを張り付けておく。

岩波の紹介サイトは以下
http://www.iwanami.co.jp/hensyu/sin/sin_kkn/kkn1110/sin_k614.html

 大切な本が、一冊あればいい

 「生まれてきてよかったんだ、と子どもにエールを送るのが児童文学」。

 アニメーション界のトップランナーとして世界的に注目される宮崎駿監督が、長年親しんできた岩波少年文庫の中から、お薦めの50冊を選んでくれました。思い出の一冊から、まだ読み切っていない作品まで(?)、選りすぐりの書目リストと、つい読んでみたくなる推薦文を、どうぞお楽しみください。

 本書ではあわせて監督へのインタビューを収録(*)。自らの読書体験、児童文学の挿絵の魅力、そして震災後の世界について─。本への、子どもへの、監督の熱い思いを、ぜひ多くの読者の方に受けとめていただきたいと願っています。
 *対談などから再構成した部分や加筆部分を含みます。

(新書編集部 古川義子)
ちなみにこの文章、本のカバーの袖の文章と微妙に違うけど、ほぼ同じ内容。



以下、付箋部分

トム・ソーヤーの紹介で、この本が書かれた時代、この本は子どもに悪い影響を与えるとされていた。そんなきゅうくつな時代と比べて、いまはずっと自由なのに子どもたちはきゅうくつに生きているという宮崎さんの指摘。29p
トム・ソーヤが悪い本だといわれる不自由な時代ののびのびした子どもと、そんなことは言われない自由のもとのきゅうくつな子ども。本当に人間は難しい。




後半の宮崎さんへのインタビュー(あるいは彼のエッセイ)から

ふたりの大先輩という節では、石井桃子さん(「ノンちゃん雲に乗る」の作者だが、ここでは翻訳者であり、岩波少年文庫をつくった人としてまずに紹介される)と、中川李枝子さんが紹介される。早稲田大学の童話会「少年文学の旗の下に」というアピールは今日的な問題性に立ち向かう姿勢などかっこよかったが、石井さんの立ち位置は全然違い、「人間をつかまえてもっと広く深いんです。歯が立たない」とされ、別格でただごとじゃない人であり、それは中川李枝子さんも同様だという。86-87p

宮崎さんの世代を考えると、早稲田の童話会のアピールというのもなんとなく想像できると思ったのだけど、彼は41年生まれで全共闘世代より上。60年安保世代だ。このアピール、いつごろなのだろう。(調べたら1953年とあった)

で、繰り返し石井桃子さんはカンペイタイシャ(官弊大社)の人だというのだが、言葉の意味がわからない。これも調べた。ずっと昔から続いた「官(朝廷、国)から幣帛乃至幣帛料を支弁される神社」のことらしい。


中川李枝子さんで「いやいやえん」に「一番衝撃をうけた」と書かれる。
こどもの気づかないこどものことが書いてあるという。(89p)気になって、借りたがまだ最初の方しか読んでいなくて、よくわからない。


145pで宮崎さんは以下のようにいう。
 今の世の中全体のことで、政治がどうか、社会状況がどうとか、マスコミがどうのこうのということじゃなくても、自分ができる範囲で何ができるかって考えればいいんだと思います。それで、ずいぶんいろんなことが変わってくるんじゃないでしょうか。
ここは活動家としてはちょっと不満なんだが、まあ、全員が活動家になれるはずもなく、結局はこういう形で社会が変わるしかないのかとも思う。活動家はそのひとりひとりの変化を促す媒介になるしかないのかもしれない。

そして、宮崎さんは「風が吹き始めました」150pという。それについては長く引用してくれている人がいるので、そっちにまかそう。

それに続けて、再び「ぼくらはわんぱく五人組」が紹介される(151p〜)。この本は、いまこの国で吹き始めた同じ風の中で書かれたという。そして
、「放射能をはらむ風が窓の外の樹々を吹き荒れているのを見ているうちに、今、もう一度、読まれなければならないと思いました」
と。この作者が「アウシュビッツで殺されたとき、この原稿はある出版社の机のなかにかくされていた」と説明される、その同じ時代の風という時代認識。しかし、単純にアウシュビッツの時代といまが同じ時代というわけではないのは明らかだ。この時代にぼくは何ができるのか。何をすべきなのか。
そして、宮崎さんはこの作品について以下のように付け足す。
この作品は「やり直しがきく話」という僕の考える児童文学の範囲をはるかに超えるものを含んでいるようです。この本を薦めてくださったのも中川李枝子さんです。僕は文学作品としてもっと性格にこの本を読まなければならないと思うようになりました。152p
ここまで書かれたら、やはり読みたくなるだろう。誰かの書評が書かれた辞典では絶版だったらしいこの本、やはり借りて読んでみようと思った。
ちなみに前半の紹介のページ52pでは、「この本の題名はひどいと思います」と書かれている。これが現代に忠実なのかどうか、わからない。

そして、再び時代認識の話になる。
宮崎さんは終わりの始まりという節の冒頭で、

「今ファンタジーをつくってはいけない」

と断言する。その一文で段落が完結するくらい強烈にそれを主張する。
続く文章では少しニュアンスは弱まるのだが
今、ファンタジーを僕らはつくれません。子どもたちが楽しみに観るような、そういう幸せな映画を当面つくれないと思っています。
 風が吹き始めた時代の入り口で、幸せな映画をつくろうとしても、どうも嘘くさくなってだめなんです。
 (中略)
 こういう時代でも、子どもたちが「ほんとうに観てよかった」と思えるファンタジーがあるはずですが、今の僕にはわかりません。それが分かるまであと数年はかかります。それまでスタジオは生き延びなければ・・・158p
と書く。
この夏に発表される作品が先日、報道されていたが、どんな作品なのだろう。

・・・そして、「世間がどんなににぎやかにやっていても、僕らはおだやかな落ち着いた方向へ舵をきるつもりです。(略)
 ・・その方向に自分たちが探している新しいファンタジーがあるのではないかと思っています」160p


そして、再び時代認識の話だ。
 「何が始まるのか」という節(161p)で以下のように書かれている。
 僕らの国は、つくる以上のものを消費することをやめるしかありません。貧乏にもなるでしょう。戦争すら始まりかねません。世界中がはじけそうに膨らんでいます。


そして「やけくそのデカダンスやニヒリズムや享楽主義は一段と強くなると思う」と予測する。「絶望の深さも前より分かります。歴史が動き始めたんです」という。

最後の「子どもたちのエール」という節では児童文学について以下のように説明する。
「どうにもならない、これが人間という存在だ」という、人間の存在に対する厳格で批判的な文学とはちがって、「生まれてきてよかったんだ」とうものなんです。「生まれてきてよかったんだ、生きていていいんだ、というふうなことを、子どもたちにエールとして送ろうというのが、児童文学が生まれた基本的なきっかけ・・・
 「子どもに向かって絶望を説くな」ということ・・・。
 子どもが周りにいないと、そういう気持ちを忘れてしまうんですが、・・・。163ー164p



そしてまたまた時代認識の話になる。宮崎さんはほんとにこの話を伝えたかったのだと思う。ま、それを繰り返しメモしているのだが。
・・・現在の状況は終わりが始まったばかりだと思っています。
 いずれ必ず、新しいファンタジーは出てきます。すぐに出てこないのは、まだ石井さんたちが少年文庫を立ち上げたときのような、ほんとうの焦土になっていないからなんです。

(少し長めの略)

 今はまだ、そこまでいっていない。衰えたといっても、印刷物もあふれているし、押しつけがましいテレビやゲーム、漫画も子どものなかを埋め尽くしています。悲鳴のような音楽も・・・。まだ以前のような生活を、いつまでも続けられるかって必死でやっている最中でしょう。
 それをどんなにやっても駄目な時がくるんです。だと思います、僕は。
 始まってしまったんです。これから惨憺たることが続々と起こって、どうしていいか分からない。まだ何も済まない、・・・「もんじゅ」も片付いていない。原発を再稼動しようとして躍起になっている。そういう国ですからね。164-165p


これは結語の直前で、こんな風にかなりペシミスティックな時代認識を示しながらも、それでも結語では次の世代への期待を語る、ファンタジー製作に限定しているが。

そもかく、希望は希望だといえると思う。そういう意味では、この岩波新書も「児童文学のバリエーションのひとつ」なのかもしれない。この時代認識の正しさについて、僕にはわからない。焦土になって欲しいとは思わないが、さまざまなものが過剰な社会は長続きしないだろう。内田樹さんはhttps://twitter.com/levinassien/status/271061448770347008 で以下のようにツイートしている。
経済成長しなくてもたのしく生きられる社会システムはどういうものか、少子化でも安定的に共同体が機能するにはどういう制度をつくればいいのか、「シュリンクしてゆく日本」をどうたくみに統御するか、そういうことをクールに吟味すべきときなのに・・・

こういう知恵が必要なのだと思う。

ま、ともあれ、面白い本だった。



以下、検索してでてきたもの。
たくさんありすぎて、なんだかなぁという感じだし、ぼくが最初に見つけたものももう見つからない。




50冊の一覧は
http://d.hatena.ne.jp/storybymami/20120828/1346170596

星の王子さま
バラとゆびわ
チポリーノの冒険
ムギと王さま
三銃士
秘密の花園
ニーベンゲンの宝
シャーロック・ホウムズの冒険
ふしぎの国のアリス
小さい牛追い
せむしの小馬
ファーブルの昆虫記
日本霊異記
イワンのばか
第九軍団のワシ
クマのプーさん
長い冬
風の王子たち
思い出のマーニー
たのしい川べ
とぶ船
フランバーズ屋敷の人びと1 愛の旅だち
真夜中のパーティー
トム・ソーヤの冒険
注文の多い料理店
海底二万里
床下の小人たち
ハイジ
長い長いお医者さんの話
ツバメ号とアマゾン号
飛ぶ教室
ロビンソン・クルーソー
宝島
みどりのゆび
ネギをうえた人
聊斎志異
ドリトル先生航海記
森は生きてる
小公子
西遊記
クローディアの秘密
やかまし村の子どもたち
ホビットの冒険
影との戦い
まぼろしの白鳥
ぼくらわんぱく5人組
ジェーンアダムスの生涯
キュリー夫人
オタバリの少年探偵たち
ハンス・ブリンカー



http://book.asahi.com/reviews/reviewer/2011120400008.html
は横尾忠則さんの書評
やはり絵描きの彼は
「本文では挿絵や表紙の絵の魅力についてもたっぷり語ってくれます。児童文学になくてはならないのは挿絵でしょう。しかし現代は「一枚の絵を丹念に読みとる習慣を失っている」ことを宮崎さんは嘆きます。ぼくも同じ気持ちです。
と書いている。




アマゾン書評から
http://www.amazon.co.jp/dp/4004313325
宮崎駿氏が岩波少年文庫からお勧めの50冊を選び紹介。
あわせて本への、震災後の世界についてのエッセイを収録している。岩波少年文庫から多数の挿絵を収録し、アニメーターらしく挿絵についての意見を述べているが、その挿絵一つ一つが楽しく解説とあわせて読むと楽しくなってしまいます。

3.11後の世界について、「この20年間、この国では経済の話ばかりしてきました。まるではちきれそうなほど水を入れた風船のようになっていて、前にもあとにも進めない。何時破裂するのかヒヤヒヤしながら、映像やらゲームやら、健康やら、年金を心配したりして、気を散らしながら、けっきょく経済の話ばかりしてきました。」
「不安だけは着々と膨らんで、20歳の若者も60歳も区別がつかなくなりました。そして、突然歴史の歯車が動き始めたのです。生きていくのに困難な時代の幕が上がりました。破局は世界規模になっています。おそらく大量消費文明のはっきりした終りの第一段階に入ったのだと思います。風が吹き始めた時代の風とはさわやかな風ではありません。死をはらみ、毒を含む風です。人生を根こそぎにしようという風です。」と概括しています。しかし同時に、次の時代を作り、次の文化を作るのは、宮崎氏が本選びで戦っている少年たちだと、若い子供たちに強いエールを送っています。

僕は、自分の子供にどの本を選んでやろうかなと思ってこの本を手にしましたが、同時に自分でも読んで見たいと思う本をいくつも見つけました。貴方は、この50冊のうち、何冊を読んでおり、どの本を子どもに贈りますか。

色々と考えると楽しい本です。





http://blogs.yahoo.co.jp/izumibun/35589393.html
これは、「普通」のブックガイドとはちょっと違う。まず、ストーリーの紹介をしない。宮崎駿は、直感的に、「その一冊」が喚起するひとつのイメージを伝える言葉によって、「本へのとびら」を開こうとする。 いくつかを拾い出してみよう。


〜〜〜
自分たちが大きな人間で、小人はひっそりと暮らしている小さなものと考えていたのに、今では自分たちこそ小人のような気がする時代となりました。それで、この本は少しも古くなっていないのだと思います。―『床下の小人たち』
〜〜〜
アニメより原作を本で読んだ方がいいという人がいます。ぼくも半分そう思っていますが、この作品は違うと思っています。見、読みくらべてみて下さい。ぼくらはいい仕事をしたと、今でも誇りに思っています。―『ハイジ』
〜〜
今ではなんだか色あせて感じられます。…もっと刺激的で細工を凝らしたファンタジーが大量生産され、消費されたからだと思います。この本は喰い尽くされてしまったのです。―『ホビットの冒険』
〜〜〜
あとの12章は、作者が何を伝えようとしているのか判らなくてもどかしい思いをしました。何度読み直しても判らないのです。何か秘密の暗号が入っているようでもあり…―『ぼくらはわんぱく5人組』
〜〜〜
この物語ほど竜を見事に描いた本はありません。人間よりはるかに古いいきもの。壮大で邪悪で、気高い長虫。鋼のウロコにおおわれた身体の中では、炎がもえています。―『影との戦い ゲド戦記1』



宮崎駿は、読まなかった本、読めなかった本、今では色あせた本まで含めて、岩波少年文庫既刊400点以上の中から50冊を選び出している。これらはお勧めの本というよりも、彼にとって「言いたいことがある本」なのだ。 彼曰く、今の子どもにむけて紹介するというよりも「かつて本を読んだことのある人が読む本」。 なるほど、50冊の紹介ページは、三方が日焼けしてくすんだ色合いの古い本を模している。かつて読んだ古い本を、久方ぶりに書架から抜き出してきた、あの感じ。それでは、今を生きる子どもたちのためのブックガイドにはならないではないか、という声も聞こえそうだ。 でも、違う。これは本そのものの紹介というよりも、宮崎駿というひとりの才能が、どのように本というものに対峙し、どんな姿勢でかかわっているのかを明らかにする。そのことで、少年文庫、児童文学の存在の意味をといかける一冊なのだから。教養主義がまだ生きていた時代に学生時代を過ごした宮崎が「自分の読むべき本」として選び取ったのは児童文学だった。 「やり直しがきく物語」 これが、宮崎駿の児童文学の定義だ。彼は学生時代から、膨大な作品を読んできた。ただ読むだけではない。童話から近代児童文学へ移り変わっていくこの地味な分野の全体像を、詳細に把握している。大正の童話や少年文学宣言を機に広がった戦後児童文学の情勢、石井桃子や中川李枝子の位置づけなど、世に共有されているとは言いがたい事柄をあたりまえのように口にする。「児童文学こそを自分の本」として選び取ったこの男が、アニメーション作品の分野で、どのような業績を残してきたのか。それは多くの人が知るところだろう。

本書の第2部第2章は「3月11日のあとに」と題されている。大震災の後の子どもたちへの表現活動の方向性について、筆者は思いと言葉を尽くしてメッセージを送っている。読書キャンペーンのための「豆本」をもとにした本書が、今この形で出版されたわけは、このメッセージを広く伝える意図だったからに違いない。

 生きていくのに困難な時代の幕が上がりました。…その中で、自分たちは正気を失わずに生活をしていかなければなりません。「風が吹き始めた時代」の風とはさわやかな風ではありません。おそらく轟々と吹き抜ける風です。死をはらみ、毒を含む風です。人生を根こそぎにしようとする風です。

 今ファンタジーをつくってはいけない。…つい映画の話になってしまうんですが、今ファンタジーをぼくらはつくれません。…風が吹き始めた時代の入り口で、幸せな映画をつくろうとしても、どうしても嘘くさくなってだめなんです。


それでもなお、「本は必要」と述べる宮崎。「児童文学はやり直しがきく話」という特性に、最後の希望をかけているように思える。それは、敗戦後、岩波少年文庫を生み出した石井桃子たちの復興への念願と唱和することということ。来るべき「焦土」から、「新しいファンタジー」を生み出すのは、次世代を生きる若い読み手なのだ… 『風の谷のナウシカ』を想起させる、宮崎の絶望的な未来のイメージには胸が詰まる。しかし、それでもなお「児童文学の力」「ファンタジーの力」にひとつの希望を見出そうとする眼力には、鬼気迫るものが感じられる。ぜひ、多くの人に手にとってもらい、その「鬼気」にふれてもらいたい、そんな一冊だ。

選ばれた50冊の中では、著者が最も気になっている作品という、チェコの作家、カレル?ポラーシェクの作品『ぼくらはわんぱく5人組』を真っ先に読んでみたいのだが…残念ながら絶版のようだ。





ちゃんと読み返してないけど、面倒になったのでアップロード

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コメント(2件)

内 容 ニックネーム/日時
はじめまして。
最後に引用された記事を作成したyositakaと申します。拙文に目を止めていただき感謝します。
この本の後半における宮崎氏の論述は、必ずしも理路整然としたものではなく、性急なところも感じさせますが、
岩波書店の新書担当編集者の問題意識が、宮崎氏の知名度を担いで出版にこぎつけさせた一冊のように思います。存在意義は高いと考えます。
彼の発言がきっかけになって、様々な論議がなされることを期待しているのですが。
yositaka
2013/01/07 21:54
勝手に引用してしまって、ごめんなさい。
おっしゃる通り、この宮崎さんの時代認識がもっと議論されるべきだと思います。
tu-ta
2013/01/08 12:48

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